!! ATTENTION !!

このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。

















Hitmen'n Lolita #5









 しっかり眠ってすっきりお目覚めな成実が制服をだらしなく着崩したままリビングへ入ると、ずもーんとでも表現すべき表情の小十郎が氷で頬を

冷やしていた。

 短時間に二度も同じ場所を張り飛ばされたためにすっかり腫れてしまっている頬は氷で冷やそうともなかなか治まらない。結局あれから一睡も

出来ず、目の下にはちょっぴり隈ができていた。

「こじゅ、おは〜。うわ、どうしたのその顔」

「……訊くんじゃねえ」

 地の底から這い上がるような声で応えた小十郎。中身の入っていなさそうな鞄をテーブルの上へ投げ出した成実は、みごとな紅葉になっている

ビンタ痕にああ、と大きく頷いた。

「何、こじゅ。早速お姫様に手を出したの? 相変わらず早いねぇ」

 で、具合はどうだったよ? とニヤニヤ笑いで訊いてくる成実の軽薄な笑顔に無性に腹が立つ。こいつ、昨日の俺の苦労も知らないで……!

「ああ見えて結構胸デカそうだし、さぞや揉み心地が……」

「死ぬかぁッ!?」

「え、な……ぐはっ!」

 手をやらしく動かしてみせる成実の腹に、こめかみに青筋立てた小十郎の左ストレートがヒットした。

 どす、とサンドバッグを叩くような重い音がする。

「そ、こ、まで、するか、よ……ううぅ」

 腹を押さえて床に倒れた成実が苦しそうに唸った。

「怒らせるようなことを言うからですよ、成実。こういうときは、敢えて黙っててあげるが大人というものです。空気を読まなければ。ねえ小十郎?」

(いやお前が一番酷いことを言っていると思うのだが……)

 いつの間にか起きてきていた綱元は昨日とほぼ同じ、チャコールグレーにピンストライプの三つ釦スーツに淡いブルーのYシャツ。依頼人を訪問

するためか、今日は黒に近い紺のネクタイを締めている。

「成実、学校はどうした。もう始まっている時間じゃねえか」

「そういえばそうですね。補講なんでしょう? 明日は試験なんだし、モタモタしていないで早く行きなさい」

「日曜なのに学校行くなんて超タリィ。休む」

 なんとか床から復活した成実はソファに座ると、締めていた緑色のネクタイを緩めた。

「またそんなこと言って……学費を出してくださっている輝宗様に申し訳ないとは思わないんですかあなたは」

「えー、だっておれ高校行きたいなんて言ってないし。伯父貴が『これからの任侠は学もないようでは成り行かん』って。半ばムリヤリだよ?」

「成実!」

「それは輝宗様のほうが正しい。将来、人の上に立つ人間が無学では誰もついてきてはくれませんよ。人格や腕力だけではいけません。

ああ成実は人格の方も問題アリですね」

「ひでえ言い方……!」

「なぜ、あのお方がお前を俺達の元へ預けたのか。その意味をよく考えろ」

(うるさい親父とお袋、だな)

 今にも耳を塞ぎそうな顔で成実は二人を見遣った。いい二人組みツーマンセルだとつくづく思う。すでに父親と死別している成実にとって、体の弱い母を助

けて父親代わりに自分を育て学校へやってくれた伯父には感謝しているのだ。それが、昔生き別れたという伯父の子供――彼にとってのいとこ

の代用か罪滅ぼしなのかもしれない、という疑念にかられていたとしても。

 そして、今は指導者として、兄や親のように自分を教導する二人に対しても。

(ひとの気持ちをガン無視してくれなきゃ、もっといいのにね……。そりゃゼイタクってもんか? ま、もう覚悟は決めてるんだ。あんな家に生まれて

しまったからにはまっとうな道はもう歩けない。後ずさりはしない。おれは)

 でも、そんな重たい覚悟はちょっと格好悪いだろう?

 だから、人に笑われるくらいで丁度いい。道化も演じ続ければ本物になるってものさ。

「聞いているのか、成実」

 まだ説教を続けるつもりで、頬を冷やす氷を外して、何を言おうが一向に聞かない生意気な少年にむかって怒鳴ろうとした小十郎の背後で

リビングの扉が開いた。

「お早うございます。もう身体は大丈夫なのですか?」

 なんだかプライベートな話をしているような会話をドア越しに聞いて、出づらかったのかおずおずと顔を出した政宗に気付いた綱元が柔らかな

微笑と共に声を掛けた。

 例のパジャマはすっかり乾いた制服に着替えられている。

「あ、お早う。もう起き上がれるんだ? よかったね」

「おはようございます……。あの、どうもご迷惑おかけしまして……」

 ぺこ、と頭を下げた政宗に、いいのいいのと手を振りながら成実が歩み寄り、白い手をとってソファに座らせた。小十郎の、隣に。

「……よく眠れたか」

「……Yes」

 お互いあまり顔を合わすことなく、どことなくぎこちない言葉を交わす。いかにも「何かがありました」然とした妙な雰囲気。

 二人の間に漂う微妙な緊張感に気付いた成実は「あ! そうだ」と切り出した。

「ハラ、減ってない? 昨日の夜から何にも食べてないでしょ」

 夜どころか、夕方から水一滴として口にしていなかった政宗は言われ、唐突に空腹を覚えて主張を始めるお腹を押さえた。

「このビルの1階にある喫茶店、マスターがちょっと変わった外国人で客の入り悪いけど、味はなかなかいいんだよ。

さ、行こう。おれ空腹で死にそう」

 せわしなく政宗の手を引いて、玄関へ向かう成実。政宗も引っ張られるまま「Wait,wait! そんなに強く引っ張るなよ」と言いつつ連いて行く。

「……訊きませんけれどね。とりあえず、犯罪行為はダメですよ?」

 高校生二人がドアの外に消えたあと、よいしょっと腰を上げた綱元はまだ座ったままの小十郎を見下ろし、成実に説教できる立派な大人で

いなければ、と釘を刺すどころか傷口を抉るようなひと言を放った。

「だから何もしてねえって言ってるだろ」

(暫くこのネタで遊ばれるのか……)

 憮然として小十郎も席を立つ。



「イラッシャイマセ〜!」

 小十郎たちの住む雑居ビルの一階。

 昨夜はシャッターが下りていたのでわからなかったが、明るくなってから見てみると極彩色で彩られた看板と珍妙な内装――和風にしたいのか

西洋風にしたいのか判らない。しかもどう見ても日本文化の認識を誤っている――が「客の入りが悪い」というのを一見して政宗に納得させた。

 店の名前からしておかしい。

『喫茶室・愛本店』

「……アレ、いいのか使っても」

「苦情が来たとは聞いた事ないね」

 うわぁ、とでも言いたげな表情の政宗に微妙な笑顔で返す成実。店内を見回すと、やっぱりというか客の姿は一組もない。

「オ〜ゥ成実サンジャアリマセンカ! 今日ハ何ニスルネ?」

 窓際の席に腰を下ろした二人に近づいてきた店員……これが成実の言っていた変な外国人店主、なのだろう。縦も横も圧倒的な巨体に

黒いエプロンをした、珍妙な髪型の男が注文票とメニューを手にやたらとデカイ声で注文を取る。日本に来て間もないのだろうか、片言に毛が

生えたといった感じの日本語はイントネーションが微妙におかしい。

「んー。スパゲティナポリタンとサラダとオレンジジュース。あ、大盛りで!」

「モーニングセットを。……って、朝からそれ!?」

「オッケーヨ。アレ、コノオ嬢サンハ成実サンノ彼女? オ〜神ヨ! 新タナ愛ガ〜ココニ〜!」

「No way! ち、違うって!」

 いきなり膝まずいて祈り始めた店主へ僅かに頬を赤らめた政宗が早口にまくしたてる。

(ちょっと可愛い……)

 向かいに座ってその様子を眺めながら成実はこんな彼女なら欲しいよなぁと心の中でひとりごちる。

「ザビーさん、違う違う。この子はただの知り合い。……あ、来た。遅いよ二人とも」



「その制服……同じ学校?」

 自分のスカートと同じ柄のズボンに見覚えのあるデザインのブレザー。学年が違うから見たことはなかったが、同じ学校に通っているという

だけで僅かな安心感を覚える。

「偶然だね。リボンが蒼ってことは二年? あ、おれ1−Aの……」

「成実、そこの塩取ってくれませんか」

 軽く身を乗り出して喋る成実の言葉に被せるように、綱元が割り込んだ。

「自分で取れよなー。ほら」

「ああ、どうも」

 塩を受け取りながら、綱元は成実にだけわかるように小さく首を振った。

(必要以上に素性を曝してはいけません)

 小十郎や綱元は、その道では名を知られているものの世間一般にはそうではない。だから名を名乗ろうと大した問題ではない。

 しかし成実の場合、二人とは事情が違っていた。

(わかったよ)

 こちらも綱元にだけわかるよう極僅かに頷く。



「よく起きぬけにそんなに食べられますね……」

 遅れてやってきた小十郎と綱元も政宗と同じもの――トーストとサラダつきオムレツにコーヒー――を食べているなか、ひとりで山盛りの

パスタを食べている成実に綱元はなかば感心したように言った。

「だって育ち盛りだもん。腹減るんだよ」

 そこでほとんど食事に手をつけていない政宗に向かって。

「ん? あんまり食べていないみたいだね。美味しくなかった?」

 言われ、そんなことはないと首を振った政宗はパンをちぎって口に運ぶ。食欲がなかったわけではないのだが、単に緊張していただけで。

「ちゃんと食べなきゃダメだよ? ただでさえそんなに細いんだから。えーっと……水玉ちゃん?」

「!!」

 今となっては怒りの記憶と共にあるその名を呼ばれ、柳眉を吊り上げた政宗はぎり、と小十郎を睨みつけた。

「バカシゲ!」

 睨まれ、内心額に汗をかいた小十郎は隣に据わった成実の足をテーブルの下で蹴る。

「え、何さ。ダメなの? だってこじゅ、昨日はそう呼んでたじゃん」

 その言葉に更なる険悪な視線が刺さり、慌てた小十郎は成実を引っ張り席を立った。

「成実、ちょっといいか」



 店のトイレに連れ込み、バシっとドアを閉めた小十郎は疲れたような表情で口を開いた。

「水玉は止めろ。殺されるぞ」

「水玉って何? あの子、政宗っていうんでしょう? 学校じゃ有名だもん」

「知っていたのか。……とにかく、水玉はダメだ」

「は? 答えになってないって」

 追求され、しかたなく昨日のいきさつを話す。

「実は……」

「ってことは、水玉ってあの子のパン……」

「声がでかい!」

 耐え切れず、ぶはっと吹いて笑い出した成実を必死で抑える。

「だ、だって……よりによってパンツの柄で呼ぶなんて、こじゅサイテー」

 もーだめ、超笑えるんだけど! と腹を抱える成実に憮然として。

「そういうことだから、水玉とか言うな」

「自分が悪いんじゃんよ〜」



 トイレから戻った成実は改めて政宗に名前を聞いたが、彼女の機嫌は氷点下に下がったままであった。



「では、私たちは出かけてきますから」

「おぅ。頼んだぜ」

 店の前で別れた綱元と成実が車を取りに行くのを見送って、二人は診療所へ向かった。

「……休診だって」

 『本日休診』の札のかかった入り口の前に立ち、じと目で振り向く政宗に小十郎は毛利医師が昼前には来るな、と言っていたのを思い出す。

「あー……昨日、深夜に往診に来てもらったからな。まだ寝ているんだ。薬をもらわなくてはいけないし、少し時間をつぶそう」

 疑わしげな表情を向けてくるのを微妙に顔を逸らしてやりすごし、じゃあ診療所が開くまで服でも買いに行くか? と続けた。

「え?」

「ずっとその制服でいるわけにもいかんだろう。ちゃんとした寝巻きもないのではこっちも困るからな」

「でも……そんなにお金持ってないし」

「昨日のワビだ、買ってやるから気にするな」

 と、言ってしまってからそれが援交くさいことに気付き、

「って、その格好は良くないな……」

 まだ三十路前ではあるのだが、見た目のいかつさから実年齢より上に見られることが多い彼である。しかも日曜に、制服姿の女の子と

服屋で買い物、なんて厭すぎる……。

 うーん、と真剣に悩む小十郎の姿に政宗は、この人はちょっと違うのではないだろうか、と思い始めていた。今までに出会った大人たち

とは違う。彼らは自分を傷つけるか利用しようとするかしかなかった。守ってくれる者などいなかった。

(でもこの人は少なくとも誠実だ)

 極力傷つけないように、まるで壊れ物に触れるように自分を扱っている。色々と問いただしたいことはあるけれど(だって怪しすぎる)、本当に

信用してもいいのかもしれない……。

 考え込む政宗に、何かを思いついたのか小十郎が「いや、行こう」と声をかけ歩き出した。その後を小走りに追いながら問いかける。

「Hey. Wait小十郎……どこへ?」

「服を借りに行くのさ」

「はあ?」

 わけのわからないことを言い始めた。と表情に?を浮かべる政宗にも関わらず小十郎は目的地へと大またで歩き出す。

 面倒見の良い彼女なら、こころよく相談に乗ってくれるだろう。



 その頃、依頼人の元へ向かった二人は車中に居た。

 市街地を抜け、閑静な住宅地に入った車は高級そうな家の間の道を走る。

「成実、貴方あの子のことを知っていたんですって?」

 ハンドルを握りながら顔を向けず助手席の少年へ問うた。

「うん、まあ……。ほら、政宗ってスゲエ美人だしあの眼帯でしょ? しかも見た目がああなのに剣道は師範代並みの実力、空手は黒帯で

もう激強。そのくせ部活には入っていないから試合が近づくたびに何とか助っ人に欲しくて剣道部と空手部が躍起になってさ。

そんなだから、学校じゃ有名人」

「あちらが貴方を知っている可能性は?」

「学校じゃ、家のことも『仕事』のこともバレないようにしてるから知らないと思うよ。大体、おれの顔見てもわからなかっただろ? 学年も違うし」

「なるほど。それなら良いのですが」

 相変わらず表情を変えぬまま、それでも言葉尻に僅かな安堵を滲ませる綱元に成実はつくづく用心深い奴だと肩をすくめた。

「ツナってさあ……」

「何ですか」

「絶対、将来禿げると思う」

 信号が赤になり、ブレーキを踏んだ綱元はむっとして成実を軽く睨んだ。

「……余計なお世話です」



 やがて車は住宅街の外れ、やたらと立派な純和風の邸宅の前で止まった。

 窓から身を乗り出した成実が門につけられたセキュリティシステムにむかって大声を出す。

「ただいまー! 門、開けて!」

『お帰りなせぇ、坊ちゃん』

 インターフォンから野太い男の声が応え、重たい音をさせて門が開く。

 車ごと門の中に入り、さらに暫く。これが個人の家かと思うほどの竹林に挟まれた道を抜けると古びているが広大な日本家屋の前の車寄せに

十数人の男達が整列していた。

 車を降りた二人に、ざざっと男達がいっせいに頭を下げる。

「坊ちゃん、お帰りなせぇ!」

「鬼庭の旦那、お勤めお疲れ様っス!」

 口々に声を掛けるのを「や、ただいま〜」と返して男達の中でもまとめ役と思しき年かさの男に問いかけた。

「伯父貴、いる?」

 二人が入っていった玄関。その入り口には華麗な代紋と共に墨の跡も黒々と『伊達組』と書かれていた。






To be continued...









軽くインターバル。ちょっと成実に焦点を当ててみる。しかしオリジナルに近いからなあ;
公式の設定がないのを良いことに綱元と成実は好きに作っちゃってます。
一応、史実を参考にしてみたりもするのですがね……全然違うって。
智の小十郎、武の成実、政の綱元、だそうで。どこが武人らしいのやら_| ̄|○
あ、お分かりだと思いますが喫茶室・愛本店のマスターはザビー(笑)