!! ATTENTION !!

このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。


















Hitmen'n Lolita #25










「チッ、やっぱりまたやられてる」

 普通の人が見れば何を意味するかさえ分からない数列を前に成実は腹立たしげに舌打ちした。

 デスクトップ型のディスプレイを睨みつけ、エアコンのスイッチを入れると大きめのリクライニングチェアに身を預けた。

「ちょっと訊いてみるかな」

 自分の仕掛けたツールを悉く潰し、稀代のハッカーと呼ばれた自分のアタックを退けるだけの実力を持った人物は誰なのか。

 天井のエアコン吹き出し口から冷たい空気が流れ込んでくるのを感じて、気合を入れるように両の頬をピシャリと叩く。

 そして、HMDと入力デバイスを身につけると再びネットの海へダイヴ。

 形而下の感覚が遠のく。肉体の束縛を離れた成実の意識はいまだかつて人類がなしえなかった領域へ易々と踏み込んだ。

 古くは千里眼、幽体離脱、あるいはテレパス。およそ人の肉体では不可能とされた言わば神の所業。

 HMDと脳波による入力デバイスを使う成実は意識そのものをネットワークに投げ込むことでそれらと同様の能力を発揮することが

できる。

『よぅ、潜水夫。久しぶりじゃないか。てっきりパクられたのかと思ったぜ』

『バカ言え。このおれが警察なんかに捕まるわけないだろ? 連中、ネット上の捜査は素人同然なんだから』

 かつての超巨大掲示板サイト――今はその役割よりも成実たちのような意識を『ダイヴ』させてネットを徘徊する者の溜まり場の

側面が強い――に現れた成実を見つけて声をかけてくる者があった。

 成実同様に仮の姿をとっているあたり、直接意識を投影している者であるらしい。普通の利用者は彼らの目には一行の数列に見

えている。

『最近、本業がちょっと忙しくて。遊んでられねぇよ』

『そんなこと言ってると、最強のハッカーの名なんざすぐに他のヤツにとられるぞ』

『おれより凄いヤツはいるさ、世界は広いんだからな。……ところで、トム』

 トムと呼ばれた者は、どこにでもいるような若い男の姿をとっていた。ただし、顔の上半分を目深に被ったニット帽と肩まで伸びた

髪で隠していたが。

 首には聴診器。両耳を覆うヘッドフォン。腰履きパンツのポケットから覗いた虫眼鏡と録音機。

 人呼んで、『覗き魔ピーピング・トム』。あらゆる場所へ侵入し、様々なことを見聞きしては気まぐれに情報を売る、ネット専門の情報屋である。

『その凄いヤツの話だけど、最近目立った噂はない?』

『噂っていうと?』

『これ、言いふらしたらブッ殺すぞ。……ちょっと前からおれが仕掛けるアタックを悉く防いでくる連中がいるんだよ。相手は複数居る

と思うんだけど、その中の一人だ』

 声を潜め、情報を売るのが趣味の男に極力手の内を明かさぬよう訊ねた。自分が織田組の麻薬密売について嗅ぎまわっている

などと知られたらそれこそ一大事だ。

 成実の『ブッ殺す』という言葉に本気でやりかねない殺気を感じ取ったトムは慌てて首を振る。

『お前を売ったことなんかないだろ? そんなの怖くてできねぇ。何されるか分かったもんじゃないからな』

『人聞き悪りぃな』

『そんだけ怖れられてるんだよ、潜水夫。……で? そんなお前が脅威を感じてるってヤツな』

 トムはポケットをごそごそ探り手帳を――もちろん、実際に紙があるわけではない。集めた情報を収めたデータファイルだ――取り

出すと、ページを捲り始めた。

『そいつの行動パターンで目立つものはあるか?』

『ネットに上がってくる時間がおかしい。夜は殆ど活動していない。大体午後3時過ぎから8時くらいまで。学生っぽいな』

『健康的な生活してやがんな。学生っていうか、ガキじゃね? けどよ、別に素性知らなくても問題ないだろ? リアルで殴りに行くっ

てんなら話は別だが』

『んーまぁ、なんとなく? どんな手口を使うのかも興味あるし』

 トムの正論とも言える問いに曖昧な笑みで返す成実。データを押さえるのと同様、通販サイトのセキュリティを担当しているであろ

うその者をリアルで捕まえて証人とするのも考えにあったからだ。

『気持ちは解からんでもないがな。たとえば俺はお前の正体を探りたいと思ってる』

『ぜってー教えない』

『国籍・推定日本。性別・男性。年齢・10代半ばから20代前半。おそらくは学生。首都圏のどこかに在住。実家暮らしではないが

誰かと住んでいる。恋人は居ない。……まあ今の時点で判るのはこのくらいか』

『おれのことなんかどうでもいいんだよ。本題もどれ本題』

 見事に言い当てているトムの言葉にちょっと厭な顔で話を遮る。世間話をするためにここへ来たわけではない。

『悪いな、つい。つっても、詳しい特徴がわからないと答えようがないぞ。ハッカーなんぞ掃いて捨てるほどいるんだし』

 ページを繰りつつ返すトムの言葉が途切れた。

『いや、待て。……コイツか? おい、面白いぜコイツは』

『何だよ』

『報酬は?』

 身を乗り出した成実に唯一見えている口許をゆがめて手帳を仕舞う。

『……自衛隊参謀本部のデータベースのパスコード』

『そりゃ破格だ! いいのかよそんなんで』

 早口に告げられた報酬の内容に口笛を吹き、唇の両端が上がった。

 情報を売り買いするトムにとってそれは喉から手が出るほど欲しいものだ。

『気にするな、もうすぐ期限切れだ。……いいからさっさと教えろよ』

『んじゃ、有難く。――そいつはつい最近こっち側に顔を出してきたヤツだ。名前は『蘭丸』。自称だから真偽はわからないが小学生

だとよ。活動してる時間からして本当らしいな。かつてのお前と同じ、官公庁のサーバを中心に防壁破りをしまくっている。ここの板

でもたまに見かけるぞ。詳細はこのファイルを見ろ』

『小学生!? マジかよ』

 そんな子供相手にこっちは何日も徹夜して手こずっていたのか!?

『そんなに驚くなよ。お前がアメリカ国防総省のスパコンをハッキングしたのも蘭丸と同じくらいの時じゃねえの?』

 すっぱり断言され、成実は口ごもった。確かにトムの言うとおりなのだが……。

『この業界、そういう天才がたまにいる。お前しかり、蘭丸しかり、だ。やりあうんなら知らせろよ。特等席で見物してやる』

『仕事だから無理。全部終わったら教えてやるよ。じゃあな』

 まだ話したそうな様子のトムに背を向け、掲示板サイトを離れようと泳ぎだす。

(小学生が麻薬密売に加担してるっていうのか? なんだよそれ。ありえねー……)

 優れたハッカーというのに年齢は関係ない。満足に母国語も使えないような時分からパソコンに触れるご時世なのだ。

 成実が驚いたのは、そんな幼さでヤクザの仕事に関わっているということだ。

 自分がしていることが何であるかを認識していない可能性が高い。おそらく、面白半分にやっているのに違いない。

 天才的な能力を持ちながらその年齢ゆえの社会への無知を利用する、というのはいかにも悪質な連中がやりそうなことだ。

(ヤな相手だな……)

 だからといって攻撃の手を緩めるつもりは毛頭ないが、何も知らないであろう相手を場合によっては警察へ引き渡さねばならないのだ。

 さすがにそれは良心が咎める部分が無きにしも非ずで。

(いや、やばい仕事を辞めさせるわけだから躊躇ってなんかいられないぞ)

 素人がヤクザになんぞ関わってしまったら、その先の人生を棒に振ってしまうのだから。

 もう、まっとうな生き方などできない己のように。自分自身はそのことに不満をもってはいないけれど。

 密売の証拠を探る片手間に蘭丸のリアルの居所を見つけるのは難しい。どうしたものか……。

(直接『会って』話が出来れば簡単なんだけど)

 トムは例の掲示板サイトに現れることがあると言っていた。

(網を張っておくことに越したことは無いな)



『おまえが『潜水夫』か?』

 成実の背後から生意気そうな声音で呼びかけられたのは、掲示板サイトを離れようとした丁度そのとき。

『……誰だ』

 この空間で誰かと会話をしようとする場合、一般人のチャットなどと同様のシステムを使うことになる。成実の場合、セキュリティ上

信用の置ける人間としか『話さない』ようにシステムをクローズ状態にしていた。

 そのため、成実の知らない人物が彼に『話しかける』のは不可能なのだ。

 だが実際にその声はHMDを被った成実の耳にハッキリと届いている。

 勝手に侵入してきた!?

 内心の動揺を隠し、落ち着いた風を装ってことさらゆっくり振り向く。

 小柄で活発そうな少年だ。まるでゲームに出てきそうな和テイストの服に西部劇のようなグローブとブーツ、という組み合わせが

面白い。

 ネット空間で姿を持つ者は大抵顔を隠すものだが、その少年は珍しくその細い頤から秀でた額まで、何も隠すものをつけていなかった。

 きわめつけは、片手に持った弓と腰の矢筒だ。

 この空間で意味のない持ち物など存在しない。武器という形状から、何らかの攻撃に使うツールであろうことは判るが、詳しいとこ

ろは不明。

『捜していたんじゃなかったのか?』

 言わいでもか、と両唇の端を上げる。

『蘭丸か』

 トムが情報を漏らすとは考えづらい。彼との会話を盗み聞きしていたのか、それともとっくに自分を探る者が『潜水夫』と知っていたのか。

『おにーさんさぁ、前から蘭丸の仕事を探ってたでしょ。でも、やりかたがぬるいんだよ。有名なハッカーだって話だけど、大したこと

ないな』

『自分が何をやってるのか、解かってるのか?』

 そうだ。相手は子供とはいえ、自分のアタックを悉く退け続けた猛者なのだ。顔を覆うバイザーの下で表情を引き締めた成実はも

う驚いていない。

『あったりまえだろ!』

『麻薬密売の片棒をかついでるんだぜ。あれのせいで何人犠牲になったか知ってるんだよな』

『そんなの知らないね。大体、おにーさんの目的はそっちじゃないでしょ? あれ、もしかして『潜水夫』って伊達組の関係者?』

 声を立てて笑う。その笑声は無邪気なのに、却ってある種の残酷さを覗かせていて。

 ぞわ、と寒さを感じていないはずの素肌が粟立つ。

 蘭丸は、面白半分で参加しているわけではなかったのだ。

 自分のやっていることが麻薬の密売で、それを武器に織田組が東日本の覇権を掌握しようとしていることを知っていてなお。

『信長様のジャマはさせないよ』

 敢えて織田組のために働いているのだ!

『……っ』

 静かな声音。裡に沈んだ純粋な敵意に刹那、成実の意識が怯む。

 そういうことには慣れていたはずだった。まがりなりにも伊達組の次期総長候補なのだ。

 だが、この蘭丸という少年は。

(金や興味で動いているわけじゃねえ。コイツ……本気で組長に心酔してるんだ。本当に小学生か?)

 脅威を感じる。自分以上の才覚を持った敵の存在に。

 恐怖を感じる。このような幼い者まで従える信長の人的魅力に。

『黙ってるってことは、図星? ……へぇ〜、面白いや。明日からリアルで出歩くときは気をつけたほうがいいよ』

『おれはただの雇われ者だ。居所も知らねえのにデタラメ言うな。脅しにしちゃ下手すぎて笑えるぜ』

『本当にそう思ってる?』

 追求する。言質をとりに来る。真意を引き出す。隠しもしない、真っ直ぐな瞳。

『おれが仕事を始めたのはかなり前だ。なのに未だに襲われてねえってことはそういうことだろうが。悪いがセキュリティには自信

があるんでね』

 思わずゴクリと鳴った喉。相手に聞こえはしなかったかと肝を冷やす。

『ふーん……そう? でも、こういうことは簡単だよ』

 言い終えるや、おもむろに持っていた弓に矢をつがえ。

『この程度でヘタるなよ?』

 放つ!



『――!!』



 とんとん。

「Hey成実、メシができたぞ」

 ドアの外から控えめなノックと共に政宗が呼びかける。

 バイトから帰宅し、急いで夕飯の準備を整えた彼女に綱元が呼んでくるよう言ったのだ。

「……入るぞ」

 普段、『仕事』中は内から鍵をかけて他人の介入を決して許さない成実だが、今日はドアを開けてもいいと聞かされていたので恐

る恐るドアノブを捻った。

 細く開いた隙間から流れ出した冷気がスリッパ履きの素足を撫でる。その冷たさに一瞬顔をしかめ、思い切って大きく開けた。

「聞こえないのか?」

 壁際の一角を占めるPC群に驚きの表情を浮かべつつ、その前のリクライニングチェアに横たわる成実へ歩を踏み出した。

 微動だにしないその肩に触れようとして。

「っがああああああああ!!!!」

 突如響いた物凄い絶叫。

 それまでピクリとも動かなかった成実の身体が、激しく痙攣して仰け反る。

「し、成実……!?」

 何が起きているのかわからないが、尋常でない声に狼狽して壊れた玩具のように跳ねる身体を抑えようとした手を、成実の手が

強く掴んだ。

「っ!」

 握り潰されるかと思うほどの力。苦痛のためか、ぶるぶる震えつつ。

「どうしました!?」

「綱元! それが急に苦しみだして」

 成実の絶叫を聞きつけ、リビングから飛んできた綱元へ振り返る。手を掴まれたままでは何も出来ない。

 不安に曇る表情を受け止め、成実へ視線を移した。意識がまだネットの方にあるのか、二人の声も聞こえていないようだ。

 素早くモニターを見遣る。成実ほどではないが、彼よりレクチャーされてハッキング専用に構築されたPC群のことを知っていた綱

元は異常を即座に察知。

 高速で流れてゆく数列を表示しているモニター前のキーボードをこちらもすごい速さで叩く。

「ダメだ。こちら側からでは何が起こっているのかモニタリングできません。危険ですが一旦強制終了を……!」

 突然、数列の動きが止まった。フリーズか?



input devices error.



 ブラックアウトした画面に、真っ赤な文字が浮かび、フラッシュ。

 初めて見るエラー表示だが、躊躇しているヒマはない。

 意を決した綱元は、成実のHMDと両手首の入力デバイスから伸びて本体へ繋がっているコードを思いっきり引き抜いた。

 と同時に、絶叫と痙攣が止まる。

「成実! 大丈夫か!?」

 ぐったりした成実からHMDを外し、覗き込んだ。きつく握られていた手が外れる。どうやら意識はあるようだ。

「しっかりしなさい。……政宗、水を」

 わけのわからない、異様な光景を目にして動揺している政宗は言葉も出せず何度も頷いて台所へ水を取りに行く。

「……あークソッ、痛ぇ……!」

 後頭部を押さえ、身を起こしてふらつく頭を軽く振った。

「何があったのです」

「そりゃこっちのセリフだよ。いきなり頭ン中かき回されるみたいな感覚でさ。死ぬかと思った……」

 急いで戻ってきた政宗から水の入ったグラスを受け取り、一気に飲み干して。

「おれが使ってる、脳波を読み取る入力デバイスのシステムにハッキングして操作スナークしやがた。あのクソガキ、ぜってぇ赦さねえ!」

 心配そうに見守る政宗を気遣ってやる余裕もなく、普段は決して見せない鬼の形相で吼え猛った。











To be continued...









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24から随分と時間をあけてしまいました……すみません;
出てこない……主役の二人が出てこないよウワアアン!