身構えよ。嵐が来る前の海が最も静寂に満ちているのだ。









蒼穹へ、鋼鉄の翼を纏いて #4

















 日本国内で最も日の出が遅い島の朝は早い。

 政宗たちが訓練している空軍アカデミー――正式名称は『空軍参謀本部戦技研究所付属特殊戦術戦闘空士養成所』という長たらしい

ものである――のある島には元々名がなく、単純に最南端基地とそのままの名称がついている。

 その、最南端基地――午前四時半。



 未だ曙光すら差し込まぬ室内に、ぢりぢりぢり……と半ば壊れかけの目覚まし時計のベルが響いた。

 訓練生が使う宿舎は四人部屋だが、その一室は人数が半端なためにバディのいない元親に割り当てられている。

「う゛あ゛ー……」

 布団から伸びた手が今にも止まりそうな目覚まし時計を引っつかみ、音が止む。

 くぐもった声で言葉になっていないうめきを漏らし、ひとしきりもぞもぞしてようやっと身を起こした。

 寝起きは悪いほうではない。

 寝癖がついて妙な形に跳ねた頭もそのままに、髭が伸びてザラリとした感触の顎を擦りながらベッドから降りると、顔を洗うべく洗面台へ。

 その、途中にあるキャビネットの上に視線を寄越し。

「おはようさん。よく眠れたか?」

 指先で軽く叩きながら声をかければ、ばしゃりと跳ねる水音。

「そうか、よかったなカトリーヌ」

 元気そうな様子に口許をゆるめ、洗面台に向かった元親が声をかけた相手は、例の珍妙極まりないトレーニング器具に使われている毛利

少佐のペット、金魚のカトリーヌであった。

 はじめは厭々ながらつけていた耐G能力強化ヘルメットであったが、慣れというものは怖ろしい。

今ではこれを頭につけた二人の姿もすっかり基地の風景になじんで、揶揄する者もいないからか、それとも金魚に愛着でも沸いたのか、それ

ほど苦にもしていない様子で日々の訓練をこなしている。

 ……元親の場合、後者の理由が強いようだが。

 水槽の水を入れ替えてカトリーヌにエサをやり、トレーニングウエアに着替える。

 下ろされたブラインドの隙間から薄青い光が差し込み始めた頃、ヘルメットのベルトをしっかりと締めて、今日も一日が始まる。

 海軍時代から愛用する古ぼけた時計は午前五時を指していた。



 がちゃっ。

 よく手入れされたコンバットブーツを履きこんだ足が廊下に踏み出したのと同時に隣の部屋のドアも開いた。

「Good morning.」

 隣室の政宗と小十郎だ。彼らはまた別の理由で四人部屋を二人で使っている。

「おぅ。今日は早いな。自主トレか?」

 寝足りないのか、少し眠たげに欠伸などしている。いつもキッチリしている小十郎もどこかしら寝不足気味のようでやや疲れ顔だ。

「いや……昨日の夜、『あおあらし』から俺たちの機体が届いたらしいんだ。点呼の前にハンガーへ見に行こうと思ってな」

 本来の起床時間は六時。特殊戦とも呼ばれるアカデミー訓練生達は、在籍中は本来の部隊にいた頃とは扱いが多少違っていたが、軍隊と

しての基本は同じだ。

 起床時間には身支度を整えた状態で廊下に並び、部隊長の点呼を受けるのが日課である。

 とはいえ、この監獄島じみた最南端基地で脱柵が起こることなどありえないのだが。

「へぇ。よくあの艦長が許したな。今頃仏頂面してるだろうぜ」

 あまり彼を良くは思っていないのか、渋々ワイヴァーンを引き渡す艦長の顔を思い浮かべてニヤリと笑う元親。

「いや、未だ海軍飛行隊に在籍しているからだ。アカデミーは空軍のものだが、あくまで出向扱いらしいしな。……って長曾我部、辞令書読ん

でねぇのか」

「そこまで詳しくは」

「重要だろそこ……」

 さらっと答える元親のアバウトさ加減に唖然とする。律儀にツッコミを入れた小十郎と対照的に「バカの相手はしてられない」とばかりに政宗は

すたすた歩き出してしまった。

「あ、おい政宗。俺のフランカーは?」

「来てるんじゃねえの? そこまでは知らねえよ。俺に訊かないで見に行けばいいだろうが。小十郎、行くぞ」

「はっ」

 例によって頭の上に乗っている金魚入りの水槽の水を揺らして、足早にハンガーへ向かう政宗の後を追って小十郎もきびすを返した。

「あ、ちょっと待てよ!」

 ぽつねんと取り残された形になった元親も、己の愛機が届いているであろうハンガーへ急ぎ足で向かう。



 日本各地から集められた訓練生たちが使う練習機が並ぶハンガーとは別にある、テストパイロット用の機体が格納される場所。

 ふつうは関係者であればノーチェックで入ることが出来るが、開発途中にあり軍事機密の塊であるテスト機があるだけに、入室には厳しい

セキュリティチェックがかけられる。

 『あおあらし』から運ばれてきたワイヴァーン二機とフランカーもその区画に駐機されているという。

「スーパーワイヴァーンは海軍が誇る伝家の宝刀だからな。開発中の新型機の大本でもあるからコッチなんだとよ」

 で、後の二機もついでに同じところへということらしい。

 誇らしげにそう言って、ハンガー入口の電子錠にIDカードをかざした。

 普段は足を踏み入れる資格などない三人だが、専属のパイロットとして登録されている三機がある今は関係者扱いだ。

「D−1とも久しぶりだな……」

 実際にはそれほど時間が経っているわけではないのだが、政宗は感慨深げな呟きを漏らした。

 戦闘機というものはその殆どが専属のパイロットによって運用されている。使いまわすのは訓練用の練習機くらいなもので、乗り手の名前が

キャノピー下部にペイントされているのが普通だ。それゆえ、パイロットは自機への愛着が強い。

ハンガーへ足を踏み入れた三人はそれぞれの乗機を探して歩き出した。

 と、その時。



「ぅおやかたさぶぁーーーーーーーっ!!!!!」

 バキッ。

「ゆきむるぁぁぁ!!!!」

 ぼぐぅっ。



『!?』

 だだっぴろいハンガー中に反響してエコーまでかかりながら、妙に暑苦しい怒号と激しい物音が三人の耳に飛び込んできた。

 一斉に顔を向けた先は、優美なシルエットを描くフォルムも美しいスーパーワイヴァーンと、

「うおおおおっ、お や か た さ む ぁぁぁぁ!」

 オレンジ色のツナギを着た整備員二人。

 軍人にしては珍しい長髪を一つに結び、なぜか赤いハチマキをしている青年と、ただの整備員とは思えないほどの威圧感を放つガタイのいい

中年だ。

 その二人が、政宗の機体の直ぐそばで怒号を上げながら、

「あいつら……喧嘩か?」

「うわ痛そう……」

 殴り合っていた。

「喧嘩というのは少し変ではありませんか?」

 確かに小十郎の言うとおり、二人は互いの名前(?)を叫びながら一発ずつ拳をくれあっている。喧嘩ならばそんなことはしないだろう。

 ハンガーには、早朝ということもあり他の整備員はいない。こんな時間にこんな場所で一体何をしているというのだ?

「関わり合いになりたくねぇな」

「しかしワイヴァーンはあそこですよ」

 よりによって自機の直ぐそばで殴り合いをしている二人に嫌ぁな顔で足を止める政宗。

 オレンジのツナギを着ているからには整備員であることに間違いないのだが、基地では見かけない顔だ。

 どうにも怪しい。

「おっ、フランカーはあっちだ。じゃ、後でな」

 面倒ごとに首を突っ込むのはごめんだとばかりにそそくさとフランカーの方へ走って行く元親をむっとした視線で見送って。

「……出直しますか?」

「Ah. そのほうがよさそうだ。ここに入れるってことはおかしな連中って……」

 わけじゃないだろう、と続けようとした声が途切れた。

「あ」

 突然途切れた声に何事かと政宗の視線の先を追ったときには。

「Heyテメェら、俺の機体に何してやがる!!」

 表情を鬼のそれに豹変させた政宗が二人に向かって怒鳴りながら駆け出すところであった……。



 小十郎が振り向く一瞬前。残念そうにワイヴァーンを見遣る政宗の隻眼が捉えたもの。

「ゆきむるぁぁ!!」

 最前から殴り合っていた二人のうち、ガタイのいい中年がハチマキ青年を豪快に殴り飛ばし、勢い余って吹っ飛ばされた体がワイヴァーンの

胴体に激しくぶつかるところだったのだ。

 見た目は頑丈そうに見えるものの、実のところ航空機は機体についた微小な傷ひとつで事故につながりかねない繊細さを持ち合わせている。

 それゆえ、離陸前のチェックでは整備員のみならずパイロット自ら点検を行い、僅かな瑕疵も見逃さないようにしているのだ。

 だというのに、それを熟知しているはずの整備員がこともあろうにハンガーで殴りあいをしている上に機体へぶつかるなど。

 多少オーバーとはいえ、稀少なワイヴァーンドライバーとして政宗の怒りは当然のものと言えた。

「それでも整備員か!? 機体に傷がつくような真似しやがって……!」

 踏み出す一歩ごとに威圧感を増すかのごとき怒声に、やっとハンガーへ人が入ってきたことに気付いた二人が政宗を振り返る。

「喧嘩するなら外でやれ、外で。……っつか、テメェら基地の人間じゃねえな? 所属と階級を言え。場合によってはただじゃおかねえぞ」

 むろん、整備員とて軍人である。階級が上であった場合、上官に罵声を浴びせたことになりあまり良い状況にはならないのだが今の政宗には

どうでもいいことらしく、怒り心頭に達した様子で二人へ刺々しく誰何する。

「政宗様っ、お待ち下さい!」

 政宗よりは冷静にことの成り行きを見ていた小十郎がそのマズさに気付き、にわかに慌てて後を追った。

「貴殿は?」

 殴られた頬をさすりながら、ハチマキ青年が不審げに政宗を見遣る。見た目も若かったが、声の感じからして二十歳は越えていないようだ。

「俺は、海軍第三艦隊空母『あおあらし』付第一飛行隊隊長、伊達政宗。少尉だ。そこの」

 と、ハチマキ青年が背にしているワイヴァーンを指して、

「D−1のパイロットだ」



 凄みの効いた視線でガンをくれながら仁王立ちで背後にある戦闘機の乗員だとのたまったトレーニングウエア姿の男にハチマキ青年は見

覚えがあった。この特徴的すぎる容貌は何度も新聞やTVで見た。間違いない。

「では、貴殿があの独眼竜……!」

 隻眼という致命的なハンデがありながらパイロットになった、恐らくは史上初の人間。

 日本どころか世界でも類を見ない例であるだけに、メディアはこぞって政宗のことを報道した。一介の若手軍人でしかないが、そんな理由で

軍関係者ならば知らない者はいない有名人なのだ。

 アカデミーに入ったことは機密扱いで伏せられていたため、まさかこんな場所に彼がいるとは思いもよらない。

 名乗った途端、感動のまなざしで態度を一変させたハチマキ青年に軽く拍子抜けしてしまった政宗は、ワイヴァーンの胴体のぶつけられたあ

たりを撫でながら今度はやや態度を軟化させて問う。

「で? アンタらは何者なんだ」

 青年のツナギの襟元についている階級章は、空士長。隣にいる中年は立ち位置のせいでよく見えない。

 このハンガーで働く整備員は三曹以上の士官のみ。やはり、怪しい。

「政宗様! またそのような言い方で……」

 後からやってきた小十郎がぞんざいな物言いを諌めながら、それでも同じ疑念をいだいたのだろう、言葉遣いは丁寧だが政宗と同じ問いを

口にした。

「伊達少尉のウィングマンで片倉と申します。失礼ですが、所属と氏名、階級を伺いたい。このハンガーは許可された者しか入れない場所。

あなたがたはこの基地では見たことがない人間だ。なぜここに?」

 ここへきてやっと、今まで沈黙を保っていた中年が口を開いた。

「ワシは空軍航空支援集団、第二輸送航空隊の武田信玄じゃ。階級は少尉。『あおあらし』から航空機を輸送する任務でここにおる。

こやつは部下の真田空士長……あ、いや本日より准空尉だな」

「そりゃ、松本くんだりからご苦労なことで……」

「「って、空士長から准空尉!?」」

 武田と名乗った中年の言葉に納得しかけていた政宗と小十郎は、軽く付け足された台詞にほぼ同時に素っ頓狂な声を上げてしまった。

「空士長から准空尉なんてありえない!」

 日本軍における階級は、かつての自衛隊に準じている。空士長の上には三等から一等の空曹、空曹長と四つの階級が存在しており、たとえ

どんな功績を挙げても二階級特進が限界である。一足飛びに士官になるなど異例どころかとんだホラ話だ。

「階級詐称は軍法会議ものだって分かってるよな?」

 笑いを堪えきれず、声を震わせながら「冗談きついぜ」と続ける。

「……。某自身もよく分かりませぬ。されど松本基地で受けた辞令は間違いなく准空尉でござった」

 容赦なく笑い飛ばす政宗に不快感を示すでもなく、真顔でそう告げたハチマキ青年こと真田空士長(もとい、准空尉)も不思議そうに肯いた。

「任務に就く直前であったゆえ、階級章その他は最南端基地で受領せよと」

「まぁ、嘘だったらアンタが厳罰なだけだから関係ねえか。それで、さっきの殴り合いはなんだよ。機体に傷はついてないようだが、危ないだろ」

 そもそも、そんな無茶苦茶な人事を一体誰が承認したのか? ただの整備員をいきなり尉官へ昇進させた目的は? と疑念はつきないが、

政宗たちには関係のないことだ。

 すぐに笑いを引っ込めた政宗は腕組みをしつつ整備員二人を交互に眺めやる。

「も、申し訳ござらぬ……つい」

「『つい』じゃねえよ。機体についた傷がもとで事故が起こることもあるって分かってるんだろう?」

 先ほどまでの威勢はどこへやら、叱られた子供のように神妙な顔で肯く。

「分かってるんだったら、もうやるな。……にしても、上官殴るたぁテメェもいい根性してるじゃねえか」

 あんまり素直な様子に、流石に怒り続けるのも大人気ない。実際に傷がついたのなら話は別だが。

 政宗の興味はすでに、少尉である信玄を相手に全力で拳をぶちこんでいたことへと移っている。

「上官を、殴る?」

「Yes. その割にそっちはなんとも思ってないようだが」

 問われ、一瞬何のことか分からないといった様子で顔を見合わせた二人は転瞬、呵々大笑した。

「喧嘩ではない。確かに傍目には只の殴り合いに見えるかもしれんがの」

「?」

 信玄曰く。これは二人の熱い魂をぶつけあう『殴り愛』なんだそうな。

「「…………。」」

 全くもって、意味不明。

 松本基地ではこのような習慣があるのか、それともこの二人が特殊なのか……。

 いずれにせよ、深く関係したくない手合いではある。

「……とりあえず、紛らわしいから人目につくところではやめとけよ」

 日常的にこんなことをやられては、同じ隊にいる連中はさぞかし鬱陶しいことだろう。事情を知らない最南端基地の人間が目にしたら、問題に

なってしまうかもしれない。



「おーい! オレはそろそろ戻るぜ! そっちはどうするよ」

 点呼の前に軽くロードワークをするのが日課の元親が声をかけながら小走りにやってきた。

「何だ、こいつらさっきの喧しい奴等か?」

 思いっきり不審の目で二人を眺めやる元親の姿に、真田准空尉は同じものを乗せている小十郎の頭と忙しく見比べて、いたく真剣な様子で

小十郎と元親の頭を指差した。

「噂に聞く最南端基地とはかように危険な場所でござったか。ペットを連れ歩かねばならぬとは……。

国防の最先端で働けるとは、燃えてまいりましたなお館さま!」

「うむ! ぬかるでないぞ幸村!!」

 何かが激しく間違った認識を本気でしているらしい。ツッコミを入れる気にもなれず引きつった表情を見せる二人に、政宗は爆笑した。



「ったく、朝から失礼な奴だな。どこの田舎モンだ連中は……」

 点呼を終え、朝食を摂るべく食堂へ移動したパイロット三人。

 例によって頭の上の水槽に気を使いながら山盛りの飯をかきこむ元親が唸る。

「長曾我部、ウェイトコントロールはどうした。明日は定期測定だぞ」

 毛利少佐から、耐G能力値の向上に加えて体重を絞るよう命じられていたはずだが。

 こちらは小ぶりの茶碗に生卵と刻みネギをこんもりと乗せて醤油を回しかけながらの小十郎。

「朝はしっかり喰う主義なんだよ」

 それでもおかずは低脂肪メニューを選んでいるあたり抜かりは無いようだ。

「しっかし、傑作だったよなぁ。『かように危険な場所でござったか』だぜ」

 二人とは逆に体力をつけろと注意された政宗は、出汁巻き卵に野菜の煮物、塩鮭と一人でしっかりだ。

「ナメてんのかってんだ」

「そんなに怒るなよ。外の基地から来たんだ、分からなくて当然だろ。それ、どう見てもトレーニング器具には思えないしな」

 言い切られ、憮然とした様子でずずずと味噌汁をすすりこんだ。

「それにしても、あの異常な昇進は妙ですね」

 元親のカトリーヌと違い、乗っけている主に似ているのか実に落ち着いた動きで堂々と泳ぎ回る金魚(なお、こちらの名前はエマニュエルと

いう。カトリーヌに負けず劣らずご大層な名前である)の水槽を傾けぬよう器用に食べていた茶碗を置き、ハンガーでの会話を思い出した小十郎

が切り出す。

「Ah, あの真田とかいう空士長か。ホラふくような奴には見えねぇが。どっちにしろ、俺たちの機体を運んできただけだから直ぐに帰る……ん?」

 そこではたと思いつき、飲みかけていた湯飲みを元に戻した。

「おい、この島はデカイ船って接岸できなかったよな」

「……そういえばそうですね」

「じゃあ、どうやってアレを持ってきたんだ」

 最南端基地がある島は周りを珊瑚礁に囲まれており、遠浅の海が続くため大きな港を作ることができなかった。物資の輸送は航空機を使う

か、深い部分に停泊した船からボートを使ってするしかない。

 巨大な戦闘機を基地へ持ち込むには、ボートなど勿論不可能だ。

 ということは……。

「乗ってきたんじゃねえの? 輸送航空隊ならライセンス持ってるだろ」

 確かに、航空機を使った物資輸送専門の部隊である彼らの中にもパイロットはいる。

 さも当然のように言った元親へ政宗は首を振って。

「輸送機と戦闘機を一緒くたにするんじゃねえ。それに、テメェのフランカーや小十郎の汎用ワイヴァーンはともかく、俺のD-1は普通の人間じゃ

マトモに離陸することもできないはずだ」

 機動性の向上と引き換えに安定性を犠牲にした、各部の操作における「遊び」の部分が非常に少ないタイトなチューニングを施されたスー

パーワイヴァーンは経験豊かなベテランパイロットでも難色を示す暴れ馬。それを、一介の輸送機パイロットが動かせるとは考えられない、と。

「まさか……な」

 あまり深く考えたくない。あの二人のうちどちらかがD-1に乗ってきたなんて。だとすれば、輸送航空隊などにはいるべきでない逸材だ。

「他のワイヴァーンドライバーがいるのではありませんか? あと一人足りませんでしたし」

「かもしれねぇ」

 輸送機を動かせるからといって、戦闘機に乗れるわけではない。根本的に操縦方法が違うのだ。

 政宗たち以外にもワイヴァーンを操縦できる者はアカデミー内にもいたし、「あおあらし」の飛行隊にも数人存在している。

 尤も、カスタム機を操るパイロットは全軍でも数えるほどしかいないのだが。

「あ、いたいた。そこ、いいですか?」

 疑念を振り払うように、再び食事に専念しようと箸を持ち上げたとき、ふいに背後から声がかかった。

「ん? あぁ、いいぜ」

 訓練生ではないことが分かる、空軍の制服姿。シリアルとコーヒーが載ったトレイをテーブルに置いてにこやかに挨拶した。

「私は特殊戦の桂城です。今度、伊達少尉のフライトオフィサを勤めることになりました」

 フライトオフィサとは、地上の管制塔や複座の戦闘機の後席にあってパイロットの補佐をする人員のこと。『あおあらし』に居た頃はチームごと

にオペレーターがついていたが、ここでは一機につき一人つくらしい。

 若い割に少尉の階級章をつけているあたり、中々に優秀な人材のようだ。

「そりゃどうも」

 未だ飛ぶことも許されていない三人に、フライトオフィサと交わす話題は乏しい。世間話をするでもなく黙々と朝食を口に運んでいたが、沈黙に

耐えられないのか桂城少尉が軽い調子で口を開いた。

「多分、後で通達があると思うんですが長曾我部少尉、今日から宿舎の部屋が変わりますよ」

「は? 誰か来るのか」

 突然話を振られ、きょとんとして顔を上げた元親に大きく肯いて話を続ける。

「ええ。本土の空軍基地から三名ほど。ですから、現在二人で使っている伊達少尉の部屋に移ることになると思います。でも変なんですよ、

松本基地からっていうのが。ほら、あそこって補給基地じゃないですか」

 山梨県にある松本基地は、関東地方でも入間に次ぐ規模の空軍基地だが後方支援を専門としており、攻撃のための航空機は配備されて

いない。よって、戦闘機乗りも当然ながら、いない。

「松本……?」

 なんだか、嫌な予感がする。

「さっきのハンガーにいた二人、松本から来たって言ってましたよね」

「そうだったな」

 戦闘機に『乗って』運んできたらしいということと合わせ、もしや……と顔を見合わせた政宗と小十郎は微妙な顔で乾いた笑いを浮かべた。

「流石の毛利少佐とはいえ、パイロットでもない一般兵士をアカデミーに入れるなんてねーよ」



 その「まさか」が午前の訓練開始時に現実のものとなることを未だ三人は知らずにいた。









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これでやっと登場人物が(約一名除き)揃いました。
あと一人はもう誰だか分かると思います(笑)
この連作、本で出している「Engage」へ最終的に話が繋がるよう書いていますので、設定やサブキャラなどが共通しています。
桂城少尉とか特殊戦とか……ちょっとやりすぎましたかね;

ちなみにー。松本には陸自の駐屯地はありますが空自はありません。
そして武田少尉が名乗っていた「航空支援集団、第二輸送航空隊」というのは実在しておりまして、埼玉県の入間基地に所属してます。
でもほら、武田軍なのに埼玉じゃちょっと変だしね。


久しぶりにアップしたくせに相変わらず萌えがない……。
次回は軽く小政ってる方向でw