「今日さぁ、梵と綱ってやけに仲良くない?」
おせちの残りをつまみながらぼやいた成実の言葉に、小十郎は大きく動揺した。
恋するやくざ・番外編
「・・・前と変わらないだろうが」
動揺をひた隠しにして湯飲みを手にするが、淹れたばかりの煎茶は流石に熱い。舌を焼けどして悶絶する男に水を出してやりながら、
伊達巻の最後の一つをもそもそやっていた成実がうーん、と首を傾げる。
「や、そうなんだけどさぁ。なんていうのかな、空気が違うんだよね、空気が。こう、微かにピンク色っつーか恋人っぽい雰囲気っつーか・・・」
「・・・」
一応、伊達組のアイドルこと政宗の恋人は、若頭の片倉小十郎である。
組長である輝宗が物凄く機嫌を損ね、それでも『お許し』を貰っているから、公認だろう。
しかし。
「今朝も二人で台所に立ってたっしょ?なんか和菓子作って」
「・・・それがどうした」
「おかしくない?和食なら大体こじゅの出番じゃん。何で究極派の綱なのさ」
「・・・」
確かに、実は少し引っかかっていた所だった。
昨夜男三人でごろごろしていた所に、政宗が入ってきた。それはいつも通りだ。
成実以外は姿勢を正す中、政宗は小十郎を何か物言いたげに見つめた後、さっと綱元の方へと向いてしまった。
何事か耳打ちして二人で笑っていた、その会話の内容が気にならなかったと言えば嘘だ。
政宗が去った後、成実と二人でそれとなく訊ねてみたものの、いつものあの平坦な声で『政宗様に口止めされている』と素気無くあしら
われてしまっただけだった。
翌朝、つまり今日も二人はこそこそと何か作業をしており、その様子はとても・・・とても楽しげだった。
小十郎がキッチンに入ると途端政宗はそっぽを向くし、綱元ですら退出を命じてくる。
つまみ食い常習犯の成実もその光景を目にしていたのだろう。確かに、つい三日前まで何事も無く小十郎とおせち作りをしていた筈の
政宗はどこか様子がおかしい。
「おかしいよね?」
「・・・女は気まぐれだろう」
咳払いをして庭を向く小十郎だが、成実は話を打ち切ろうとしなかった。
「あ、余裕ぶってらー。・・・知らないよ?梵に捨てられちゃっても」
「!!!」
大きく咳き込んだ小十郎を捨て置き、成実の箸は次に黒豆に狙いを定めたらしい。品良く盛られた正月の料理は次々と育ち盛りの腹に
収まっていく。
箸と口を動かしつつ、茶を一口含んだところで高校生がにま、と意地の悪い笑みを浮かべた。
「だって梵の初恋って、綱だもんね」
「!?!?!?」
小十郎の手にしていた湯のみが、大きく弾け飛んだ。
慌てて破片を拾う男を生ぬるい笑みで見守り、成実はいそいそと新しい湯のみを用意した。
あらかたの破片を拾い集めた小十郎が幽鬼の様にこちらを振り返ったのを見計らい、新品の湯のみにとぽとぽと代わりの茶が注がれていく。
「知らなかったんだ?」
「・・・・・・・・」
「聞きたい?」
最近成実は綱元に似てきたんじゃないだろうか。
胃痛の原因が増える事を懸念しつつ、小十郎の懐から財布が取り出された。
「千円でいいよ」
「黙ってろ!」
テーブルに叩きつける様に置かれた一万円札に、成実がピュウと口笛を吹いた。
「初恋っつっても、そんな大したもんじゃないけどねー。小学生ぐらいの頃だよ」
ちょうど友達の間でも、おませな話題がのぼる頃だ。男より女は早熟というが、確かに○○君かっこいい、などといった話題はごく普通
だろう。
そしてそんな女子の話を馬鹿にしつつも、男子はそれに耳を大きくしていた。今思い返せば、何とも微笑ましい光景ではないか。
当時から政宗は顔立ちが整っていたし、男子の間でも密かに人気があった。学年が一つ違っても、その名前が話題に出るのだから相当
なものだ。
『○年の伊達さんは好きな人がいる』との話は校内、特に高学年まで大きく関心を寄せられたらしい。
だがその対象が誰なのかは誰も知らなかった。成実もよく『従弟なんだから聞きだしてこい』と駆り出されたりしたが、口が堅い彼女は
恋愛対象となるべき男の名を言おうとしなかった。
手を繋ぎランドセルを並べて帰る道で、成実はこっそり本心で訊ねた事があった。
「ぼんは誰がスキなんだ?」
「・・・じゃあ、しげ」
そう言って頭を撫でる、見事なまでの弟扱いに半分は拗ねた。
だが半分は嬉しかったので、話題はそこで一旦終わってしまった。
「けど、屋敷に戻って、お帰りなさいの言葉が並ぶ中で梵の様子が変だったんだよね」
「変?」
すっかり真剣に話を聞き入っている小十郎に、成実は内心腹を抱えて笑っていた。
「―――あの時からもう叔父さんの補佐してた綱がさ、ちょうど出てきた時。真っ白い梵の顔がちょっと赤くて、んでオレもあー、って気付い
たわけよ。後で聞いてみたら真っ赤になって頷くし」
可愛かったなー梵、と机に突っ伏す成実とは対照的に、小十郎の顔は僅かばかり青ざめて見えた。
「綱のどこが好き?って聞いたら、『ふつうなところ』って言うから最初はビビったけどね」
確かに、伊達組は国内でも三本指に入るほどの巨大な組織である。そんなやくざものが集まる組の長の一人娘は、『ふつうじゃない』環境に
いると見ていい。
しかし綱元を『ふつう』と言う彼女も中々凄い性格の持ち主だ。
何せ、綱元である。
組内でも宇宙人ではないかとの噂が飛び交う程、常人とは違うチャンネルを持つ男だ。
「・・・あいつのどこが普通なんだ」
「いや、それは当時のオレもすっごい疑問だったけど。梵にとっては普通だったんでしょ。不思議な事に」
真剣に考え込む小十郎に、それだけは賛同する成実であった。
「・・・ま、そういうわけで梵の初恋は綱なの。ゆーしー?」
「・・・I see,」
「しっかし、今になって綱が梵に向いたとしたら、やばいよねぇ?」
「・・・何が」
すっかり余裕を失くしている男は、肩を落として畳の目を眺めている。
「いや、綱って顔はいいじゃん。四十路近い割に、まだまだ二十代で通用しそうなぐらい若いし」
宇宙人呼ばわりの一因でもある程、綱元には老いというものが存在しない。
もし小十郎が綱元と竹馬の友でなくば、彼の幼少の頃とて謎に包まれていたままだっただろう。
―――ちなみに幼少期から無表情であった事は証言済みである。
「梵と並んでも美男美女でいいカップルじゃん?見た目」
「!!!」
成実の言葉は、小十郎のコンプレックスのど真ん中を貫いていた。
老け顔でどうみても堅気に見えない小十郎と、黙っていれば端整な顔立ちの綱元とでは軍配は明らかだ。
女子高生と並んでいても、綱元は歳の差はあれど清いお付き合い、に見える。
小十郎は確実に援交扱いだ。
「おまけに何でか梵は綱の考えてる事判るし」
「・・・」
そう。伊達組内で唯一綱元の思考が理解できるのは、政宗だけなのである。
綱元が何か考えていたとしても、何故か政宗にはその内容が判るらしい。
理由を訊ねても、政宗曰く『綱元の考えている事は判り易い』らしい。その辺りが既に他者の入れない領域だ。
「お互いが理解できて、見た目は問題なくて。・・・やばくない?こじゅ。・・・・・・・・・・・・・・・・・こじゅ?」
成実の呼びかけに、小十郎は応えなかった。
いや、応えられなかったと言うべきだろうか。
何故なら、彼は真っ白な灰と化していたのだ。
* * *
聞き込みをしてみれば、確かに昨日から政宗の様子はおかしかった。
廊下の掃除をしていた若衆の一人曰く、『二人で手を繋いで外に出た所を見た』とか。
曰く『台所で仲睦まじく料理の下ごしらえをしていた』とか。
曰く『食べさせっこをしていた』とか。
聞けば聞くほど、小十郎の余裕、という文字に亀裂が入っていった。
証言を集めていた成実ですら、そろそろ気の毒になってきた程だ。
「・・・」
暗雲を背負った小十郎は首でも吊りかねない様子で、成実は慌てて彼を引っ張りその場を離れた。
「こじゅ、大丈夫だって。梵はこじゅ大好きだから!な、部屋行こ部屋!」
こういう時は、手っ取り早く本人に聞けば良いと思ったのだ。
しかし。
「梵、ちょっと用が、―――――」
純和風屋敷内で一つだけ洋室の、従姉の部屋に訪れて成実は固まった。
ノックの後に声がしたので、入って問題はないと思ったのだ。
そして政宗はソファーに座って従弟を出迎えてくれた。いつも通りだ。
しかし、目の前に広がるのはいつも通りではない光景だった。
何故なら、政宗の膝の上には綱元が頭を預けていたからだ。
俗に言う、『膝枕で耳掃除』の構図である。
「ぼ、」
「?どうかしたか?」
固まる成実を余所に、政宗は不思議そうな顔をしながら耳かきを持つ手を動かしていた。
「政宗様、もう少し左をお願いいたします」
「All right,・・・ここか?」
「はい。・・・で、何用だ?二人揃って」
綱元の言葉に、我に返った成実は慌てて後ろを振り返った。
今までの証言の後にこれを見て、小十郎がダメージを受けない筈がない。見せない方が良いだろうと思ったものの――――時既に遅し。
伊達組の鬼片倉と呼ばれた男は、埴輪の様に固まっていた。
「っこ、こじゅ?!しっかりしろ、こじゅ!!傷は浅いぞー!!!!」
成実にゆすぶられ、小十郎はその揺れ通りに巨体を揺らして水平に倒れた。
ちなみに、政宗の部屋は階段を上がった位置にある。
お約束とでも言う様に、鬼片倉は階段を滑り落ちていった。・・・頭から。
「わあああ、こじゅーーーーーー!!!!;」
「なっ、え、え!?;」
いきなりドアの端から、物凄い音と共に消えた小十郎に政宗が狼狽する。
「政宗様、どうぞ」
いきなりの事に混乱する女子高生の膝から起き上がり、耳かきを受け取った綱元が冷静に廊下を指す。
促されて部屋を出て行った政宗が消え、部屋には綱元だけが残った。
女の子らしい調度品と、廊下の騒ぎを何度か振り返り、伊達組の宇宙人はニヤリと唇の端を吊り上げた。
* * *
小十郎の武骨な手は、女子高生のまっさらな手に握られていた。
頭一つ以上違う身長と、それに見合ったコンパスは小十郎よりも歩みが遅い。合わせて歩くのにも漸く慣れた頃だ。
彼女がいつの間にか自分を見上げているのに気付き、何となくつられて笑んだ。
「どうかなさいましたか?」
「ah,小十郎に言いたいことがあったんだ」
はにかみながら下を向く政宗の顔は僅かに赤く、小十郎の琴線を物凄く刺激していた。
「何でしょうか」
「・・・小十郎、今までありがとうな」
「は」
「俺、綱元と結婚するわ」
綺麗に笑う政宗の顔は幸せそうで、普段ならばつい見惚れてしまうだろうが、それより彼女が告げた言葉に固まる。
突然の言葉に思考を停止させた小十郎が再起動する前に、政宗は繋いでいた手を離していた。
「そういう事だ。悪いな、小十郎」
「綱元」
いつの間にか現れた綱元に、政宗が駆け寄る。
並べばまるで少女漫画の様に揃った美男美女の姿に、何処からかスポットライトが当たった。
そして真っ白なウェディングドレスの政宗と、紋付袴の綱元。
輝宗や成実、他組の若衆たちに祝福され二人は遠ざかっていく。
「ま、政宗様――――――――!!!」
追いかけようとするが、小十郎の足は動かない。
一団と小十郎を大きく隔てる様にして地面に亀裂が入り、自分は奈落の底へと落ちて行き――――
「――――――っ!!!」
妙にリアルな浮遊感から解放され、小十郎は漸く目を覚ました。
後頭部が痛むのは、多分階段から落ちた時のものだろう。冷や汗がだらだらと背中を伝い落ちていく。
階段から落ちた・・・そう、自分は政宗の部屋に行き、そして・・・
「起きたか?」
己を覗き込む白い貌に、小十郎の心臓が一瞬停止した。
「ま、政宗さま・・・」
「新年早々、そそっかしいな」
適度な柔らかさを持つ枕は、政宗の膝だった。自分の状況を理解した強面の顔が、一気に茹蛸と化す。
「覚えてるか?階段から落ちて頭打って、気絶してたんだぜ」
「・・・醜態をお見せしました」
慌てて起き上がろうとする小十郎だが、政宗に片手で制され、頭を戻される。
狼狽する小十郎の視界から政宗の指の間ごしに、彼女の部屋に戻されているらしい事が判明した。
ローテーブルに置かれた菓子皿から花びら餅を取り上げつつ、窓際に立っていた三傑最年長がこちらを向く。
「起きたのか」
「・・・綱元」
「ん?」
いつもの無表情に餅を食す姿は少しばかり滑稽だが、それに笑うものは誰もいなかった。
成実は食べるのに夢中だし、政宗は小十郎の髪を撫でている。
もぐもぐと咀嚼する綱元を、稲妻傷を持った男がギロリと睨み上げた。
「政宗様を泣かせたら、ただじゃおかねぇ・・・胆に命じておきやがれ・・・ッ」
涙腺が緩んでいるのだろう、小十郎の目には既に涙が浮かんでいた。
「・・・何やら物凄く面白い勘違いをしている様だな。結構」
「・・・大した妄想力だよな、二人とも」
眼帯の紐をいじくりつつ、政宗がをそれぞれ見渡して溜息をつく。
純粋な眼差しに居た堪れなくなった成実はちろりと小十郎を盗み見、それから下を向いた。
「・・・・ごめんこじゅ。早とちりだった」
「何・・・?」
柔らかすぎる枕に狼狽しつつ、小十郎が成実を見上げる。
だが小十郎の疑念は政宗によって晴らされた。
「あのな。・・・昨日からこそこそしてたのは、小十郎に内緒でコレ作ってたんだよ」
湯呑みと共に、小十郎の手に和菓子の小皿が寄越された。
甘く煮た牛蒡と味噌餡を挟んだ、薄桃色の菓子。正月名物の花びら餅は、店で売られているものと遜色無い出来だ。
そういえば、年末に牛蒡を幾つか分けて欲しいと頼まれていた。
「・・・・・花びら餅、ですか?」
思わず受け取った小十郎の向かいでは、早くも三つ目に手を伸ばしている成実がいる。
「台所に入れてくんなかったのは、俺がつまみ食いする所為。こじゅが入れなかったのは、こじゅに内緒にしてたから。だってさ」
「手を繋ぐ程度、成実とてやるだろう。全く、その程度でざわつかれるとは・・・政宗様はまさにアイドルだな」
言われてみれば納得する全ての事に、小十郎はただ頷くしかなかった。
自分が政宗を疑ったという事は紛れも無い事実であり、その無礼さ故にそうするしかなかったのだ。
綱元は無言で茶を啜っている。
「初めて作る菓子だったから、美味く作ってびっくりさせたかったんだよ。――――材料が少なかったからつまみ食いされるとやばいし、何を
作っても褒め言葉しか出ないんじゃ意味ねぇし」
被告人二名が顔を見合わせる。
「・・・綱元はちゃんと美味い不味いハッキリ言ってくれるから、指南役に欲しかったんだよ」
拗ねた様に唇を尖らせていた政宗が、やけ食いとばかりに自分の分を食べ始めた。
政宗は凝り性だが、綱元はそれに輪をかけて究極志向である。
一度始めたら遊び事だろうと絶対に手を抜かない政宗が、指南役に綱元を選んだのは間違いないだろう。
つまり、成実も小十郎も『ちゃんとした試食役』にするには私情が入りすぎている。そういう事だ。
「それをまぁ見事に勘違いしたわけだな」
この場で一人、物凄く楽しそうに綱元が笑っていた。いや口元は確かに笑んでいたが、目だけは笑っていない為やけに恐ろしい。
成実と小十郎はただ萎縮するしかなかった。
「・・・でもさ、そういう勘繰りされる様に振舞ってたのも悪くない?」
四つ目に手を伸ばした所を政宗に叱られ、成実が益々むくれた。
「普段は綱だって手ぇ繋がないし、膝枕とかもしないじゃん!急にそんなん見せつけられたら、そりゃ変な考えだってするよ」
成実の意見は最もである。
だがその糾弾に、今度は政宗がそっぽを向いた。応えたのは、綱元である。
「まぁ、そうさせたのは私だがな」
「ほら!ほら!・・・で、何で?」
完璧に面白がっている成実に賛同する様に、小十郎の視線が綱元に向く。
だが綱元は理由を明かそうとしなかった。軽く肩を竦め、おもむろに席を立っただけだった。
「その理由は政宗様から聞くといい。成実、お前には私から話してやるが席を外すのが条件だ」
「ちぇ・・・・・・・・・んじゃま、そーいう事みたいだから」
綱元に促され、成実もまた席を立つ。
残されたのは、小十郎と彼の頭を預かっている政宗だけだ。
「・・・」
「・・・」
小十郎の視界には、耳まで赤くした政宗だけがいる。
暫し気まずい沈黙を味わっていたものの、行動は小十郎の方から起こされた。
政宗の膝から退き、強面が政宗の隣へと膝を変えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・政宗様」
「・・・」
「・・・仰って、頂けますでしょうか」
二人掛けのソファーといえど、小十郎の体格では聊か窮屈である。
小十郎の真っ直ぐな視線に、政宗はそっぽを向いたまま告白した。
「・・・その」
「その、の続きを・・・・・・お願いいたします」
「・・・・・・・その、綱元が」
「・・・」
「・・・・『少しは小十郎に嫉妬させた方が、進展があるのでは?』とかって言うから・・・・」
「!!!」
小十郎が綱元に殺意を覚えるのは、これが最初ではない。そう、最初ではないのだ。
だがここまで良い様に踊らされていたのかと思えば無理もない。全ては綱元の計算通りだった。
綱元に嫉妬し、焦燥感を煽られ、―――――結果、一瞬とはいえ政宗を諦めかけた。
綱元含め、そんな自分も殺したくなっていた。・・・諦めるつもりなど、無い癖に。
頭を抱える小十郎に、政宗がおずおずとそちらを向く。
「・・・・あの、よ」
「・・・・」
「嫉妬、した?」
僅かに、喜色が滲んだ声だった。
小十郎がいっぱいいっぱいでコンプレックス過多なのと同じく、政宗もいっぱいいっぱいで劣等感の固まりだ。
互いに互いが相応しくないのでは、と思い後ずさりし合っていた。結果、進展などたかが知れている。
そんな状況下に投じられた、綱元の『一石』。
嫉妬される程には、愛されていると思ってもいいのだという、自信。それに政宗が喜ばない筈が無かった。
小十郎は、大きな―――――とても大きな溜息をついた。
全くこの強面も、一人の女子高生に掛かっては単なるヘタレ男でしかない。
というより、この組内で政宗に対し冷静なのは綱元だけである。恐ろしいことに。それをまざまざと見せ付けられた自分は、完璧に負けだ。
『まだまだだな』と、あの無表情の揶揄が脳内に聞こえていた。
「・・・しました」
「・・・そっか」
少し行儀悪く、膝を寄せて政宗が微笑う。
食べないのか?と手の中の小皿を示され、小十郎は頭を下げて菓子を口に運んだ。
自分に内緒にしてまで作り上げた政宗の『作品』は、流石に究極志向の男の指南なだけあって、店で売られているものと比べても勝る
とも劣らない出来だった。
「・・・」
不安げに己を見上げる視線に、小十郎は強面に出来る限りの笑顔を浮かべた。
「大変、美味しゅう御座います――――」
嫉妬した分と同じ量の、安堵の味だった。
些細な変化に不安になってしまうぐらいに、小十郎は目の前の少女に夢中なのである。
しかし。
「・・・・政宗様」
「What?」
思いがけない二人きり、を意識してか、政宗の動きはぎこちない。
そんな初々しい彼女の態度に内心身悶えつつ、小十郎はもう一つ聞かねばならない事を思い出した。
「・・・その、大変申し上げにくいのですが」
「?」
きょとんと見上げる政宗の、やや吊り上り気味の独つ眼には己の傷つきの強面が写っている。
純粋な瞳に、益々言い淀むが意を決して小十郎の口が開いた。
「・・・・政宗様の初恋が綱元と言うのは、・・・・誠でしょうか」
「!!!!!」
「!?!?!?」
ぼっ、と音を立てて政宗の顔が赤くなった。
判り易すぎる変化に、小十郎もまた動揺を隠し切れなかったのであった。
「・・・綱ホンット性格悪いよね」
余った牛蒡をつまみ食いしつつ、成実が後ろを向く。
恍惚とした表情で煙草を吸っている綱元は、この上なく上機嫌であった。
「馬鹿め、あれでぐらつく程度なのが悪い・・・・いや、遊び易くて何よりだが」
また一騒動起きる事を予見しているのだろうか、彼は近年稀に見る程機嫌が良かった。
****************************************************************終*******************
花びら餅に牛蒡が挟んであったので思いついたネタ☆
あれ、でも最初の予定と随分違う様な・・・
政宗にとって綱元が『普通』な理由はお分かり頂けましたでしょうか?
「虎威張る。」のとらじ。様より
ありがとうございましたvvv お年玉代わりに頂いたこのSSに激しく萌えた末、サイトに載せても
構わないとのお許しを頂いたので掲載しました。サイトで連載している本編も超オススメ!
とらじ。様のサイトは事情によりリンクをはることが出来ませんので、お名前のみにて失礼。