最強の名を冠する者よ、驕ることなかれ。









蒼穹へ、鋼鉄の翼を纏いて #2

















 どんな航空機でも同じことだが、離陸よりも着陸の方が難易度が高い。

 ランディング直前の、事故が多発する時間帯のことを「魔の11分」と呼ぶくらいだ。

 まして、滑走路が短い上に狭い空母上ではなおのこと。



 機体トラブルを起こしている元親の機を先に行かせ、空母上空を旋回して順番待ちをしていたD−1こと政宗に管制塔から無線が入った。

『管制塔よりD−1。帰艦後、可及的速やかにブリッジへ出頭せよ』

 不機嫌極まる声音で高圧的に命令するのはオペレーターではなく艦長だ。

「D−1より管制塔。了解した」

 やっぱり来たか。

 ベイルアウトして機体を無駄にすることなく帰ってきたのだからむしろ褒められたいものだが、上の人間としては何がしかの懲戒を加えなけれ

ば収まりがつかないらしい。

 模擬戦闘訓練のデブリーフィングを兼ねて説教、といったところだろう。

『無茶しますねぇ。流石は双竜の片割れ、といったところですか。なんにせよ、無事でよかった』

 今度はべつの周波数帯で、オペレーターが通信を寄越してくる。

「いいモン見れたろ?」

 なかば呆れているオペレーターに、ヘルメットの中でニヤリと笑ってみせる。

『あれ、普通の人間なら死んでますよ。9G上回ったんじゃないですか?』

「Ah. メーター振り切れてたな」

 Gとは、急激な機動をしたときに機体とパイロットにかかる重力のことである。地上に居るときの重力を1Gとする。

 車などに乗っていて、急発進したときに身体が押し付けられる感覚、あれと同じだ。

 負荷が大きければそれだけ危険が増す。9Gは地上の9倍、体重60キロの男性ならば540キロもの重さがのしかかる計算だ。

 一般人では5G程度が意識を保てる限界と言われている。

 いくら専門の訓練を受けたパイロットとはいえ、高いGには機体共々耐えられないのだ。

『こっちの心臓ももちません』

「Ha! このD−1のオペレーターを務める割には肝の小さいことだな。大体、今回のことはあの長曾我部とか言う奴が悪いんじゃないか。

俺は避けただけだ」

『そりゃあ、そうですけど』

 それにしたって、避け方が尋常ではないのだ。

『……あ、着艦許可が下りました』

「OK. 了解した。これより着艦する」

 誘導灯のともる滑走路を眼下に、着陸態勢に入るべく機体の姿勢を変えたD−1であったが、空軍からの視察が来ているというブリッジを一

瞥して悪戯めいた笑みを口許に刻んだ。



 高度を落とし、スピードを緩めてランディングギアを下ろしたワイヴァーンが突如機体を捻った。

「何だ……?」

 機体に異常が出たのだろうか。何事かと窓辺に駆け寄った乗組員達をキャノピー越しに睥睨したD−1はやおら速度を上げ、ブリッジのすぐ

脇を翼が触れるかという近さでフライパス。

「!!!」

 轟音、そして激しい振動。紙カップに入ったコーヒーを持っていた艦長は思わずそれを取り落として白い制服に茶色い染みが飛んだ。

『Hey, 空軍のお偉いさんよ! これが海軍飛行隊式の挨拶だ。Welcome to『あおあらし』ってな』

 あわや衝突寸前。目の前を巨大な機影がよぎったブリッジ内にどよめきがおこる中、無線機から政宗の快活な笑い声が響いた。

「あンの、バカ者が!! 何が海軍飛行隊式の挨拶だ、貴様は営倉行きだーーーッ!!」

 周りの乗務員達に抑えられながら、艦長が顔を真っ赤にして怒鳴る。



 そんなブリッジの騒ぎも尻目に、さっさと旋回して着艦軌道に入ったD−1は今度は慎重に出力を落としてゆく。

 急激にスピードを緩めれば失速して墜落だ。かといって、あまりに速度の出ている状態では着艦できない。

 ランディングギアと共にアレスティングフック(滑走路上に張られたワイヤーに引っ掛けて機体を強制的に止める装置)を下ろし、タイミングを

計る。

 最強と謳われ、奔放な飛び方を自覚する政宗といえども、この瞬間だけは真剣だ。

 灰色の滑走路が近づく。海上の風向き、風力共に良好。進路上に障害物、なし。

 着陸の寸前、ほんの少しだけ機首を上げて速度を殺す。

 僅かな衝撃と共に接地。すぐさまブレーキを引き、制動をかける。

 ガチン!

 アレスティングフックがワイヤーに引っかかり、物凄い力で後ろへ引っ張られる感覚が襲う。

「D−1より管制塔。只今帰艦した」

『管制塔よりD−1。確認した。……お帰りなさい。いつもながら綺麗な着艦ですね、お見事です』

 完全に停止した機体からフックを回収し、格納庫へのエレベーターへ甲板員の誘導に従って車輪を使って移動――タキシングする。

「派手にやりやがったな、小僧。あんな無理な機動をして。整備するわしらの身にもなってくれよ」

 タラップを下ろし、ヘルメットを脱ぎながら降り立った政宗にオレンジ色のつなぎを着た整備長が不機嫌そうな顔を作って唸った。

 だが、その目は楽しげに笑っている。

 日々整備を行っている最新鋭戦闘機だが、これを乗りこなすパイロットの類稀な操縦能力がなければただの高価な鉄の塊りなのだ。

「それが整備員の仕事だろうが。そうだ整備長、直進しようとすると若干スターボード(右舷)側にブレるんだ。ちょっと見ておいてくれないか」

「離陸したときからか?」

「あぁ。エンジンなのか尾翼なのかは判らねぇが……」

 フライトスーツの襟元を緩め、髪をかきあげると歳若い青年の顔が現れた。

 茶色がかる髪はあまり手入れされていないのか潮に焼けてぱさついているが、その下の相貌は男にしてはかなり整っている。

 そして、右目を覆った黒い眼帯。

 海軍飛行隊だけでなく、軍内にその名を知られた『独眼竜』の所以である。

「わかった。……そういえば、艦長から出頭するように言われているんじゃないのか? 早く行った方がいいぞ」

「政宗様!!」

 整備長が言い終えるのと同時に、大音声で名前を呼びつつフライトスーツを纏った男が格納庫に駆け込んできた。

「お迎えが来たようだな」

 勢い良く駆け寄る大きな人影に苦笑した整備長は「ほら行って来い」と政宗の背中を叩いた。

「おぅ、小十郎」

「おう、ではありません! またあんな無茶を……この小十郎、寿命が縮むかと思いましたぞ」

 少尉の階級章が縫い付けられたフライトスーツ。『竜の右目』とあだ名される敏腕パイロット、D−2こと片倉少尉だ。

 階級は同じなのだが、入隊前から二人の間には何がしかの関係があるらしく政宗を様付けで呼んでいる。

「艦長から出頭命令が出ている。行くぞ」

 そう言うと、ヘルメットとハーネスを鬱陶しそうに格納庫入り口脇のロッカーに放り込んだ。



 こつ、こつ、こつ、こつ。

 呼び出された当事者達――伊達少尉、片倉少尉、長曾我部少尉の三人だ――の前を仏頂面で腕組みした艦長が足音も高く歩く。

 窓際には、興味なさげにそれを眺める毛利少佐の姿があった。

 真面目くさって直立する政宗は噴出したいのを堪えている。

「フライトレコーダーの記録によれば、長曾我部少尉、貴様の機体が電子系統の故障を起こして兵装管理システムが暴走したとあるが」

「はい、艦長殿の仰るとおりであります」

 こちらも真面目そのものの態度で頷いた元親。事実に相違ないのだから、そう応えるほかないのだが。

「……で、伊達少尉はミサイルを避ける為に戦闘機動を行ったと」

「Yes,sir」

 また何か言い出すのではないかと心配げな視線を寄越してくる小十郎を尻目に、さらに言葉を続ける。

「彼我の距離が近かったため、打ち落とすのは危険であります。海中に落として爆発させるのが適当であると判断し、そのようにしました」

「一歩間違えば墜落事故を起こすとは考えなかったのか」

 あれが普通の戦闘機だったら。凡庸な能力しか持たぬパイロットであったなら。間違いなく、訓練中の惨事として夕刊の一面を飾っただろう。

 低空で急降下をしてミサイルを避けるだなんて。あんな状態からほぼ鋭角に機動を変えられる戦闘機はワイヴァーンをおいて他にない。

 そして、そんな操縦が出来るパイロットもまた。

「ベイルアウトして機体を損壊することで軍へ損害を与えることを自分は回避しました」

 それが解っていて、あえて危険を冒したのだと言ってのけた。

 自信に満ちた不遜な発言だが、筋が通っているだけに艦長はそれ以上言及できず臍をかんだ。

「では、質問を変える。伊達少尉、先程の着艦時のアレは何だ。意図的にわれらを危険に曝したことは軍紀違反。相応の懲罰があることは覚

悟しておけ」

「危険?」

 ほら来た。本題はそこであるらしい艦長のしかめつらしい顔を隻眼で見返し、さも心外であるとばかりに訊き返す。

「艦長、あれはデモンストレーションであります。そこの」

 と、いつの間にか艦長の隣に立っている毛利少佐を指す。

「空軍からの視察の方へ、わが海軍飛行隊の実力を見ていただいたまでのこと」

 確かに、あのようなフライパスを行うには正確無比な操縦技術が必須なわけだが……。

「そのようなことは命じておらん!」

 ついに堪忍袋の緒が切れた艦長が怒鳴った。怒髪天を衝く勢いで放たれた怒号は鼓膜をビリビリと震わせそうなほどだ。

 あちゃー、怒らせちゃったよ。

 そう言いたげな元親が誰にもばれないように肩をすくめた。独眼竜と呼ばれた男は随分な暴れん坊であるらしい。

「艦長、そろそろこちらの用事に移りたいのだが」

 そのまま、軍法会議だと叫びだしそうな艦長の沸騰した感情に冷水を浴びせるがごとき冷たい声が口を挟んできた。

「あ……そうでしたな。失礼した。……貴様ら、追って処分を通達する。それまで自室に謹慎だ。わかったな!」

 事故の当事者である政宗と元親はともかく、いいとばっちりを喰らう形になってしまった小十郎が哀れである。

 関係ないのに、と政宗を挟んだ反対側に立つ小十郎をちらっと見遣った元親は、平然とその言葉を受け入れて敬礼しているのに軽い驚きを

隠せなかった。

 隊長の罪は部下の罪ってか?

「空軍参謀本部からいらした、毛利少佐殿だ。先程の模擬戦闘訓練を見て貴様らと直接会いたいと仰った。失礼のないようにしろ」

「……休んでよし。艦長から紹介があったが、我は空軍参謀本部所属、毛利だ。まずは貴様らの名前から訊こう」

 濃紺の軍服を身に付け、軍人というにはやや長めの髪を揺らした毛利少佐は怜悧な双眸で三人を順に眺めると見た目のとおりの冷たい声

で名を訊いて来た。

「海軍第三艦隊『あおあらし』付第一飛行隊、伊達政宗」

「同じく、片倉小十郎です」

「第二飛行隊所属、長曾我部元親であります」

 それぞれ敬礼をし、名を名乗る。

「三人とも、階級は少尉だな」

「そうであります、少佐殿」

 そこまで訊くと、なにやら思案顔で目を伏せた。暫く沈黙が続き、何の為に呼んだのかと三人が不審に思い始めたとき、毛利少佐は細い目

を見開いた。

「年齢はいくつだ」

「伊達少尉は19歳、自分は29歳であります」

 飛行訓練の話と何の関係があるのかと眉根を寄せた政宗の代わりに小十郎が答えた。

「長曾我部少尉、貴様は」

「……21ですが」

「ふむ……使えるか」

 再び何かを考えるように黙り込んだ。

「少佐殿、質問してもよろしいでしょうか」

「何だ」

 ついに堪えきれなくなったのか、迂遠なことを嫌う政宗は口を開いた。

「飛行訓練についてお話をなさるものと思っていましたが……」

「訊かずとも判るわ。技能ばかりが優れ、思慮の足りぬ愚か者め」

「!」

 辛辣なひと言を浴びせられ、鼻白んだ政宗を一顧だにせず小十郎に向き直り、

「機を読む目は確かだが、少々思い切りが足りぬ」

さらに、元親にはいっそうきつい視線で言い切る。

「飛び方が感情的に過ぎる。自分は強いと思っているようだが、思い上がりもいいところだ」

 何の話かと思いきや、単に罵倒するために呼んだというのか!?

 表向き平静を装いつつも、内心ふつふつと湧き上がる怒りを抑えている三人に毛利少佐は相変わらずの無表情で本題を持ち出した。

「だが、全員鍛え方しだいで不世出のパイロットとなろう。……どうだ、空軍のアカデミーに入らぬか」

「んなっ!? も、毛利少佐!」

 突然のスカウト宣言に、慌てたのは艦長だ。そのような打診は受けていない。

「すべては貴様ら次第だ。我は、所属・階級を問わず優れた素質を持った者に声をかけている。真に最強のパイロットを育てるために」

(……『トップガン計画』だな。話には聞いていたが、本当にあったのか)

 遠い昔の映画の名を冠したそのプロジェクトは、日本が軍制を復活させたことにより緊張が高まる国際情勢を踏まえ、いまだ戦争において要

といえる空戦の技術向上を狙って立ち上げられたものだ。

 だが、人材不足と予算の関係上、立案段階で破棄されたという話であったはずだ。

「いちど人の飛び方を批判しておいて、『素質があるから来い』とはな。テメェはどれだけの実力を持ってるんだ? まさか飛んだことありません

なんて言うなよ」

 空軍所属とはいえ、全員がパイロットであるわけは勿論ない。

 だが、飛行訓練について訊かずとも判ると言い切り、しかも自分たちの欠点をあげつらったからにはそれなりの実力を持っていなければ納得

できなかった。

 上官に対する慇懃な言葉遣いをやめ、普段の口調に戻った政宗が挑発するように問いかける。

「埒もなきこと。我の実力の程を知れば求めに応じよう……と?」

 言葉遣いを変えた政宗に別段怒るでもなく、鼻を鳴らした毛利少佐に真っ先に返事をしたのは元親だ。

「面白いじゃねえか。いいぜ、俺は乗った。細かいことは上の人間と交渉しな」

 不敵な笑みで承諾した元親だったが、その目の奥は決して笑っていない。ヘタレだったらいつでも容赦なく事故に見せかけて撃ち落してや

る。そんな気概が覗き見えるような獰猛な笑みであった。

「……政宗様、いかがなさいますか」

 小十郎はあくまでも政宗の判断に委ねるつもりだ。

「答えよ、伊達少尉」

 三人の視線を浴び、暫く逡巡する。

 双竜と呼ばれる自分たちはすでに海軍最強のパイロットだ。それはもう揺るぎないもので、戦闘訓練も連戦連勝だ。

 だが、このままでは井戸の中の蛙なのかもしれない。

 もっと、強くなりたい。もし、外国との戦争が始まったとしても誰にも負けないほどに。

 毛利少佐の言い方は気に入らないが、他の部隊から強い人間を集めているとなればこれはいい機会だ。

 口を挟む機を逸して歯軋りする艦長をちらりと一瞥した政宗は、元親以上に凄絶な笑みを浮かべ、頷いて見せた。

「OK. その誘い、受けてやろうじゃないか」

「そうか、物分りが良くて助かる」

「だが一つ、条件がある」

 この期に及んでも眉一つ動かさない毛利少佐にびし、と指を突きつけ政宗は高々と言い放った。



「アカデミーに入ったら、真っ先にテメェと戦らせろ」









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続くようで続かないようなエアフォースBASARA(笑) 二話目です。
元就様って書きづらい……。いちおう、ナリダテ目指してるんですが。
やっぱり萌えなんて微塵もない男くささで次回も多分続きます。