!! ATTENTION !!
このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。
Hitmen'n Lolita #6
美しく手入れの行き届いた日本庭園に面した応接間に通された二人は、ややあって部屋に入ってきた初老の男に深々とお辞儀をした。
彼にとっては雇い主である綱元はもちろん、成実も頭が上がらない人間の一人、東日本全域に勢力圏を持つ任侠一家・伊達組総長の輝宗だ。
「おう成実、よく帰ったな。学校はどうだ、ちゃんと勉強しているか?」
「あ、いやまあ……そこそこ?」
とてもではないが留年スレスレとは言えない成実であった。
卍繋ぎ柄の単を着流し、薄手の羽織を袖を通さず肩に掛けただけといった格好の輝宗はそろそろ白髪の目立っている年齢でありながら
背筋の伸びた偉丈夫で、穏やかな雰囲気の中に厳しさを覗かせる面構えはさすが一代で東北の弱小ヤクザであった伊達組を強大な組織に
纏め上げた人物である。
「鬼庭、今日は例の件の報告なのであろう? して、どうだ首尾は」
かしこまる二人を前に胡坐をかいて座った輝宗は悠然と腕を組み、訪問した目的を訊くまでもなく結果を聞いてくる。
「残念ながら、芳しくありません。暫く張っていたターゲットもやられました。恐らくは織田組の者かと。あちらもどうやら始末屋を雇ったようです。
足のつかない鉄砲玉ばかり数を出してくるので顔は見ていませんが……恐ろしく組織だっていました。加えて動きも早い」
つまり失敗だ、と簡潔に述べる綱元はいつもの微笑を消し、珍しく真剣な面持ちだ。こういう顔をするとき、成実は彼が以前外国の軍属であった
という噂に真実味を感じる。眼鏡の奥の鋭い目はとても平和な国に育ったものとは思えない。
「フムン。こちらもシマの監視を強化して尻尾を掴もうとしてはいるのだがな……証拠を押さえられんのでは文句のつけようがない。
厚生局の人間も動き出しておる。早いうちに火を消さぬとこちらが痛くもない腹を探られることになるぞ」
眉間に僅かなしわを刻んだ輝宗は綱元を責めるのでもなく、腕組みしたまま思案する。
「取引そのものは殆どネット上なんだ。定期的にサーバとパスワードを換えながら購買者を募ってる。普通の通販サイトの中に巧妙に隠している
から警察じゃ見つけるの難しいと思う。一昨日、軽く潜ってみたけど物凄いプロテクトが掛かってて」
「入れなかったのですか。『潜水士』と渾名されるあなたでも?」
「んー、壊すのは簡単。でもそれじゃ意味ないでしょ」
輝宗が小十郎たちに依頼した内容。それは最近伊達組のシマで大量に出回っているとあるドラッグの出所を押さえ、これを始末することであった。
『ブルー・ヘブン』と呼ばれているそれはここ数ヶ月という凄まじい勢いで全国に広がったドラッグで、主に若い女性を中心に濫用者が増えて
いた。見た目は青い粉末で、最初は恋人やパートナーが合法的なセックス・ドラッグとして買い求めたものを、次第にその習慣性にとり憑かれて
最終的には廃人になってしまうという恐ろしいものだ。強烈な快感をもたらす上に覚せい剤並みの習慣性があるというから手に負えない。
伊達組は昨今の暴力団にしては珍しく、『素人さんには手を出さねぇ』という古き良き任侠の掟を頑なに守っている組であったために大規模な
ヤクザ一家でありながら警察の監視は緩かった。そこへこの『ブルー・ヘブン』である。
「誰が後ろで糸を引いているのかは大方判っているというのに……口惜しいことだ」
小十郎たちが調べた結果、伊達組と敵対関係にある織田組――西日本で強大な権力を振るい、近頃では小さな組を大量に取り込んで急速に
巨大化した暴力団である――が出所であろう、という予測にたどり着いた。だが織田組に殴りこむにも相応の大義名分がなければこちらが仁義
なしと言われてしまう。
「今後のことですが、購買者を装い内側から探ってみます。下手すればこちらも逮捕されかねませんので、成実は関わらせない方向で」
「うむ。頼んだぞ」
「え、ちょっと待ってよツナ。なんでおれだけのけ者なんだ」
寝耳に水の提言に気色ばんだ成実が綱元に詰め寄った。今までずっと手数のひとつとして働いてきたのにここへきて降りろだなんて。
「貴方が伊達組の後取りだからです」
即答され、うっと言葉に詰まる。
「私たちはプロですから、危険に身を晒すのも仕事のうちです。ですが成実、貴方は違う。仕事を手伝ってもらっているのはあくまでも裏社会の
真の姿を知ってもらうため。伊達組は警察といさかいを起こしていない稀有な組織です。そこで将来の総長である貴方に逮捕暦がついては
輝宗様に申し訳がない」
「だってそんなの……捕まらないようにすればいいだけのことだろ」
「甘いですね。ドラッグ密売なんていう危険な連中に対するには覚悟がなさ過ぎる。なおのこと、任せられません。
貴方はお姫様と勉強でもしていなさい」
「お姫様?」
「あぁ、こちらの話です」
耳慣れぬ名前に興味を示した輝宗に『関係ない話です』と軽く手を振って。
「それはそうと、輝宗様。この馬鹿を叱ってやってください。明日から試験で、しかも留年ギリギリだというのに今日も補講をサボって……」
「ぬあっ!? おま、余計なことを……!」
「何だと? ……成実!! 留年とはどういうことだ! ええいそこへ直れぃ! 今日という今日はその根性を叩きなおしてくれる!」
「うわあああぁごめんなさい!!」
どこから取り出したのか、木刀を手に鬼の形相で怒鳴る輝宗。声の激しさに、障子がびりびりと震えているのは見間違いではない。
勢いよく振り下ろされた木刀を身軽に避けながらも怯えた表情で弁解を続ける成実。その言い訳が更なる怒りを煽るとは気付いていないらしい。
「自業自得ですね。……まあ、たまにはいい薬でしょう」
ずず、と茶をすすった綱元は涼しい顔で大騒ぎする二人を眺めて微笑んだ。
休診であった毛利診療所から一旦戻り、住居にしている雑居ビルの前を通り過ぎて暫く。政宗がチンピラに襲われていた路地に程近い一軒の
料理屋の前で立ち止まった小十郎は政宗を振り返って「ここだ」と言った。
「『家庭料理・賎ヶ岳』? ここがどうしたんだ?」
その問いには答えず、準備中の札がかかっている引き戸をがらりと開ける。と、どこか懐かしいようなダシの香りが漂ってきた。
「ごめんなさいねお客さん、まだ準備中なんですよ……あら、片倉の旦那じゃありませんか。珍しいわねこんな時間に」
こぢんまりとした店内は、片付けられたカウンターの上に仕込み用の野菜や魚の入った箱が置かれ、カウンターの中では緑色の三角巾をした
女性が包丁を握っていた。
「すまんな、開店前の忙しい時間に。……ちょっと、おかみに頼みがあって」
「頼みごと? まあ立ち話もなんですしどうぞ、お座りになって。いま、お茶をいれますから」
そう言うや手際よく三人分の茶を淹れはじめた。小十郎の後ろに隠れるように立っていた政宗を見遣ってにこ、と笑顔を向ける。
ほどなく出された茶は熱すぎずぬる過ぎず、ごく上品に淹れられていて、おかみの料理の腕前もきっとこのようなのだろうと政宗は彼女を
ちらりと見た。
若い。おそらくまだ三十は越えていまい。やや跳ね気味の髪を三角巾でまとめ、タイトな前掛けをした姿はいかにも働き者といった感じ。
快活な笑顔が似あう健康的な美女、といった容姿で美しいがどこか危うい雰囲気を漂わせる政宗とは対照的であった。
「それで旦那、今日はどうしたの?」
仕込みをする手を休め、自分も茶をすすって一服入れたおかみは小十郎に話を聞く。
「あぁ。急な話で悪いんだが……この子に服を貸してやってくれないか」
「服を?」
おかみは思いもよらぬ頼みに目を丸め、うつ向き気味に湯飲みを両手で持つ政宗を見遣った。
「できれば、理由は訊かないで欲しい。事情があってな」
「ええ、構いませんよ。若い女の子が気に入るようなものがあるか分らないけど……じゃあ、こっちへいらっしゃい」
おかみは政宗を一瞥して彼女がなにか、ひとに言えない事情を抱えていることを悟ったらしい。二つ返事で快諾したおかみは店の奥へ
政宗を連れて行った。
店舗兼住居であるらしいここは、階段を上ると小ぎれいな2DKで、箪笥や化粧台の置かれた寝室へ入ると引き出しを開けてごそごそやり始めた。
「どんな感じのが良いかしら? あんまりおばさんっぽいのは厭だものね」
いかにも世話好きそうな、優しい笑顔。政宗は眩しいものでも見たようにおかみの少し荒れた手先を眺めた。
(姉がいたら、こんな感じなのかな……)
「あ、いいのがあった。これ、私がまだ若い頃に着ていたものなの。今はもう着ないものだから、よかったらあげるわ」
「え、でもそれは悪いし」
思い出の詰まったものなのだろう。大切そうに箪笥の奥から出された白地に青で繊細なアラベスク模様の入ったワンピース。
軽くパフスリーブになった袖に、ふわりときれいなドレープを描く膝丈ほどの裾はたっぷりとしている。そんなロマンチックな洋服を眺める
おかみの視線はいとおしい過去を見つめるもののそれだ。
「ううん、服は着てこそのものだから。さ、着てみて」
勧められ、袖を通してみると誂たようにピッタリであった。鏡の前でくるりと回ると体の動きに合わせてスカートの裾が円く開く。
「まあ可愛いこと! よく似合ってるわ」
おかみの言うとおり、それは最初から政宗の持ち物であったかと思えるほどよく似合っていて。
「Thank you……おかみさん」
「まつ、でいいわよ。気にしないで。似会う人に着て貰ってよかった」
まつと名乗ったおかみは「でもそれじゃちょっと寒いわね」と言って再び箪笥を探ると白いモヘアのカーディガンを取り出した。
「あの……」
「なあに?」
「こんなに親切にしてもらって、なんていうか……俺、自分のことなにも言ってないのに」
小十郎が間に入っているとはいえ、見ず知らずの女の子に服を貸してくれるなんて。しかも事情も語らずに。
申し訳なさそうにうなだれる政宗に、カーディガンをひざに置いたまつは少しほつれて糸のでている裾を素早く直しはじめた。
「こういう商売をしているとね、場所柄いろんなお客さんが来るの。旦那みたいな人も、それこそ人様に言えないような世界に生きている人も。
だから、ちょっとのことでは驚かなくなったわ」
それは答えになっていないのでは、と首を傾げる政宗にちいさく微笑んで。
「それに、旦那が気に掛けるような娘さんなら悪い子じゃないでしょ」
親切にするのに理由などないのだと返され、政宗はあっけに取られてしまった。今まで、他人から優しくされることなど皆無であった彼女に
とって、この1日半で出会った人間はすべて驚愕すべき人々だ。
「小十郎とは、つきあいが長いのか?」
彼を良く知っているらしい口ぶりに疑問を投げかける。もしかすると……。
「そうね、旦那がこの街に来て以来だから……もう五年近いかしら」
「えーっと……その、恋人、とか?」
口ごもりながらなされた質問に、まつは一瞬ぽかんとして政宗を見返したが転瞬、ころころと笑い出した。
「やぁだ、違うわよ! 私には夫がいるの。でも、そうね……男性として見れば旦那はとても魅力的だと思うわ。
あの強面だから誤解されやすいけど、実直で優しい人よ」
そう言いながら(ああ、この子は不安なんだ)とひとり合点する。
「旦那とあなたとの間に何があるのか知らないけど……あの人は大丈夫。安心して頼りなさいな」
ね? と言いながら針を仕舞って。
「はい、出来上がり。ほら、顔上げて。旦那に可愛くなったのを見せてあげましょう」
なにも話していないのにすべてを理解したようなまつの言葉に独つ目を見開いて彼女を見つめた。どうして、解るの。
「女のカン、ってやつかしら」
いたずらっぽい笑みを浮かべたまつはすそを払って立ち上がるとそれ以上は詮索もせず、政宗の背に軽く触れて階下に下りるよう促した。
「はい、お待たせしました。どう、可愛いでしょう彼女」
二人を待っている間に煙草をふかしていた小十郎は、店に下りてきた政宗を見て軽く驚嘆した。
膝丈の、品のいい清楚なワンピースに身を包み、白いモヘアのカーディガンを羽織った格好は彼女にとてもよく合っている。
これで男のような言葉遣いでなければ、どこぞの令嬢といっても遜色ないほどだ。
「……どう?」
恥ずかしそうにスカートの裾をもじもじと弄る様が可愛らしい。近頃の娘には珍しいほどの純な態度。これが演技ではなく本気であるところが凄い。
「ああ、よく似合っている」
またしても俯いてしまった頭にぽす、と手をのせてそのまま撫でてやると弾かれたように上げた顔が一瞬、嬉しそうに輝く。
なんだ、そういう顔もできるんじゃねえか。
今までキツイ表情か辛そうな顔しか見ていなかった小十郎はようやく歳相応の反応を見せた政宗に僅かな安心感を覚えていた。
「よかったわね」
「すまなかったな、突然押しかけて」
「いいのいいの。困ったときはお互い様、ですもの」
と言って政宗に向き直り、
「またいらっしゃいね。いつでも歓迎するわ」
ひらひら手を振るまつに見送られ、二人は店を後にした。
To be continued...
まだまだ続く……捜査四課の鬼刑事は何時になったら書けるんだ_| ̄|○
なんだかきな臭くなってきた綱元&成実サイドに対し、妙になごんでいる政宗&小十郎。次回はおデート(笑)