星月夜
















 ぬばたま色した宵闇の底。重さを持って溜まりを成すほど香るは梔子の花。

 庭先へ目を移せば、五色糸の祈り飾り。

 その先に、茫漠と広がる満天の星空。月は上弦。

 燭台の灯りを落とした。

 傾き加減の月が沈む頃には、天の川がその姿を見せるはず。



 天下取りに向けて、ひたすら戦い続ける日々の中でも彼の主は領民への心遣いを決して忘れなかった。

 元々冷害や干ばつに悩まされ、飢饉が多い土地柄だ。そこへ、農民でもある兵士たちを動員して国外で戦をすれば、口働きと言えば聞

こえはいいが結局は働き手がいなければ生産量も減るわけで領民たちの生活は窮してしまう。

 ゆえに古来より七月七日には天災を祓うための祭が行われてきたのだが。

「どうせやるなら、派手にやろうぜ!」

 異国の言葉を操り、またその戦闘スタイルから一見粗暴にすら見える彼は苦しみ嘆く領民の心を慰めるために星の祭を盛大に執り行っ

たのであった。



「よう、小十郎」

 あまりの美しさにこのまま眠ってしまうのも惜しいと、柱にもたれて座り夜空を眺めていた小十郎の背後から声がかかった。

「政宗様! これは失礼しました」

 一人なのだからと寝間着のまま、足を投げ出して座していたのを慌てて改める。

「そのままでいい。――まだ寝ないのなら、ちょっと付き合わねえか?」

 こちらも寝間着に羽織を一枚肩にかけただけの装いで、政宗は酒の入った瓶と杯を掲げて見せた。

「せっかくの星合の夜だ。星見酒と洒落込もうぜ」

 問いかけた割には返事を待たず、端座する小十郎の隣でさっさと胡坐をかいてしまった。



 手元が暗いからと灯りを点けようとするのを止めさせて、月明かりの下で酒を酌み交わす。

 緩やかに吹き渡る風に、庭先の飾りが幽かな音を立てて揺れた。

「今年の星祭は例年に増して素晴らしゅうございましたな」

「Ah. なかなか良いIdeaだったろ?」

「皆、喜んでおりました」

 作物の出来不出来は、運任せと言っていい自然の力の賜物だ。祈りを捧げるよりほか、人間が出来ることは少ない。

 だからこそ、共に豊かな実りを願おうという政宗の想いを小十郎は好ましく思った。

 時折微風になびく飾りが立てる音と、庭のどこかで咲いている梔子の甘い香りだけが二人を包んでいた。

 星月夜に溶ける快い沈黙を愉しむように独つ目を閉じ、杯を重ねる。

 秀麗な横顔に、ほんの少しの疲れを漂わせて。

 無論、それを見逃すような小十郎ではない。



(この方は、あの月のようなものだ)

 弦月。またの名を、弓張月。

 苛烈な力を持つものの、そう簡単には扱えない強弓。その、きつく張り詰めた弦のような。

 思えば幼少時から「早く大人になれ」と急かされ追い立てられ、その胸の裡に繊細さや脆さといったものをすべて押し込めてしまっている

のだ。

 まだ、たった齢十九であるというのに。

 正確無比に、また恐るべき威力をもつ矢を放つための弦はきつく張られるが故にその実切れやすく、脆いものだ。

 家督を継いでから今までずっと全力で駆け抜けてきた若き主君を、一番近くで見てきたのはこの自分。

 願わくば、自分という存在が軋み上げる弦を支える弓そのものであるように。

 弦が切れてしまわないように。かかる強大な圧力を受け止められるものであれ。

 月が遠くの山陰に沈み、輝き増す星々へ無言のうちに捧げる祈り。



 限りなく黒に近い濃紺の夜空に、玻璃を砕いたほどの煌き。天の川。

 少しく酒を過ぎたものか、凭れかかってきた肩先が熱を帯びていて。

 視線を星空から隣へ移せば、飲み乾した杯を取り落として静かな寝息を立てていた。

「……」

 幼童の頃と変わらぬ表情に我知らず笑みが零れる。

 普段なら口喧しく説教するところだが、今日くらいは大目に見てやってもいいだろう。

 夜半を過ぎて肌寒さを覚え始める夜気から守るように、自分の羽織を肩にかけてやった。

 夜が明ければまた、息をつく間もない日々が続いてゆくのだから。

 そう、今だけは。



 天の海に 雲の波立ち月の船 星の林にこぎ隠る見ゆ



















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有名な仙台市の七夕祭、あれの始祖は政宗公なんだそうです。元々あった星祭を文化促進のため発展させたとか。
それにしても微妙にロマンチストだね、小十郎(笑)