翼纏う者、暫し地に足を繋げその無力を味わうべし。









蒼穹へ、鋼鉄の翼を纏いて #3

















 抜けるような青空と、眩しく降り注ぐ日差し。

 真っ白い砂浜。色鮮やかな魚が泳ぐ遠浅の穏やかな海。海岸沿いには椰子の木とマングローブの林。

 日本国内ではあるがまるで南国のリゾート地のようなここは沖縄本島からさらに南下したところにある小さな島だ。

 だがここにあるのはリゾートホテルでもコテージでもなく、無愛想な灰色の建物と異様なまでに頑丈に作られた鉄条網。遠浅のために大きな船は

接岸できず、台風シーズンが長いせいで観光客も寄り付かない、要するに絶海の孤島である。

 日本海軍の航空母艦『あおあらし』にてスカウトを受けた政宗たちは今、この美しいがまるで監獄のような島にいるのだった。



「……っ、騙された……!!」

 中天に差し掛かろうかという太陽の、容赦のない熱に晒されながらトレーニングシャツを汗でびっしょり濡らして銀髪の男――元親が唸った。

 先ほどから行われている訓練のせいで、全身を襲う苦痛に食いしばった歯の間から漏れる言葉は恨みがましくそこだけ気温が低い。

 しかもくっきりと拳の痕が残る左頬がずきずき痛む。

「なんで俺と片倉だけなんだよこれ。他にも必要な奴がいるじゃねえかよ」

「私語はやめねえか。また俺まで懲罰だ」

 隣で同じように汗を流している、頬に傷を持つ男――片倉小十郎少尉が元親を一顧だにせず口早に諌める。

「つか、アンタ政宗と他の奴で態度違いすぎねぇ?」

「テメェの口を閉じるのにそこの流木なんか適当だと思うんだがどうだ」

 口に突っ込むぞ。

 政宗と三人でここへ来てからそう経っていないが、この片倉という男が政宗以外の人間に対して実に厳しい態度をとっていることを既に身を持って

知っていた元親は冗談ではなく本気でやりかねない小十郎の様子にむっとして口をつぐむ。

(暑っちいー……)

 寒い場所の出身ではないし、海軍時代が長かったために強い日差しには慣れていたがこんな炎天下でここまで厳しいトレーニングをするのは

初めてだった。

 しかも。

「おい、あれ見ろよ!」

「なんだお前ら懲罰か?」

「ダメだ腹が……くるし……っ」

 背後の鉄条網を隔てた滑走路脇――ちょうどランニングのコースになっている――から隊員たちが通りかかるたびに哀れみの視線や爆笑、

さまざまな揶揄が飛んでくる。

「どこの隊だよ、こっち見ろって〜」

「うるせぇっ!」

 出来るものなら殴ってやりたい。振り返れるものなら。

 そう、振り返れるものなら。

「……うわ、やべっ」

 背後のギャラリーに怒鳴って振り向きかけた元親の頭の上でちゃぽん、と水が跳ねる音がした。

 慌てて姿勢を正す元親の背後でどっと笑い声が上がる。

「クソッ! あいつマジでぶっ殺す……!」

「その調子じゃ当分空へ上がるのは無理そうだな」

 暑さのせいだけじゃなく顔を真っ赤にする元親の隣で小十郎は至って涼しげに目を閉じて呟く。

「何が最強のパイロット育成プログラムだコラーッッ!」

 極彩色の蝶が舞う浜辺にむさ苦しい叫びが虚しく響き渡った。



 空軍参謀本部から来たという毛利少佐からスカウトを受け、有事の際に活躍できる優秀なパイロットを育てるためのアカデミーへ転属したのが

十日前。

 すぐに実機での訓練が始まるのかと思いきや、専属の教官も兼ねている毛利少佐はおもむろに体力測定と筆記試験を行ったのであった。

 詳細な健康診断から始まり、各種運動能力・反射神経の測定、耐G能力検査、航空に関するあらゆる試験……とそれは一週間にも及んだ。

 ここまでは理解が出来る。様々な部隊から集められた人間の能力や個性を推し量るのは今後の訓練の方向を決めるのに必要だから。

 その結果、小十郎と元親に言い渡されたのは体力・筋力を落とさずに体重を絞り、かつ強大なGに耐えうる体を作ることであった。

「そなたらの体格は激しい戦闘機動に対して弱い。このメニューを消化した後に検査の値が上がっていなければ実機訓練はできぬものと思え」

 急旋回などをした時にかかるGの大きさというものは、パイロット自身の体重に比例する。決して太っているわけではないが背が高く大柄である

二人は元就の言う通り、小柄な政宗に比べて意識を保てるレベルが低かった。

「8Gで首も動かせないのでは話にならぬ」

 きっぱりと断じた元就の言葉は尤もで、レーダーが発達しているとはいえ目視による索敵が重要な戦闘機乗りは過大なGがかかる状況でも体を

動かせるというのは必須条件である。

「本日から一週間、これをつけて訓練を受けよ。休息中でも就眠時と風呂以外は外してはならぬ。また、それは我のペットだ。零して地面にぶちま

けてみよ……ただではすまぬぞ」

『……はい?』

 それを手渡された瞬間、二人は声を合わせて間抜けな声をあげてしまったものだ。

「耐G能力強化ヘルメットVer.2だ。ちなみにそのヘルメットは整備班より拝借したものゆえ破損したら弁償となる。給料より差し引くのでそのつもりで」

(Ver.1もあるのかよ!?)

 耐G能力強化ヘルメット。それは、整備班が使用している作業用ヘルメットの上にアクリル製の水槽を取り付け、中に水を入れた上に巨大な金魚

を泳がせたものである。

 黄色いヘルメットには緑色ででかでかと『安全第一』の文字入り。

 後には黒マジックで『整備班 備品』とこれまた大書された代物だ。

 なお、水槽の巨大金魚は元就個人所有のペットである。

 確かに、首の筋肉を鍛えるのに頭上へ不安定なものを乗せる、というのは有効なトレーニング方法ではあるが……。

「こ、こんなアホくさいものをつけろってのか!? 金魚だぞおい、安全第一ってなんだよこれ!? バカじゃねえかまるで……大体、大事なペット

ならこんなことに使うなよ」

 アホくさいを通り越して正気の沙汰ではないトレーニング用品(とも呼びたくなかったが)に言葉もない小十郎の隣で政宗は爆笑したものだ。

「It’s cool! よかったじゃねえかこれで首が鍛えられるぜ」

「アンタ、バカにしてるだろ」

「くっくっく……いや、とんでもない。しっかりな、二人とも」

「はっ」

 ヘルメットを頭にのせ、真面目に肯く(すでに首が動かせないので目礼だったが)小十郎を横目に元親はうんざりした様子で深々と溜息をついた。



 その後、ヘルメットの上に水槽を載せるという珍妙極まる状態のまま学科講習を受け、昼食を取るために基地内の共同食堂へやって来た時、

元親をからかった他の隊の人間と喧嘩になりうっかり水槽の中身を零してしまった。

 中に入っていた金魚は哀れにも床でびちびち跳ね、慌てて拾い上げようとしたところで間の悪いことに食堂へ入ってきた元就。

「……カトリーヌに何をする」

(カトリーヌって誰!? 金魚か? この金魚のことなのかっ!?)

 無表情のまま床で跳ねるカトリーヌ――巨大金魚を掬い上げ、見事な右ストレートを元親の頬にお見舞いした上でそのまま外へ出るように命じた

のであった。

 しかも水槽を支えることができないように、両手を後手に縛った上で。

 そうして、今に至る。

 例によってなぜかとばっちりを喰らっている小十郎が哀れだ。



「おーやってるなー。どうよ、調子は」

 昼食を食べ損ねたせいで空腹と喉の渇きに襲われ始めていた二人に、水筒を二つ持った人影が近づいてきた。

 政宗だ。Tシャツにトレーニングパンツというラフな格好に北国育ち特有の色の薄い肌がやや日焼けの兆候を見せている。

「カトリーヌも元気そうじゃないか」

「もう言うなソレ」

 砂の上で胡坐をかいている元親の前にしゃがみこみ、元気に泳ぎまわる巨大金魚を覗いてポケットから取り出したエサを入れてやるとばしゃりと

跳ねて食べ始める。

「ちょ、動くなよお前っ」

「耐えろ。どんなにアホでも無意味な訓練じゃねーだろ」

「本気で言ってるのかよ」

「……本気じゃないのはテメェじゃねえのか?」

「アァ!? 何だとコラ」

 唐突に低くなった声で、先ほどまでの笑いを含んだ語調を一変させた政宗の言葉にいきりたつ元親をあっさり無視して小十郎の前に移動する。

「喉、渇いてるだろ。水を持ってきてやったぞ」

「ありがとうございます、政宗様」

 やはり元親と同様に水槽の中に固形のエサを投入した後にタブレット状に加工された塩を取り出した。

 炎天下でトレーニングを行う際、水分の補給と共に重要なのが塩分だ。適度に摂取しないでいると体内のイオンバランスが崩れて痙攣を起こして

しまう。

 元就は厳しい訓練を彼らに課していたが、健康を損なうような事は決してさせなかった。

「ほら、飲め」

 元親にも塩タブレットを口の中に放り込んでやり、ストローつきの水筒を顔の位置へ持ってくる。

 最前の言葉に気分を害したままであったが、水分を摂らない訳には行かない。憮然とした顔で水を飲む元親が十分に喉を潤したのを見て、水筒を手放した。

「もう少ししたらメシ食って午後の訓練だ。頑張れよ」

 元親に対するよりも柔らかい口調。この二人は互いにこうであるらしい。長年バディやってると似てくるものなのかと内心首を傾げる彼の目の前で、

「俺の二番機はお前以外いないんだからな」

 水筒の水を口に含んだ政宗は、なんと小十郎にそのまま口付けて水を飲ませたのであった……。

「っブーーーーッッ!!」

 飲み下さず口に残っていた水を全部噴き出して、言葉もなく目をひん剥く元親。

「何やってるんだ。汚ねえな」

 しれっとして飛沫が飛んだのを迷惑そうに咎める政宗を指差したくても両手が拘束されていてできない。

「お、おま、おまえ……っ、今……!!」

「Ah? 水飲ませただけじゃねえか。なんだよ」

 衝撃のあまり尻でいざった元親の頭の上で水槽がちゃぽんと音を立てた。

「……政宗様、こういうことは他人の前では避けていただきたいのですが……」

「ま、まさかおまえr……あwせdrftgyふじこl!?!?!?」

「日本語で喋れ」

 流石に鉄面皮の小十郎もやや顔を赤らめ、ぼそぼそと言葉尻が小さくなる。

 暑いというのにぴったり寄り添った二人を不気味そうに眺めて、舌がもつれた元親は意味不明の叫び声を上げるだけ。

 先ほどまでいたギャラリーが去っていたのが幸いだ。

「おまえら……そういう関係だったのか!?」

「What?」

 頭上の水槽を気にしつつも、気味悪げに二人を見遣る元親の言葉の意味が解らないといった様子で小首を傾げる政宗。

「何言ってるんだ。そういう関係って?」

 冗談やとぼけているのではなく、本気で聞き返しているのは表情から明白だ。

(なんだコイツ。脳味噌沸いてるんじゃね?)

 熱くなりやすいところはあっても基本的に頭は悪くないと政宗を評価していた元親だがたった今それは下方修正された。

「わけわかんない事言ってんなよ。じゃあ俺戻るから」

 それだけ言うと尻に付いた砂を払い、空になった水筒をもって元来た道を引き返していった。細身の後姿を見送って、半眼になった元親はゆっくり

と首をめぐらせて気まずそうに咳払いなどしている小十郎を見遣る。

「アンタのバディ、頭大丈夫か?」

 どう考えても、先程の行為は普通ではない。それに気付いていないどころか当然の如く振舞っているなんて。

「あの方は……外界を知らないのだ」

「は?」

 益々意味のわからない答えに首を傾げようとして、傾いた水の重さで身体ごと横倒しになりそうになる。隣でひとしきりごそごそした元親から目を

逸らしたまま小十郎はぽつぽつ語り始めた。

「生まれたときからパイロットになるべく育てられた。政宗様の家系は代々軍人でな。普通の学校には通わず特別の英才教育を施され……十五歳

で入隊するまで殆ど世間と隔絶されていた」

 だから一般常識とずれた部分があると。

「ふーん……。で、アンタはあいつの何なんだ」

「幼い頃より教育係としてお仕えしている。おまえが聞きたい意味で答えると、否定はできねぇ」

 政宗にとって性別云々というのは関係が無く、そもそも恋愛という概念自体が殆ど無いのだと続けた。

「理解しろとは言わない。黙って流せ」

「はぁ……そういうもんかね……」

「そういうものだ」

 常識的に考えて、二人の関係は恋人同士としかとれないのだが、一般的なそれとは違うのだと断じられて元親はそれ以上突っ込むのをやめた。

(純粋培養のお坊ちゃんで、生まれながらのパイロット、ねぇ……)

 過剰なまでの自信も、確かに優れた腕前も、それなら何となく納得がゆくような気がした。

 ……口移しで水を飲ませることが当然ということは別として。



 午前中を学科講習で過ごし、昼休みを挟んで午後はひたすら走りこみに筋力トレーニング。

 小十郎たちと違い、これといった欠点がなかった政宗は華奢な身体ゆえの体力のなさを補うための訓練を命じられていた。

「真っ先にテメェと戦らせろって話はどうなったんだよ」

 びっしりと書き込まれたトレーニングメニューを手渡され、憮然とした顔で元就を睨みつけたものだ。

「一人で空へ上がることは許可できぬ。これは軍上層部からの通達だ。知っておろう」

「この目の所為でな」

 幼少時に患った病気のために右目を失った政宗がパイロットとして軍に所属する必須条件として、必ずバティを組むか複座の戦闘機に搭乗するこ

とを義務付けられていた。

 普通なら、軍人になることすらできない。隻眼のパイロットなど異例中の異例なのだ。

「わかっているのなら、質問などするな」

「……Yes,sir」

 アホくさいトレーニングを命じられて渋る二人を諌めるなど表面上は落ち着き払っていたが内心は悔しさを抑えかねていた。

 ここでもだ。どこへ行っても自分は一人前の戦闘機乗りとして認めてもらえない。

 軍へ入隊するまでも、それから海軍飛行隊に入るための適性検査を受ける資格を得るまでも、血の滲むような努力を重ねてきた。バディである

小十郎に不満があるわけではなかったが、個人としての能力を無視されるのは、やはり辛い。

「Shit! あの野郎、今に見てろ……絶対にタイマン勝負させてやる……!」

 自分は一人でも飛べるのだ。それだけの力をつけてきた。そのことを思い知らせてやる。

 執念に隻眼をぎらつかせながらひたすら走り続ける新入りの訓練生が放つ鬼気迫る雰囲気に同じくフィールドワークに励んでいた者達は遠巻きに

  眺め、ひそひそと噂しあった。



「ハラ減ったな……」

「勝手に戻るわけにもいかねぇだろ」

 政宗が水を持ってきてから一時間。相変わらず砂浜でちゃぷちゃぷ水が揺れる水槽を頭に乗っけたままの二人は暑さと空腹で眼が虚ろになって

いる。

「首痛ぇー」

「文句が多い奴だな。嫌ならアカデミーを辞めればいいだろうが。そもそもテメェは何のためにここに居るんだ」

 威勢良くスカウトを受けたくせに。

「そりゃそうだけどよ。だが俺たち一応エースじゃねえか。新兵のヒヨッコじゃあるまいに」

「その思い上がりを指摘された事を忘れたか? 上には上がいる。それを理解しない者に向上はありえねぇんだよ」

 『あおあらし』での飛行訓練で会う以前の元親を小十郎は知らなかったが、自らをエースと言うくらいだからそれなりの実績を持っているのは確か

だろう。

 しかし、だからってその地位に胡坐をかいて基礎的な訓練を嫌がるのは彼が最も嫌うところであった。

 双竜と呼ばれるほどになるまでに政宗が重ねてきた努力を知る者として、尚更に。

「あの少佐殿、飛んだところ見たか?」

 暫しの沈黙の後、動かせない頭で上目遣いに空を見上げて呟くような問い。

「……いや」

「奴が本当に凄いパイロットなんだとしたら、俺も納得するんだよ」

 翼を持たぬ者に否定などされたくない。ただ不平を述べているのではないと言う元親にああ成る程と小十郎は得心する。

 彼は本当の意味で打ちのめされたことが無いのだ。おそらくは。

 自分よりも強い者を求めている。

「青いな」

 元親の年代なら実戦経験など無いはずだ。本物の戦場を経験している小十郎には元親の主張があまりに井の中の蛙で可愛らしくさえ思えた。

「上がれるようになったら判るさ」

 諭すような言葉に口を尖らせかけた、その時。

「すぐに判る」

 金網の向こうから突然声がかかった。政宗だ。

「戻れってよ。ついでにいいモン見られるぜ」

 何本も激しい走り込みを繰り返して全身汗まみれなのを首にかけたタオルで拭いながら滑走路の向こうを指差す。

 二人がよろよろ立ち上がりながら首を巡らせると、丁度格納庫からエプロンへ引き出された見慣れぬ戦闘機に一人のパイロットが乗り込むところだ。

「あれは……毛利少佐?」

 フライトスーツに身を包み、ヘルメットを小脇に抱えた人物は紛れも無く毛利少佐だ。

「あの戦闘機……初めて見ますね」

「今度、空軍に配備される新型機だそうだ。ワイヴァーンの後継機らしい」

 三人の視線の先でコックピットを閉じ、滑走路へ向かってタキシングする姿はなるほどワイヴァーンに似たシルエットを持っている。

 空軍のカラーである白に実験機を表す黄色いペイント。ワイヴァーンよりも更に鋭い印象を与えるのは翼の形状が違うからだ。

「前進翼になってるな。ベルクートに似てる。ってことは可変翼じゃないのか」

 ベルクートとは、主翼が前方に向かって張り出すような形になっているロシアの戦闘機である。海軍時代にも同じ開発元のフランカーを愛機として

いた元親はどうやらSuシリーズが好きらしく目を輝かせて見つめている。

「いや、そこはワイヴァーンの後継機だからな。詳しいことは聞いてないが相当な暴れ馬って話だ」

「あの少佐殿が乗りこなせるのかよ」

「なんだ元親、知らなかったのか? 毛利少佐はテストパイロットなんだぜ。飛べるさ」

「何だって!?」

 テストパイロット。実戦には赴かないが新型機の性能を調べるための試験飛行や戦技研究を行うための専属パイロットである。

 戦闘をしないというだけで、むしろ一般のパイロットよりも高い技能と正確な判断力が必要とされる。

「まあ黙って見てろよ」

「……」

 滑走路の端で一旦停止し、ニーリングの姿勢を保ったままエンジンの出力を上げてゆく。食い入るような視線に晒される中、毛利少佐の乗った

新型機は猛然とダッシュした。

 ブレーキが外されるや、弾かれるように凄まじい加速。耳を劈くエンジン音が雷鳴の如く轟き、普通の戦闘機よりも遥かに短い滑走でほぼ直角に

急上昇した。

「すげ……」

 緩ロールをかけながら機体を水平にしたと思うと、おもむろに4ポイントロール。それも、きっちりと測ったかのように正確な。そのまま基地上空を

通り過ぎ、くるりとターンすると大G旋回を始めた。

「径が小さいですね。あれ、下手に出力落とすとスピンしますよ」

「Ah. ありゃ俺でも無理だな」

 とてつもない遠心力がかかるために、旋回径が小さい旋回は高等技だ。ちょっとした操作ミスで機体は制御を失い、そのまま墜落の恐れがある。

 三人が唖然として見つめる中、完璧な操機で旋回から急上昇に移った毛利少佐は高高度から今度はきりもみをかけながらのパワーダイヴ。地面

ギリギリまで降下するとエアブレーキを引き、先日政宗がやったのと全く同じ鋭角ターンをやってのけた。

「!」

 その瞬間、新型機の前進翼が展開し翼が優雅に広がる。その姿はワイヴァーンよりもなお攻撃的なドラゴンさながらだ。  ぽかんと口を開け、

曲技飛行のような飛び方を披露する毛利少佐に見入る元親の背後でざばーっと水音がしたが気付いていない。

 地面に対して逆さまになって飛ぶ背面飛行、普通と逆の姿勢から宙返りするマイナスG旋回と矢継ぎ早に戦闘機動を繰り返し、最後に機体を

垂直に立てたままほぼ静止してみせるという神業まで見せて試験飛行はあっという間に終わった。

「……」

「……」

「……」

 三人とも、あまりの技量に言葉も無い。

 やっと『あおあらし』で彼らを罵倒した毛利少佐の言葉に納得がいった。あの凄まじさでは自分たちの飛び方は実に稚拙に見えたのに違いない。

 危なげの無い姿勢でこれまた完璧に着陸した機体が三人の前を通り過ぎる。その一瞬、コックピットの中から彼らを一瞥するのがはっきりと見えた。

 ヘルメットのせいで表情こそは見えなかったが。

『馬鹿者』

 と、薄い唇が動く。

「あいつ……なんだよあいつ、人間じゃねえ……」

 呆然と呟いた元親を振り返った政宗が「これでわかったろ?」と言おうとして――固まった。

「お、おい。元親……頭……!」

「え?」

「長曾我部少尉、残念だが後でもう一発殴られるな。覚悟しとけ」

「何を……? ……って、ああああああああああああああああ!

 びちびちびちびち。

 自分がしでかした失態に顔から血の気が引いた元親の足元で、巨大金魚が苦しそうに砂の上を跳ね回っていた。

「ぅあああああああああああああっ、カトリーヌうううううううう!!!!」

 そろそろ日が傾きかけた砂浜に、むさ苦しい絶叫が響き渡る。









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久しぶりのエアフォースBASARA、3話目です。
今回は3話というより2.5という感じで、アカデミー導入編。
毛利少佐特製、耐G強化ヘルメットは勿論実在しませんが(笑)伝説のパイロットと呼ばれるロック岩崎氏が
娘さんを頭の上に乗せてトレーニングしたという話から出てきたネタだったりして。
ついに飛んだ毛利少佐、実は凄い人。