!! ATTENTION !!

このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。


















Hitmen'n Lolita #21










 いつもなら駐輪場まで一緒に乗っていって二人仲良く帰ってくるのだが、流石に今日はそうするのももどかしかったと見えてビルの前で

停まるように頼んできた。

 帰り道に立ち寄ったスーパーで買った、体力回復のためのスペシャルメニュー用材料を両手に抱えていそいそと入り口へ向かう。

「うらやましいなぁ。あ、おれも怪我したらああやって看病してもらえるかも?」

 と妄想しかけて、やめる。

「……ありえねぇか」

 間違いなく、実家に帰されるか病院にぶち込まれて終わりだ。

 長々と嘆息した成実はちょっぴり元気なさげにバイクを駐輪所まで押していった。



 大量の鍵がついたドアを開け、荷物を置いてコートを脱いだ政宗は小十郎の寝ている部屋へ行く前に丹念に手洗いとうがいをする。

 身体が弱っている人間に接するのに、外部から風邪の菌など持ち込んでは大変だ。早く顔を見たい気持ちを堪えて、洗面所をでる。

 綱元は出かけてしまったらしい。静まり返った室内に人の気配はなく、暖房の切れたリビングは肌寒い。

 バイクを置いて戻ってくる成実のためにエアコンを入れようとして――政宗は仰天した。

「小十郎! ダメじゃないかまだ寝ていなきゃ!」

 政宗が洗面所にいる間に寝室から出てきていたらしい。リビングのソファに腰を下ろし、血まみれのリボルバーを掃除している。

 平然としているように装っているが、上半身がふらついていた。

「あぁお帰り。いつまでも寝ていると身体がなまってしまうからな。それに、こいつはちゃんと手入れしてやらないと直ぐに機嫌を損ねる」

 昨夜、激しい銃撃戦を戦った銃にこびりついた血のりはもうすっかり乾いてしまっていた。テーブルに新聞紙を広げた上に分解した銃を

置いて振り返った顔はかなり辛そうだ。

「無理したら傷が開くだろ! そんなの綱元か成実がやればいい。ほら、早く戻って!」

「いや、自分の銃は人に触らせない主義なんでな。そんなに心配するな、大した傷じゃねえよ」

 腕を掴もうとする政宗を軽く避けて、部品を洗う水をくみに立ち上がろうとしたところで――。

「ぁ、危ないっ」

「うっ」

 足をもつれさせた小十郎は、ふらりと姿勢を崩した。

「きゃーっ!?」

 バッターン!

 慌てて支えようとした政宗を巻き込んで、盛大な音を立てて床に倒れこむ。

「あ痛たたた……もうっ、無理するから!」

 押し倒すように政宗を下敷きにしてしまった小十郎は、傷が開いたのか痛みに顔をしかめつつ起き上がろうともがく。

「すまねえ……」

 しかし、力の入らない手足が言うことをきかない。

 細さの割に結構な筋力を持っている政宗も、さすがに大柄な男を持ち上げることはできず全身にのしかかる重さに呻いてしまう。

「たっだいま〜! って、何やってんの!?」

 バイクを置き、おなかへった〜と言いながら部屋に入ってきた成実は床で折り重なって倒れている二人に目を丸くした。

 仰向けに倒れた政宗の上に覆いかぶさるような格好で、起き上がろうと必死になっている小十郎の姿に口の端を上げる。

 ご丁寧に、スカートが捲れた政宗の膝を割るように足が絡んでいる。これはからかうのに絶好の材料だ。

「お邪魔だったなら、出てくけど?」

 にやにや。

「何バカなこと言ってるんだ! 早く、起こすの手伝え!」

「へーい」

 さほど力を入れているように見えない軽い動作で後ろからかかえ、床から抱き起こすととりあえずソファへ座らせた。

 衣服を直しながら立ち上がった政宗の頬がちょっと紅くなっている。

「こじゅ、先生は傷が塞がるまで動くなって言ったんじゃねえの? だめじゃん、起き上がったら。自力で立つことさえ難しいのに」

「銃の手入れをしようとしていたんだ。成実、出来ないか?」

 脇腹を押さえている小十郎の前には、M500が細かく分解されている。

「外装をちょっと拭くだけじゃいけない?」

 綱元の厳命で、銃の扱いだけは教えてもらえない成実は当然ながら手入れの方法も、組み立て方も知らない。

 エアガンの分解清掃とは精密さのレベルが違うのだ。

「触るな! ……血溜まりの中に落としたからな。錆び付くと困る」

「ツナが帰ってきたら頼むしかないな、こりゃ。ほら、肩貸すからベッドに戻る! 自分の状態わかってるだろ? ……あんまり梵に心配

させるなよ」

 足元がおぼつかない身体を支えて、最強の殺し文句を耳元に囁く。

 効果は覿面のようで、振りほどこうとする手がぴたりと止まった。

「成実……お前今回のことに参加するって?」

「うん、こじゅが抜けた穴を埋められるとは思わないけど、おれはおれのやりかたで密売の証拠を上げて見せるよ」

「危険だって解ってるのか」

「解ってなかったらツナはおれを家に帰すだろ」

「……なら、いい。だがくれぐれも無茶はしてくれるなよ。相手は本物の極道だぞ」

「いちおう実家も極道なんだけどね……梵、ドア開けてー」

 政宗に聞こえないようにぼそぼそと喋っていた声を上げた。



 渋る小十郎をベッドに押し込み、一仕事終えた成実は肩を回しながらリビングに戻ってきた。

「困ったもんだねあのおっさんも。んじゃ、後の監視はヨロシク」

「成実はどこへ?」

「や、出かけないけど暫く部屋から出ないから。ゴハンできたら呼んで」

 ひらひら手を振って自室へ戻る後姿を見送って、珍しいこともあるものだと首を傾げた。

 いつもなら、夕食の支度をする政宗に子供のようにくっついてくるのだが。



 種を抜いた梅が入った固めの粥に野菜と厚揚げの煮物、鶏肉の酒蒸し。

 美味しそうな湯気をあげているそれらをトレイに乗せて政宗が部屋に入ってきたとき、薬の効果もあって小十郎はうとうとと半分眠った

状態で身を横たえていた。

「気分はどうだ? 辛いかもしれないけどきちんと栄養はとらなきゃな。身体、起こすぞ」

 トレイをサイドテーブルに載せ、よっこらしょっと上半身を起こさせて楽なように枕の位置を調節してやる。

「悪いな。苦労をかける」

「何言ってるんだよ、怪我してるんだから甘えとけ。それに、その……」

 ライティングデスクの椅子を引っ張ってきて座り、頬を染めて口ごもった。

「好きな人の世話ができるのって……嬉しいし……」

「……」

「……」

「っ恥ずかしいこと言わせるなよ! ちゃんと食べるまでここに居るからな」

 自分で言って自分で赤面しているのだが……。

 恥ずかし紛れにそうまくし立てると粥の入った茶碗を差し出した。

(……可愛い……)

 茶碗を受け取りながら、ちょっと顔を俯けて上目遣いになる政宗の表情に顔が緩みそうになった。

 つり上がり気味の目は怒っているというより拗ねているようにも見えるし、きゅっと結んだ唇は何も塗っていないのに愛らしい紅色をして

いる。

「おいしい?」

 怪我が早く治るようにと特別に栄養バランスを考えて作られた食事は胃に優しく、かつプロ並みの美味しさだ。

 どうやら最近、バイトの折にまつから料理を習っているらしい。

「政宗は料理が上手いな」

「Thanks. そう言ってもらえると作り甲斐があるよ」

 嬉しそうに浮かべる笑顔は花もほころぶかという雰囲気だ。

 唐突に、その絹布のように滑らかな頬に触れたい衝動に駆られ、ゆっくりと右手を伸ばした。

「?」

 林檎を剥いている手を休めた政宗は突然動きを止めた小十郎にどうしたのかと小首を傾げる。

 触れようとした手は、その直前でぴたりと止められていた。

 大人の男性に恐怖を抱く政宗を怯えさせはしないか。本当に、自分はそうしても良いのか、分からない。

 あと少しというところで躊躇う小十郎に、ちいさく微笑んだ政宗は何も語らず、再びナイフを動かし始めた。

 躊躇うことはないのだと、無言のままに促して。



 すべやかな肌に、そっと掌が触れる。

 温かく、柔らかな感触。

 親指の腹で撫でられる感覚がくすぐったくて、猫のように独つ目を細めた政宗は大きな掌に摺り寄せるように顔を傾けて目を伏せた。

 えもいわれぬ優しく甘い空気が二人の間に漂いだす。

 ……その時。

「失礼しますよ」

 がちゃっ。

「「……!!」」

 林檎とナイフをサイドテーブルの皿に置き、ベッドの縁に腰掛けなおして――という、ものすごくいい雰囲気になっていたところ、突然開

いたドアに驚いた二人は慌てて身を離した。

「あぁ、お、お帰りなさい!」

 がたがた音を立てて立ち上がった政宗の声が上ずっている。顔を背けた小十郎の表情は見えなかったが、顕著すぎる政宗の反応だ

けで何が行われようとしていたかは明白だ。

「これはお邪魔でしたか。失敬失敬。どうぞお気になさらず続きをどうぞ」

 ふふふと笑ってドアを閉じようとする綱元に耳まで赤くなった政宗がくってかかる。

「っ、違う!」

「私たちのことはお構いなく。あぁ小十郎は傷が開くといけませんから無茶なことはしないでくださいね〜」

 無茶なことって。

「ちょっ、待て綱元! なんか間違った認識してないか!? あ、待てって……!」

 慌しく綱元の後を追って部屋を出て行ってしまった。

 一人取り残された小十郎はなおもやかましい部屋の外を窺って、憎々しげにドアを睨みつける。

 あれは、絶対、わざとだ。

(遊んでやがるなあの野郎……!)



 騒がしい廊下の声が漏れ聞こえてくる部屋の中は真っ暗で、複数のモニタが放つ光が物の形をおぼろげに縁取っている。

 壁際の一角を占める機械群は独自に加えたカスタムのために、忙しく動いていることを示すランプが点滅していても放熱ファンの音を殆ど

させていなかった。

 その代わりに、エアコンの調整温度を最低に引き下げた室内温度は外気よりも低い。

 人工的に作り出された極寒の中、吐く息を凍りつかせた成実は驚くべきことにハーフパンツとTシャツ一枚という軽装だ。

 機械群の前に置かれたリクライニングチェアに深く身を預け、頭の上半分を覆うような大きなヘッドセットを被っている。

 軽く投げ出された両手首にはリストバンドのようなものが嵌まり、そこから伸びたケーブルはヘッドセットに繋がったものと一緒になって

機械のひとつと接続されていた。

 集中力というものとは無縁と思われた彼だが、ヘッドマウントディスプレイを見つめる目は室外の騒ぎなど聞こえないほど電脳の世界に

没頭するもののそれだ。

 今、成実の意識は完全に外界からの刺激をシャットアウトしている。

 これが『潜水夫ダイバー』と綽名されている希代のハッカーの正体であった。



 数年前、突然ネット上に現れた潜水夫こと成実はガードが固いと言われるサーバへ悉く侵入を果たし、喝采を浴びたものだった。

 大人でも難しいところを、当時小学生だったのだから凄まじい。

 独自に組み上げたPCとオリジナルのツールで次々と愉快犯的犯行を繰り返すうち、彼の正体をめぐって様々な噂が立つようになった。

 成実としては、それこそが目的で侵入すること自体に興味は薄かったらしい。

「おれはクラッカーとは違う」

 入るなといわれているところに入って足跡を残すだけ。

 データを破壊したり、悪質なウイルスを流すようなマネはしないと胸を張る成実は犯罪者にはならないと言ったものだ。

 その差を小十郎や綱元は完全に理解することができなかったが。

 ただ、ハッカーとしての優れた技能と知識はそのまま情報収集やセキュリティコンサルタントとしての役割を果たしたため、彼らの仕事

にも活用されることになったのだ。



 H M Dヘッドマウントディスプレイと両手首に付けられた端子から、直接脳波と神経信号を読み取りキーボード入力の必要性を省くシステムは自作では

なかったが、まだ市場に出ていない試作品ともいえるそれを自在に使いこなすのもまた才能というべきか。

(『今日は軽く探るだけにしておこう。通販サイトに隠された入り口に『盗聴器』を仕掛けて……と』)

 成実の目には、ネット空間が擬似的に視覚化されて見えている。

 ダイバースーツのような格好にゴーグルで顔の上半分を覆った男、というのがそこでの成実がよくとる姿だ。

 どこからか取り出した指先ほどの盗聴器――ゲートを出入りするデータを掠め取るソフトを視覚化したものだ――を『入り口』の隅っこに

貼り付けると、素早くその場から離れて『水面』へ向かって泳ぎだす……。



 こんこん。

 成実が電脳の『海』を泳いでいる頃。

 揶揄する綱元の態度に怒るのは馬鹿馬鹿しいと悟った政宗は約束どおり夕飯が出来たと報せに来たのだが。

「Hey, 成実。メシだぞさっさと出て来い」

 ドアを開けようとするが、内側から鍵でも掛かっているのかノブが回らない。

 しかも、金属製のノブは触れると怖ろしく冷たかった。

「なんだ、これ……」

 長い時間掴んでいることが出来ず、引っ込めた手をさする。

もう一度ドアを叩こうとして拳を作り上げた手を、後ろから伸ばされた手に遮られた。

「綱元? どうして止めるんだ」

「今の成実には誰の声も聞こえません。呼ぶだけ無駄ですよ」

「Why?」

「そのうち出てきますから、放っておきなさい。――きょうは煮物ですか、いい匂いですね」

 綱元の言葉の意味が解らず、首を傾げる政宗。その背中を軽く押して、リビングへ戻るように促す。

「折角のご飯が冷めてしまうと勿体無いですから、先に頂いてしまいましょう」

(早速始めましたか。これで、上手くいくと良いんですが……)

「何か言ったか?」

「いえ何も」

 口の中でちいさく呟いた綱元の言葉を耳ざとく聞きつけた政宗に返ってきたのは完全カバーの例の微笑。

 そんな『何かを隠している仕草』にも慣れてきたのか短く嘆息を漏らし、暖かいリビングへ入ると綱元を振り返って眼鏡の奥の目を覗き

込んだ。

「綱元に頼みたいことがあるんだけど……」

 いちど俯き、ぐっと唾を飲み込んで再び上げた顔は、不退転の決意に満ちている。

「何でしょう?」

 その表情から、なにやら大変なことを言い出すぞと覚悟した綱元も軽く身構えていらえを返した。

「銃の、使い方を……戦うすべを、教えて欲しいんだ」

「――はい?」

 突拍子もないことを言われると思い、軽く心の準備はしていたが。

 あまりのことに、思考が停止する。

「だめか?」

 幾度か頭の中で反芻し、やっと腑に落ちたその言葉に綱元は珍しくその表情を大きく歪めた。

「……なんですって!?」











To be continued...









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似非サイバーパンク(笑) いつから近未来になったんだろこの話;
成実のアレは.hackとかシャドウランっぽいと思う……。
しかし、前者はともかくシャドウランを知っている人自体が少ないという罠。
TRPGなんてもう流行らないよな……ちぇ。昔はGMやってたもんですが。