!! ATTENTION !!
このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。
Hitmen'n Lolita #9
綱元は、伸ばした腕を揺るがせもせずぴたりと政宗の額に照準を合わせていた。
威嚇や牽制ではない、必要とあらば人の命を奪うことに毫も躊躇うことのない冷酷な銃口。
「……俺を、殺すのか」
至近距離で銃を向けられているというのに怯えもせず、政宗は落ち着き払って綱元を見据える。
(大した娘だ。普通なら銃を向けられれば怯えるなり止めてくれと喚くなりするところなのに)
静かな声で問われ、しかしそれには答えぬまま綱元は僅かに目を細めた。
「ち、ちょっと待ってよツナ! なんでそうなるのさ。殺すなんてそんな……銃、下げて!」
三人の中で唯一取り乱している成実が血相を変えて綱元に掴みかかる。しかし銃口は外れたものの手首を捉えようとした少年の
手を軽くいなして。
「ここで消しておかないと後々面倒なことになります。どきなさい、成実」
「ダメだ!」
二人の間に割って入り、小十郎の銃を持ったまま動かない政宗を背中に庇う。そこで彼女を振り返り右手を差し出した。
「それ、こっちに渡して逃げろ! コイツは本気だ。すぐここを出て、でも警察には決して言わないで。ほら、早く!」
言われ、ようやっと銃を手放した政宗は成実の言葉に頷いて部屋を出ようとドアノブに手をかけた。が。
「行かせません!」
あくまでも撃とうと、綱元のシグが政宗の方を向き、トリガーに指が掛かった。
「ツナ。そこで撃ったらあんたの頭にコレをぶちこむぞ。いくらおれでもこの距離では外さねえ」
政宗から渡されたM500の銃口をぴたりと綱元のこめかみに押し当てて、彼にしては珍しく真剣な声音で牽制する。
ばたん! 動きを止めた二人の目の前で、ドアが閉まった。
「……逃がしてしまったではありませんか。成実、貴方は警察に捕まりたいのですか」
「うるせえよツナ。政宗は殺させない。あの子を守るって、決めたんだ」
政宗と小十郎が買い物をしていたのと時を同じくして、伊達組では。
「全く……留年でもしてみろ、今度は木刀じゃ済まんぞ」
ひとしきり騒いだ輝宗と成実、綱元の三人で昼食のたぬきうどんをすすっていた。
頭頂部に見事なたんこぶをこしらえたものの、奇跡的にそれだけで怒りを収めてくれた輝宗に内心安堵の溜息をついていた成実
は(木刀の次は……まさか真剣!?)と青くなる。
最近、料理に凝りだした輝宗が自ら打ったといううどんは素人の作るものとは思えないほどの味と食感であったが、それを味わう
余裕すら欠いてしまう。
「ごちそうさまでした。総長、素晴らしい腕前ですね。とても美味しかったです」
元気なくちまちまとうどんをすする成実とは対照的に、しっかりと手打ちうどんを堪能した綱元は笑顔でその出来栄えを賞賛した。
「そうか? 喜んでもらえると作り甲斐があるってもんだな」
食後の茶を飲んでいた輝宗は、その言葉に破顔して「うちは女手がないもんでな。男といえど料理くらいはできなくては」と続ける。
輝宗には妻がいたのだが、16年前に離婚している。それ以来、後妻を迎えることも無く所謂「姐さん」のいない伊達組はすっかり
男所帯なのだ。
「そうですねえ、私たちも総長を見習ってやってみましょう」
先ほどまでの剣呑な会話から一転してなごやかに談笑する二人の間でようやっと食べ終えた成実が顔を上げた。
「ごっそーさん。……あのさ、ちょっと伯父貴に話があるんだけど」
「なんだ成実、急に改まって」
「うん……悪いツナ、部屋の外出ててくんね?」
なにやら個人的な話なのだろうか。普段の軽薄そうな表情はなりをひそめ、話しづらいのか盛大に色を抜いた髪をがしがしと掻く。
「わかりました。終わったら呼んで下さい」
「おう。すぐ終わるからよ」
席を立った綱元が障子を閉めて廊下へ出て行くを目で追い、軽く溜息をついた成実にどうしたのかと輝宗は話を促した。
「学校で何かあったのか」
伊達組の関係者であることを伏せて高校へ入ったものの、体面を気にする私立校のこと。ばれてしまえば退学は免れない。
まさか、身元が露見したとでも言うのか。
「いや、違うんだ。学校は関係ない。……実はおれ、梵に会った」
「なに?」
「同じ学校に通っているのは知ってたよね?」
「……ああ」
「偶然学校で見かけたときはほんと、驚いたよ。綺麗になってた。ちっちゃい時に2,3回しか遊んだことなかったけど、梵の顔は絶
対に忘れない」
そこで言葉を切って、言うべきかどうか躊躇っていたが意を決して輝宗に向き直った。
「おかしいんだ。梵、右目に眼帯をずっとしてて。学校も休みがちだったし、なんだか元気なくて……そしたら、昨日。深夜に街で
チンピラに襲われてるところを小十郎が助けてうちに連れてきたんだ」
「梵ちゃ……あ、いや『政宗』がおまえのところに……!? 怪我はないんだろうな」
その名を出され、輝宗はうろたえた。もうずっと昔に捨てた、愛娘の名を。
離婚して、苗字が変わった時にそれまで梵天丸と呼ばれていたのを政宗と改めたのだがいまもなお幼い頃の呼び名の、彼の中
ではよちよち歩きの幼児のままだった彼女である。
「それは大丈夫。梵、すんげー強いから。ああでも、痩せてたなぁ。ちゃんと食べてないんじゃないかな、足なんかこんなに細いの」
と、手でこんな感じ〜と示してみせる。
「それで、何故そんな時間に街をうろついていたんだ。……まさか、家出か?」
「……多分」
憎くて別れたわけではないのだろう。普段の彼からは想像も付かない狼狽ぶりに、これは彼女が倒れたことは伝えないほうがい
いと成実は思う。
「なんということだ……」
暫く、顔を覆っていた輝宗はゆるく首を振り、深々と溜息をついた。
「しかし、おまえのところに来たのは幸いだった。成実、おまえにこんなことを頼むのは筋違いかもしれんが……あの子を、政宗を
守ってやってくれ。わたしは妻子を捨てた男だ。今更手を出すことなどできん。何があったのかわからないが、きっと辛い目にあって
いるのだろう。頼む、どうか」
このとおりだ、と頭を下げられ成実はあわてて座布団から降りて輝宗の肩に触れて顔を上げさせた。
「伯父貴! やめてくれよそんな。元々おれ、そうするつもりだったから!」
言わずともことは済んだかもしれないが、離婚したとはいえ実父である輝宗には伝えた方が良いと思ったから言っただけのことで。
昨日、倒れて小十郎に抱きとめられる彼女を見て強く思ったのだ。守ってやらなければ、と。
(だっておれ、ずっと……)
長いことにらみ合っていたような気がするのだが、実際にはほんの一瞬のことだった。先に銃を下ろしたのは綱元。
「小十郎といい貴方といい、本当に甘い人たちだ」
撃鉄を元に戻したシグの、セーフティがかかったままのそれを成実に見せた。
「最初から、撃つつもりなんかありませんでしたよ」
「……え?」
「こうでもしなきゃ、情が移って彼女を切り離せなくなる。実際、危ないところに来ていると私は思います」
(何の話?)
疑問符を顔に浮かべた成実に、やれやれと首を振った綱元はスーツの内側に吊ったホルスターへ銃を収めながらなおも言う。
「気付きませんでしたか。あの二人の雰囲気を」
「いや特には」
「小十郎は、ああいう弱い立場の人間を無視できる人じゃない。最初は同情からのことでも、このまま行くと……」
彼の優しさは、一個人としてみれば人間的に好ましい。だが、『殺し屋・片倉小十郎』としては、致命的といっていい特性だ。
しかも、綱元の予想が正しければ。
「確実に、惹かれあうでしょうね」
「!」
「そうなれば、彼女を出て行かせようとはしないでしょう。一緒に居る時間が長ければ長いほど、一般人である彼女に降りかかる危
険は増えてゆく。ましてや今は三人とも織田組に狙われている身です。いざというときに人質になど取られたらどうします」
だから一刻も早く、多少手荒な真似をしてでも政宗を小十郎のもとから引き離そうとしたのだ。
「そんな……それは、そうかもしれないけど……じゃあ、このあと政宗は何処へ行けばいいんだよ!?」
「家に帰ればいいんです。なぜ家出などしたのか知りませんが、親が居るのならそうしたほうがいい。そもそも私たちがどうこうできる人
じゃないんですよ、成実」
なにをそんなにムキになるのです。そう続けようとした綱元の耳に、玄関の方から言い争う声が聞こえてきた。
「! 言わんこっちゃない……!」
「小十郎!?」
銃をライティングデスクの上に置き、急いで部屋を出て行った成実の後を追いながら、綱元はふたたび嘆息した。
「もう、遅いのかもしれませんね……」
鍵が大量に掛かっているせいで、ドアを開けるのに手間取ってしまった。
電子錠が内側からだと解除する必要がなかったのは幸いだ。
早く逃げなければ。銃を持っていた綱元の目に宿る殺意は本物だった。秘密を知った者は生かしておかないのだ。
「やっと開いた……」
がちゃ。重たい鉄扉をちからいっぱい開いたところで、走り出そうとした政宗は再び壁にぶつかった。
「きゃ……!」
ぼふ。顔から突っ込んだ壁は、苦味のある香りのコロンと煙草の匂いがする。
「おっと……。なんだ、政宗じゃねえか。そんなに慌てて何処へ行くんだ? 留守番を頼んでいただろうが」
勢い良くぶつかってきた政宗を抱きとめて、したたかに打った鼻を押さえる彼女を覗き込んだ。
「俺、ここを出て行くから。元々、一晩泊めてもらうだけだったんだから。世話になったな、ありがとう」
短く言うと、小十郎の脇をすりぬけて行こうとする。様子がおかしい。
「おい、ちょっと待て」
思わず、手首を掴んで引き止める。
「っ放せよ!」
「出てゆくのは構わんが、鞄も持たずにか? それに、まだ身体が……」
「アンタには関係ないだろ!」
手首を捉えた手は力が強く、振りほどくことが出来ない。なんだよこいつ、変に気に掛けやがって。
「いや、あるな。何かあったのか」
いきなり態度を変えて出てゆこうとするとは、綱元あたりに何かを言われたのだろうか?
「何にもねえよ。放せって」
「ちゃんと理由を言うまではダメだ」
(なんでそんな目をするんだ!? やめてくれよ)
「嘘をついていたくせに! 俺は犯罪者と一緒に居る気はねえんだよ」
「……何?」
「コンサルタント会社の社長だなんて、とんだ与太じゃねえか。ガキだと思ってナメてんじゃねえぞこのクソオヤジ!」
(ああ、傷つけたかな)
驚きと僅かな哀しさの入り混じった目で無言のまま視線を逸らす小十郎に、なぜかひどく申し訳ないような気持ちがかすめた。
「この、人殺しが……っ」
「!!」
「政宗!」
手厳しいひと言を浴びせられ、奥歯をかみ締めた小十郎と、言ってはならない罵倒を放ってしまったことに気付いて、今にも泣きそ
うに表情をゆがめた政宗のところへ成実が駆け寄ってきた。
その後を追って綱元も成実に並ぶ。
「帰ってきてしまいましたね……」
「綱元、これはどういうことだ」
「どうもこうもないよ。いきなりツナが」
「貴方は黙っていなさい」
三人に挟まれた形になり、逃げられなくなってしまった政宗はこれで終わりだと観念したのか振りほどこうとしていた腕の力を抜いた。
自分は、殺されるのだろうか。彼の銃を見てしまったばかりに。
成実は何故か自分を庇ってくれたけど、この二人が赦しはしないだろう。
それに……とっさのこととはいえ、酷いことを言ってしまった。一瞬だけ覗かせた、ひどく傷ついた表情が目に焼きついて離れない。
この人は、犯罪者だ。人殺しなのだ。なのに、何故。
うなだれた政宗を敢えて無視した綱元は、いまだに彼女の手首を捉えたままの小十郎を見遣って表情をしかめた。
遅いというか、もう素晴らしく手遅れなのではなかろうか。
「……小十郎、机の鍵を開けたままにしましたね。しかも、彼女一人ここに残して」
しまった、と小十郎は心の中で舌打ちをした。昨夜だ。銃を取り出したところであんなことがあったために、引き出しに仕舞っただ
けで鍵をかけ忘れていたのだ。
(それで、『人殺し』か……)
「見たのか」
「勝手に見たのは悪いと思ってる。ごめんなさい……。でも、あんなものを」
そう言って、後を続けられなくなってしまった。自分の手首を掴む手は温かくて、とてもあんなに冷たく怖ろしいものを使う手だとは
思えなかったから。
「……ねえ、とりあえず中に入らない? こんなところでする話じゃないでしょ。
政宗、大丈夫だよ。ツナは最初から殺す気なんかなかったんだ」
「成実!」
「いや黙らないね。この際だから、全部話せばいいじゃないか。どうせバレてるんだ、今更取り繕うったって無駄だよ」
「仕方がありませんね……」
この馬鹿どもが。そう言いたげな様子だが、それでも諦めたようにふっと微笑んだ綱元は「コーヒーでも淹れましょうか」と言って部
屋へ戻る。背中を向けたまま、
「さっきはすみませんでした。怖かったでしょう」
と、政宗に謝った。
それには応えず、やっと手を放して軽く背を押して戻るようにと促した小十郎をじっと見つめている。
その視線に困ったような曖昧な笑みを浮かべて何かを言おうとしたがすぐに目線を外した政宗は身を翻して中に戻っていった。
「こじゅ、大丈夫?」
ものすごく正しいが、面と向かって言われるとやはり辛い、あのひと言。
第一線で活躍する殺し屋であるが、その実冷酷になりきれない彼を知っているだけに、さぞかしキツかっただろうと思う。
「……ガキが偉そうに大人の心配をするんじゃねえよ」
気遣わしげに小十郎を窺った成実の頭を通り過ぎぎわにわしゃっと撫でて、彼もまた部屋の中に入っていった。
To be continued...
ついに正体がバレてしまいました。
そしてそこはかとなくイイ感じになりつつある二人。ただし、超すれ違いv
ついでに成実も一枚かんできました。伏線バリバリです(笑)
やっと、半分くらいまできたかな……。