!! ATTENTION !!

このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
バレンタイン仕様ですから、いつも以上に砂糖増量中で(多分。笑)
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。



















Hitmen'n Lolita #α










 2月14日が何の日かと訊かれれば、いまどきは幼稚園児でも返ってくる答えは一つだ。

 キリスト教の聖人にちなむ祭日であり、日本においては製菓会社の陰謀が作り出した日。

 それは――




 St. Valentine’s Day




「ふっふっふっふっふ」

「なんだ成実、食べ過ぎて気分が悪いのか。吐くならトイレ行けよ」

「違げーよ。チッ、おっさんは解ってないなぁ。今日は何日?」

 制服をだらしなく着崩したまま、政宗が用意した朝食を爽快なまでの食欲で片付けてゆく。その飯粒を口許にくっつけたまま不気味に

笑ってみせたのだから何事かと思われるのも当然で。

 何のことか本気で解らないらしく、眉根を寄せて考え込んだ小十郎に箸を置いた成実がにじり寄った。

「おれはこの一年、今日が来るのを楽しみに待っていた! 今年は何人から貰えるんだろう? でもあんまりもてても困るんだよね〜本

命居るからさぁ」

 すっかり心は妄想の世界へ飛んでいるらしい。鼻の下を伸ばし、でれっとした笑みを浮かべると悩ましげに溜息をついた。

「マジわかんないの? ほら、2月14日といえば!」

 はいっどうぞ。マイクを向けるような仕草をされ、更に戸惑う。

「この男に聞いても無駄ですよ。バレンタインなんてイベントとは一切関わりなく生きてきたのですから」

「あ、ツナ」

 キッチンへ続くドアが開き、コーヒーをなみなみと注いだマグカップとカロリーメイトが載ったトレイ片手の綱元が現れた。

「そうなん?」

「……別にいいだろ」

 てめぇには関係ねえ。そう言わんばかりに銜えた煙草に火をつけた。



 実は、この片倉小十郎という男。

 三十路に片足突っ込んだほどの人生の中でただの一度もバレンタインチョコレートというものを貰ったことがない。

 幼い頃から厳格な家庭で育ち、速攻でヤンキー化。荒れまくった中学時代とむさくるしい男子校であった高校時代を経て、やはり漢くささ

溢れる暴走族の世界へ……となれば、そんな世の甘ったるい習慣など無縁なのも致し方ない。

 そもそも、この強面である。到底チョコレートなど関係しそうにない雰囲気だ。



「……こじゅって、族だったんだ……。あ、でも今はどうなのさ? 梵が来る前だって彼女はいたじゃん」

 綱元から手短に語られた小十郎の経歴に「うわぁ……すげえベタ」と哀れみの視線を送る成実。

 だがそこで、現在は女の影がないでもないことに気付き、水を向けた。

「……」

「訊いちゃいけないことだった?」

 渋面を更に深めた小十郎の代わりに、苦笑交じりの綱元が答えることには。

「間の悪いことに、2月14日までに関係の続いた人がいなかったんですよ」

「あー……なんというか……ご愁傷様?」

「成実、それは慰めになっていません」

「まあほらっ、今年は梵がいるし! 立派に『恋人』なんだから確実じゃん。よかったねーこじゅ」

「そうですよ。貴方のことですからもう手は出したのでしょう? それで怒って出て行かないのなら大丈夫ですよ」

「うぇ、マジで!? ああああぁおれの女神様がこんなおっさんの毒牙に……!!!」

「ほら先月末のアレですよ。私が成実を連れ出した日の。実はここに盗聴テープが」

「兄さん結構好き者っすね……で、ソレ幾ら?」

 段々と怪しげな会話を始める二人にそれまで黙って煙草をふかしていた小十郎がついにキレた。



「こっちが黙ってりゃ好き勝手言いやがって……死ぬかぁッ!!



「うわぁっ! こじゅがキレたーっ!!」



 悪鬼のごとき表情で激しい音と共に小十郎が家から出てゆき、巨大なたんこぶを作った成実と涼しい顔でコーヒーをすする綱元だけが

残された。

「そういえば政宗の姿が見えないようですが?」

「……用があるって先に出かけた」

「なるほど。ところで、早く支度しないと遅刻しますよ」

「なあ、ツナ」

「はい?」

 自分だけ無傷の綱元に恨みがましい視線を突き刺しつつ、どうしても気になっていることを問うた。

「その、例の盗聴テープって」

「嘘に決まっているじゃありませんか。他人の情事を覗き見するような変態じみた趣味は持ってませんよ」

 しれっとして言い放たれた言葉に、二つ以上の意味で成実はがっくりと肩をおとした。

「いや十分にツナは変態だと思う……」



 バレンタインにチョコレートを貰ったことが無いくらいで男の価値を決めないで貰いたい。

 だから何だというのだ。自分は無宗教だし、そもそもあれは製菓会社の陰謀ではないか。

 馬鹿馬鹿しい。

 ずかずか大またで道を歩く様子に、通勤途中のサラリーマンが明らかに怯えた顔で道をあける。

 本人にそのつもりは全くないのだが、他人の目にはガンをくれつつ殺気振りまいているようにしか見えなかった。

 怒りに任せて出てきてしまったはいいが、一体どうしたものか……。

 仕事は今のところ休業中で、打ち合わせの予定などもない。『賎ヶ岳』のおかみに頼んで昼前の開店まで居させてもらうか……と甚だ

情けないことを考えながら店のほうへ足を向けたとき――ふいに、見慣れた小柄な影が視界を掠めた。

(あれは……政宗?)

 用事があるといって成実より先に学校へ行ったのではなかったのか。

 制服の上に紺色のダッフルコートを着て、自分で編んだふわふわの白いマフラーを巻いている。それらは出かけていったときと全く変わ

らないのだが……。

(何を持っているんだろう)

 思わず物陰に隠れて窺った小十郎の目の前を横切った政宗は、出かけていったときにはもっていなかった小さな紙包みを抱えている。

 小走りになりながらもしっかり胸に抱いているあたり、なにやら大切なものらしい。

(あの方向は……毛利診療所?)

 こんな時間から病院に何の用だというのだろう?

 出て行って、声をかければ済む話なのだが何となく気の引けてしまった小十郎はそのままコッソリとあとをつけることにした。



 『本日の診療は終了致しました』の札がかかる診療所の前にやってきた政宗は胸に抱いていた紙包みを持ち直すと、緊張をほぐすよう

に深呼吸した。

 そして鍵の掛かったドアを二、三度こつこつと叩くと小さく呼びかける。

「Hey, Doctor. 俺だよ、開けて」

 ほどなくして内側から開くと、まだ診療時間前だからなのだろう、スラックスにノーネクタイのワイシャツというラフな格好の毛利医師が

現れた。

「Good morning. ……朝早くからごめん」

「いや、気にせずとも良い。寒かっただろう、早く入れ」

(……!?)

 その様子を電柱の影から見ていた小十郎は仰天した。

 あの毒舌と悪意ある冗談の塊りのような毛利医師が笑っている!?

 それどころか、人に気を使っているなんて。不気味すぎだ……。

 明らかに治療を受けに来たのとは様子が違う。二人が中に入ってしまうのを待って建物の脇へ回ると窓に張り付いた。

(何をやっているんだ俺……)

 ゴミあさりをしていた猫が尻尾を毛羽立たせて逃げ去るのを見送って、なんとも情けない気分になる。

 だが、気になって仕方ないのだからしょうがない。

 恋人同士であるとはいえ、その関係は綱元が言うような仲ではなく非常に淡いものなのだ。それこそ、いつ心を動かしてしまってもおか

しくないような。

 冷たい雰囲気に人形のごとき無表情、といったおよそ人好きのしないタイプであるにもかかわらず毛利医師とは不思議と気が合うようで

時折カウンセリングを兼ねて診療所を訪れているのは知っていたが、まさか……。

 窓からは丁度診察室の中が覗ける。中の二人に気付かれぬよう慎重に耳をそばだてるも流石に会話は聞こえなかった。

 ほんの少し身を乗り出し、中を覗き込むと例の紙包みを渡すところだ。綺麗に包装され、青いリボンの掛かった小箱。

 はにかむような可愛らしい笑みと共に差し出されたそれを何か言いつつ受け取る毛利医師。さらに政宗がひと言ふた言喋ると包みを解

いて中に入っている小さな丸い菓子――チョコレートだ――をつまみ上げ、それを一口かじった。

 それを見つめる政宗の表情は真剣そのものだ。

 何を話しているのか……毛利医師の見たこともない表情といい、非常に気になるところである。

 ゆっくりと味わい、感想でも述べているのか微笑と共に喋って頷くと、ぱぁっと表情を輝かせた政宗は心底嬉しそうに毛利医師の手を両

手できゅっと握り――

「………………。」

 それ以上は見たくない、とばかりに目を逸らした小十郎はそのとき初めて気がついた。

「……ぁ、いやこれは」

「君、ここで何をしているのかね? 悪いけど、交番まで一緒に来てもらおうか」

 不審者を見咎めた警官が自分の背後に立っていたことに……。



 がしゃーん。

 非情な音を立てて鉄製の格子戸が閉まる。薄暗く、そこはかとなく黴臭い留置所には小十郎のほかに収容されている者はなく、静まり

返っていた。

「――クソッ! 今日は厄日かよ」

 仕事が休業中でよかった。少し前までは愛用の大型リボルバーをつねに持ち歩いていたのだ。あれを見つけられてしまったら、不審者

どころの話ではない。

 毛利診療所の窓に張り付いているところを警官に見つかり、交番へ連れて行かれて職務質問されるも曖昧な答えしか返さない(本人

としては「そうとしか言えない」)小十郎を住所不定無職の不審人物と断定したその職務熱心な警官は警察署まで連行し、留置所に入

れてしまったのだ。

 横暴だ、とも言えなくもないが覗きの現行犯と返されてしまえばそこで終わりだ。

 何か犯罪を行ったわけではない。おそらく一晩で開放してくれるだろう……と、自分で自分を慰めてがっくり肩を落とした小十郎は独房

の隅に用意された薄っぺらい毛布を取り出すとコートを脱ぎ、不貞寝よろしく横になった。

「よぅ、ついに逮捕されたか。罪状は何だ? 殺しか、ん?」

 冷たい床の感触に眉をしかめつつ瞼を下ろそうとした小十郎の耳に幾分楽しげな声がかかったのは、あまりの情けなさに神仏が哀れん

だ結果だったのか。

「テメェかよ……。笑いに来たのなら帰れ」

「そう尖るなよ。身元不明のやくざらしき男を勾留したって聞いてよ、まさかと思って来てみたのさ。やっぱりお前さんだったか」

 しっしっと犬でも追い払うように手を振られ、それでも気分を害するでもなく独房の前にしゃがみ込んだのは、暴力団専門の捜査四課に

て『鬼』とあだ名される極道上がりの刑事・長曾我部元親である。

「で、何をしたんだ?」

「何もしてねえよ。職務質問されて、それに答えてたら怪しいからって連れて来られた。善良な市民に何をしやがる」

「調書には『診療所の裏口で中を覗いていた』とあるが?」

「…………」

 切り返され、目を逸らしてしまう。やましい意図はなかったにせよ、中を窺っていたのは事実なので言い訳のしようがない。

「診療所って、あの毛利の兄さんとこだろ? 知り合いじゃねえか。用があるのなら普通に訪ねりゃよかったのに」

「ちょっと、事情が……。とにかく、犯罪行為はしてねえ! さっさとここから出せ」

「それ人にものを頼む態度かよ!? まぁ一応知り合いの誼で助けてやらんこともないが……これでひとつ貸しだな」

「そのうち返す」

「おう、是非ともそうしてくれ」



 小十郎が留置所の中心で無実を叫んでいる頃――。

 学校ではチョコレートの山を抱えた成実が上機嫌で政宗とランチタイムを楽しんでいた。

 殆どが義理だったり所謂「友チョコ」なのだが、中には本当にラブレターつきのものがあったりして成実は舞い上がらんばかりだ。

「けっこう人気あるんだな、成実は」

「まぁね〜。あ、ちょっと妬けた?」

「誰がだバカ」

 通学鞄には入りきらないので何処から調達してきたのか大きな紙袋に詰めている。

 手作りと思しきやや不恰好なものから百貨店で買ったらしい綺麗なラッピングのものまで、一人で食べきるのは大変なのではないかと

いう量だ。

 その中のひとつを早速食べている成実にこちらはまだ弁当をつついている政宗が揶揄するように言った。

「鼻血出すなよ?」

「そこまでバカ食いしねぇよ」

 と、いいつつもチラチラ政宗のほうを窺う成実。いつくれるのだろうという期待に目がキラキラしている。

「Ah. 忘れるところだった」

(来た来た来たぁーっ!!)

「何っ!?」

 やっと、一番貰いたい子からのチョコレートが!? と息巻いて身を乗り出した成実の口にプチトマトを押し込んだ。

「むぐっ」

「野菜残すなって言ってるだろ。……今日、先帰っていいから。ちょっと用があるんだ」



「……って言ってさ。先に帰ってろって。これは何かあると見たね」

 夕方。朝同様に一人でバイクに乗って帰ってきた成実は冷蔵庫から持ってきたドクターペッパーのペットボトルを開けながら思案顔。

「ついにこじゅが振られる時到来? いやー短い春だったねぇあのおっさん!」

「嬉しそうに言いますね。まだそうと決まったわけではないでしょうに」

 500ml入りのそれを一気に半分ほど飲み干して盛大にげっぷするのを横目に読んでいたアニメ雑誌をテーブルに置いて苦笑した。

「だって、どう見たってこじゅの態度は彼女に対するものっていうより父親じゃん。見ててウザくね?」

「それだけ大切にしているのでしょう。私はあの二人の関係はそう簡単に壊れるようには思いませんが」

 出会った始めから普通ではなかった二人だ。様々なことを経て、今の関係に至ったのだ。政宗と小十郎の絆が強いのは誰が見ても明

らかで、いかに気まぐれな年代だとはいえ直ぐに他の人物に心を移すようには思えない。

「ふーん……そんなもんかねぇ」

 だったら、もっと踏み込めばいいと成実は考えていた。自信がないのか傷つけたくないのか判らないが、小十郎は政宗をデートに連れ

出すどころか自ら触れようとすらしないのだ。

 ふつう、所謂恋人ならもっと距離が近いと思うのだが。

「恋愛の形は人それぞれってことですよ、成実。貴方ももう少し大人になればわかります」

「うぁ、出たよガキ扱い。いいかげんソレ辞めて欲しいね」

「義理チョコで有頂天になっている人を子供と呼んでなにが悪いのですか?」

 テーブルの上にはチョコレートの山。……その殆どが義理なのは言うまでもない。

「いんだよ、くれる気持ちってやつが重要なんだろうが。そういうツナは今年もゼロかよ」

「女性とつきあいがありませんから」

 それに甘いものはあまり好きではありません。

 涼しい顔で甘い香りを放つ山を見遣る綱元。

「くれた人はちゃんと覚えていますか? この数ではお返しするのも大変でしょうに」

「んーなんとなく。……そういやこじゅはどこ行ったんだろう。朝、怒って出て行ったきりだったりして?」

「困った人ですね。どこへ行ってしまったのか……あれから帰っていませんよ。そんなに恥ずかしかったんでしょうか、テープの話」

「いや引きずるなよそれ……」

 びし、と成実がツッコミを入れたとき、玄関ドアの鍵が開けられる音がした。

「あ、噂をすれば帰ってきたじゃん。いま開けるから……って、梵? お帰り……早かったね?」

「I’m home. 早かったらいけないのか?」

 戸口に立っていたのは小十郎ではなく、通学鞄を肩にかけて何やら包みの入った紙袋を抱えた政宗だった。

「あ、いやそういうわけじゃないけど」

「? 変な奴だな。ほら、これ。学校の調理実習室借りて作ってきたんだ。成実は沢山貰ってるだろうから少なめにしてやったぞ」

 この家の台所は必要最低限の調理道具しかない。厳密な温度管理が必要なチョコレート作りには温度計が必需品だし、製菓用の道

具もなかったので製菓同好会の部員に混ぜてもらって作ってきたのだ。

 用事とは、このこと。

「おおおおぅ……ツナ、おれ今が人生最良の時……やべ、鼻血でる」

 うぷぷぷ、鼻を押さえて洗面所に走った成実を見送って政宗は呆れた溜息をついた。

「だから食べ過ぎるなって言ったのに……。あ、綱元の分も作ってきたんだ。できるだけ甘さ控えめにしてあるから、コーヒーと一緒にどうぞ」

「あぁ、どうも。甘いの苦手って知ってたんですね、ありがとう。ではさっそく淹れてきましょうか」

 にっこり笑っていそいそと席を立つ綱元。なんだかんだで嬉しいらしい。

「あれ、小十郎は?」

 最も渡したい人の姿が見えず、きょろきょろ見回した政宗に鼻にティッシュを詰めて戻ってきた成実が首を振った。

「それがさぁ、今朝ちょっと喧嘩しちゃって。怒って出て行っちゃったんだよね。そのうち帰ってくると思うけど」

「は? 喧嘩って……ガキかよ」

「しょうがないじゃん。あんな過敏に反応する方が悪いんだよ」

「何を言って怒らせたんだ」

「あ……いや今のナシ!」

「答えろコラ」

「あの政宗さん顔が怖い……」

「鼻血止めてやろうか? 頚動脈をちょっと蹴り潰せば簡単に止まるぜ」

「イヤアアア止めて止めて死ぬからそれ!」

「じゃあ言え」

 目がマジだ。上段蹴りを入れるべく両足を肩幅に開いて体重移動する動きを見て取った成実は本気で怯えた声を出す。



「……梵とこじゅがその……ナニしてるとこの盗聴テープを……」



 脅迫され、しどろもどろに喋る成実の言葉尻が段々小さくなる。それと同時に政宗の顔が蒼白になり、転瞬怒りの色に染まった。

「……死ぬかぁッ!?

 げしっ。

「お、な、じ、せり、ふ……ぐふっ」

 全てを言い終える前に、強烈なミドルキックが成実の鳩尾に炸裂している。哀れ成実はなすすべもなく床へ崩れ落ちた。



 ぷうっ。

 成実を蹴り倒し、とりなす綱元をはねつけて勢いよく家を出た政宗はドアに寄りかかり、頬を膨らませた。

 手の中には小十郎に渡そうと作ってきたチョコレートの箱。肝心の本人が帰ってこないのでは渡しようがない。

 事実ではなかったとはいえ、盗聴するなど言っていい冗談ではない。

 大体、告白してから暫く経つのにキスするどころか手ひとつ繋ごうとしない彼なのだ。

 そんな……関係を持つなんてとんでもない。

 それに、いつも一緒にいるとはいえたまには二人だけになりたい。家に居ればうるさいコブがくっついてくるのだ。

 気になっていたところなのに、一歩進むのにいい機会だったのに、そんなことで渡しそびれてしまうなんてひどい。

 その場に座り込み、箱と一緒に膝を抱えた。

 今日は帰ってこないつもりなのだろうか? 激しく怒ってしまったのならそれもありうるかもしれない。

「……どっちもひどいよ。ひとの気も知らないで」

 小十郎を怒らせた二人も、小十郎も。

 数日前から準備して、頼み込んで調理実習室を使わせてもらい、味にうるさいと聞いた毛利医師に味見までしてもらったのに、この有様だ。

 いちばん食べてもらいたい人は、帰ってこない。

 一生懸命になっていた自分がひどくみじめで抱えた膝に顔を埋めてしまった。



 どれだけそうしていただろうか。

 コートも着ないで出てきてしまった痩躯に2月の夜気はまだ冷たい。直接風が入ってくることはないエレベーターホールとはいえ、じわじわ

と底冷えするのだ。

 後ろめたさからか、成実や綱元がドアを開ける気配はない。

「なんか、バカみたいだ」

 ちいさなくしゃみをして、目じりに浮かんだ涙をぬぐった政宗は拗ねている自分の子供っぽさに嫌気が差していい加減戻ろうと立ち上が

りかけたとき。

 動き出したエレベーターが6階――つまり4人の家であるここで止まった。

「あ」

 古ぼけたドアが開く。

 見慣れた茶色のコート。

 ゆっくりと踏み出した長身の影は――。

「小十郎!?」

 驚愕に独つ目を見開く政宗の視線の先で、ばつが悪そうに小十郎が微笑んでいた。



「どうした政宗。こんなところで」

「……っ」

「?」

 わしっと頭をなで、その冷たさに「だめじゃないか、そんな格好でいたら風邪をひくぞ」と眉を顰める小十郎に再び頬を膨らませた政宗が

抱きついた。

「お、おい……」

 そのまま無言で力を込めてくる。また何かあったのか……?

「……いま、何時だ」

 きつく抱きついて胸に顔を埋めたまま訊いてくるのに、わけもわからず腕時計を見ると23時50分。

「どこ行ってたんだよ、こんな時間まで」

「ちょっと……し、知り合いに会ってて」

 留置所に居たとは口が裂けてもいえない。捜査四課の長曾我部刑事がいなければ今日中に帰ってくることすらできなかっただろう。

「そうか」

 あわてて取り繕った答えに短いいらえを返して、それきりまた黙ってしまった。

「遅くなるんなら、ちゃんと連絡しろよ。……心配するじゃん」

 暫く二人とも何も言えず、だからといって腕を解くでもない政宗に小十郎が戸惑いを覚え始めたとき、顔は相変わらずそのままで持って

いた包みを掲げてみせた。

「これ、小十郎に」

 透かし柄のある美しい包装紙に、深紅のリボンが可愛らしく結ばれた小さな箱。弓矢を持った小さな天使のチャームがついている。

「うちは道具がないから学校で作ってきた。……口に合うかわからないけど」

 さらに動揺する小十郎。受け取る手がかすかに震えている。

 男一匹・片倉小十郎26歳。

 人生初めての、バレンタインチョコレートであった。

「あ……す、すまねぇ」

「これで赦されたなんて思うなよっ」

 まだ色々と問い詰めたいことなど山ほどあるのに。こうやって目の前に居られると何もいえなくなってしまう彼女であった。

 恨み言のひとつでも言ってやりたいのだ、本当は。

 なのに、体温を感じるだけで全てを赦したくなってしまうのは惚れた弱みというやつなのだろうか。

 みっともないくらいにこちらは夢中だというのに、まったくこの男は。

 どんな顔をして良いかわからず、抱きついた腕を解けずにいる政宗の背にそっと温かい腕が回された。

 冷えた身体を温めるようにやんわりとした力で抱きしめる。

 そして、政宗がいちばん弱い低い声で耳元に囁いた。



「――――」



 その言葉に、思わず顔を上げた政宗の頬がふんわりと色づいた。嬉しそうに、何度も頷く。



『ありがとう。……今度、誰にもジャマされない所へ二人で行こう』



(あぁ、やっぱり)

 再びきつく抱きついた政宗は頭の隅で思う。



 このひとを嫌いになんて絶対になれない。

 敵わない。

 どんなに怒っていても結局、赦してしまうのだから。












The END








2007.2.14 Words by High







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甘………………い?(笑) 小十郎、ダメッぷり全開です。なんだ留置所って。
段々と片倉さんをいぢめるのが楽しくなってきましたよ(ヒデェ)

Hitmenシリーズバレンタイン編、長くなってしまったのでこちらに置きました。
バレンタインっていうか……。ぬおおお筆力をくれーっ!