!! ATTENTION !!

このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。


















Hitmen'n Lolita #20










 夜もすっかり明けた頃、様子を見に来た綱元は予想していた通りの展開に苦笑してしまった。

(なるようにしかならない。人の心というものは不思議なものですね……)

 昨夜よりも幾分やわらいだ表情で眠る小十郎の布団へ突っ伏すように政宗は寝息を立てている。

 その白い指先を、小十郎の手にゆるく掴まれたまま。

 二人とも、幸せそうだ。

(これで、良かった――のでしょうか)

 深入りするなと警告したのは自分だった。しかし、互いに魅かれてゆくのに気付いても止めることもまた、しなかったのだ。

 心の行方を遮る権利など、誰にも無い。この、怖ろしく不器用な男のために多少のお節介をすることはあっても。

 恋愛という感情を欠落させている綱元は、余人とは少し違った目線で二人を傍観するだけ。

 ただ、哀しい終わり方をしなければいいと願っている。



 心地よさげに眠る少女を起こしてしまうのは少々可哀想な気もしたが、このまま寝かせておくわけにもいかなかった。

「政宗、起きてください。学校に遅れてしまいますよ」

 小十郎を起こしてしまわぬよう声量を落としてそっと揺り起こすと、ちいさく呻いてほどなく覚醒し、目を擦りながら身を起こす。

「もうそんな時間……って、俺寝てた!? Sorry!」

「大丈夫ですよ、小十郎の容態は安定しているようですし」

 すっかり恥じ入る政宗。まだ掴まれたままだった手を名残惜しげに外し、優しい手つきで小十郎の頬を撫でるとベッドのへりから腰

を浮かせた。

「うん、よく眠ってるみたい。さっき一度目を覚ましたんだ」

 そこでほんのり頬を染めて。

「学校へ行く前にお粥を作っておくから、起きたら食べさせてやって」



 心配そうに何度も振り返りながら、成実の運転するバイクにタンデムして二人が出かけて行ったあと、それと入れ替わるように毛利

医師が訪れた。

「早くから申し訳ありません」

 往診鞄を提げた毛利医師を迎え入れながら恐縮する綱元。職業柄、一般の病院へは行けない傷を診てくれる彼がいなければ二人

の命は既に無いのだ。

「構わぬ。……昨夜は連絡が無かったが、患者に変わりはないか」

「はい、おかげさまで。こちらです」

 リビングから続く廊下を先に立って歩く綱元に毛利医師はもののついで、といわんばかりの口調で問うた。

「そなたの方はどうだ?」

「は?」

 問いの意味を理解できず、何のことかと首をめぐらす。

「血は未だ怖ろしいか、と訊いておるのだ」

 昨夜、撃たれて大量に出血した小十郎を見てひどく青ざめていたことを指摘され、再び背を向けた綱元は苦笑い。

「まぁ、仕事ができなくなるほどではありませんけれど」

 血の色が怖いのではない。人の死、そのものが。

「恥じることは無い。そなたのような経験をしてまともでいられる人間の方が問題だ。……また折を見てカウンセリングに来るが良い」

「……ええ。今の仕事が終わったら、しばらく休業するつもりです。そうしたら」

 淡く微笑んで、小十郎の部屋のドアをノックした。

「小十郎、先生が見えましたよ。入りますね」

 ドアの奥から、おう、と小さな声。大きな声を出すのも辛いらしい。



 包帯とガーゼを外し、消毒しながら傷の具合を診る。無残に抉られた脇腹は既に血は止まっているものの、ある程度傷が塞がるま

ではあまり動くなと言い渡した。

「感染症は起こしていないようだが、化膿止めと抗生物質を出しておく。風呂には入ってはならぬ。辛かろうが、しっかりと栄養を摂っ

ておけ。貧血が治らぬぞ」

 ついでに喫煙と飲酒も禁止であると告げると、うっという顔になって目を逸らした。酒はともかくとして、愛煙家にそれはキツい。

「良い機会ですから禁煙したらどうですか? 健康のためにも」

「余計なお世話だ」

 ベッドサイドの小卓にあったピースの箱とライターを取り上げた綱元に同調して頷く毛利医師共々渋い顔で睨みつける。

 が、やはり傷が痛むのだろう。普段は泣く子も黙る迫力をもつ顔つきもどこか精彩を欠いていた。

「……治るまでな」



「食事はとれそうですか? 今朝、政宗がお粥を作っていってくれました。ちょっとでも食べて体力を回復しなくては」

 毛利医師が帰り、注射された鎮痛剤が効いて少し眠そうにしている小十郎に「薬を飲むなら何か食べなければ」と小ぶりの土鍋と

茶碗を持ってきた。

 米から丁寧に作られたそれはとても手間のかかるもので、昆布でとった出汁と塩のみのシンプルなものながら香りからして美味し

そうだ。

 ほぼ徹夜で看病していたというのに、こんなものまで。

「よかったですね」

 木匙と共に茶碗を手渡し、にこりとする綱元。

「何がだ。こんなことになって……情けねぇ」

 迷惑をかける。と軽く頭を下げた。とはいえ、動けないためにほぼ頷くような形だが。

「昨夜、一晩中貴方の傍から離れようとしなかったんですよ、彼女。いじらしいじゃありませんか」

「……」

「今朝だって、こうしてお粥まで作っていってくれる。好意がなければそうそうできることじゃないですよ」

 柔らかな湯気を上げる粥をひと匙含む。弱った体に温かく沁みるその味は、政宗の想いそのもののような優しさであった。

「……そうだな」

 明け方の、あのやりとりを思い出す。夢だったのではと思うほど、俄かには信じがたい言葉。彼女の気持ちがそこまで行っていた

なんて。

『小十郎が、好きだ』

 幼いまでにストレートな告白。抱きついた痩躯の熱と、微かな慄え。密やかな息遣い。

 すべて、現実なのだ。叶わぬ願望が見せた幻などではなく。

 だがしかし、小十郎はこれを純粋に喜ぶことが出来ない。

「重要なのは『今』でしょう? どうなるかも判らない先のことを考えて心配するのは杞憂というものです」

 難しい表情をつくり、無言で粥を食べる姿から何を考えているのか目ざとく見て取った綱元は諭すように言った。

「後悔だけはしないように」

「綱元。お前」

「何ですか」

「気色悪いぞ」

 真剣な表情でいつもの彼らしくないと言われ、むっとなった綱元は包帯の傷口のある部分を軽く小突いた。

「ぐっ……!」

「憎まれ口をたたくほどの元気があれば平気ですね」

 痛みに声も出ず、涙目なって恨みがましげに睨むしかない小十郎にしれっと言い放った。

「昨日の状況を話してもらいましょうか?」



「連中、こっちの動きを読んでいやがる」

 食事を終え、大量の薬をやっとのことで飲み下した小十郎は苦々しげに切り出した。

 最初から交渉の余地もなく銃撃戦に入ってしまったことを告げる。

「売人どもは間違いなくクロだ。銃を向けても顔色一つ変えねえ。しかも、俺の顔を知っていた……ただの下っ端じゃねえな」

「襲ってきた者たちは、身元がわかるようなものを何一つ身に着けていませんでした。その売人の死体から携帯を取り出そうとしたの

ですが……」

 ゆるく首を振って、忌々しい……と呟く。

「自分で壊していましたよ。彼らもしたたかですね」

 己の死を悟って、糸を手繰られないようにするとは。

「怖ろしい忠誠心だな。織田組の構成員ってのは」

「あの組織は伊達組と違って絶対的な恐怖で縛る、ある意味ステレオタイプな『暴力団』ですから」

 さもありなん。害虫でも見るような目つきで見えない敵を睨み据える。

「名が売れていることがこんなところで足枷になるなんて思いませんでした。もう直接的な手段は使えません」

 彼らが無名の始末屋だったなら或いは上手いこと潜入できたのかもしれない。だが残念ながら裏社会では名の知れ渡った二人である。

 それでも、売人達がただの売人であれば、名前は知っていても顔まではわからなかったはずだ。

 知っていた、ということは。

「織田組の人間であることは疑うべくもないのですがね……」

「くそっ。状況証拠だけではネタを挙げられん」

 せめて、売人の携帯が壊されていなければ。

 ぎしりと歯噛みをして拳を握り締める。

「過ぎたことを悔いても仕方ない。他の手を考えますよ」

 小十郎のために白湯を用意するときに一緒に持ってきた自分のコーヒーをすすって、まだ終わりではないと微笑んでみせる。

「ところで……成実のことなんですけど」

「なんだ?」

 突然話題を変えた綱元に何事かと首を傾げる。

「自分も調査に加わると言って来ました。貴方が動けない今、正直手は足りない。彼の言い分も尤もですし、今度は受け入れるべき

だと思うのです」

「!? あれは、お前が『外れたほうがいい』と言ったことじゃないか。何を今更」

 今までのターゲットとは格が違うのだ。成実は普通の高校生ではないが、危険すぎると。

 しかし、傷が癒えるまで療養生活を強いられるのは確かで。

 溜息混じりに俯き、首を振った。

「……あいつの手は汚させたくなかったんだがな……」

「しかし成実は伊達組の次期総長となるべき人です。組を守りたいと思うのは当然のことでしょう。それに、彼が参加してくれるなら

私たちでは出来ない手が使える。……まさか私だって十五の子供に銃を持たせようなんて無茶は言いませんよ」

 はっきり言うと、成実に戦闘能力は期待していない。趣味のダーツが高じて投げナイフの腕は綱元をして舌を巻くほどだが、それは

最悪の状況――巨大組織同士の抗争に発展してしまった後で必要になるものだ。



 成実に出来て、小十郎たちに出来ないこと。

 それは、彼が独学で身につけたハッキング/クラッキング技術である。



「とにかく、今は傷の回復に専念してください。……もし、抗争になってしまったら貴方が頼りなんですからね」

「お前の精密射撃もだろうが」

 ハンドガンを用いた近接戦闘を得意とする小十郎に対し、綱元はスナイパーライフルの使い手だ。軍隊上がりだという彼の技量に

はそうそう敵う者がない。

「そうではありません。政宗を守ってあげるのは貴方でしょう?」

 ふらつく身体を寝かしつけ、ばさりと毛布を掛けた綱元に複雑な表情で壁の方へ顔を向けた小十郎は力が入らないながらもはっき

りと頷いた。

「あぁ、そうだ」



 一方、学校では――。

 小十郎が心配でならない政宗は、授業も上の空で昼食も喉を通らないという有様であった。

「ほとんど寝てないんだし、せめて食事だけはとらないと梵まで倒れちゃうよ」と差し出した購買のパン(これを買うのに厳しい争奪戦

を根性で勝ち抜いたらしい。一番人気のカツサンドである)にも緩く首を振るだけで。

 しょぼん、という表現が似合いそうな表情でうなだれた成実。屋上のフェンス際に並んで座る二人の間に気まずい沈黙が落ちる。

 小春日和の陽だまりの中だというのに、暗く沈みこんで顰められた柳眉は寒風に耐えるもののそれのようだ。

「……なあ、成実」

「ん? 何?」

 ふいに、それまで沈黙を保っていた政宗が口をひらいた。

「小十郎を撃った奴って、誰?」

「……」

「わからないのか? 仕事の相手なんだろ? 教えてくれよ、誰なんだ」

 少し離れて座っていた間をつめ、真摯なまなざしで問い詰められる。だが成実は厳しい顔で目を逸らした。

「悪いけど、それは教えられない」

「どうして!?」

 政宗は今にも両手を成実の肩にかけて揺さぶりそうな勢いだ。

「逆に訊くけど、知ってどうするのさ?」

「それは……」

「ごめん、酷い質問だね。……気持ちは解る。好きな人を傷つけた奴が誰か知りたいっていうのは誰だって思うよ」

「……好きっていうか……」

 ほんの僅かに頬を赤らめる様子に(可愛いなぁ)と相好を崩しかけるも再び表情を引き締めて。

「でも、知ってしまったら危ないことになる。相手はマトモな連中じゃない。梵が想像するよりもはるかに危険な奴らなんだ」

 心細げな肩をきゅっと引き寄せ、あやすように撫でる。

「おれもツナも、勿論こじゅも。梵を危険な目に遭わせたくない。何とかして守ってあげたいんだよ。こじゅをヤった奴に仕返しは必ず

するけど」

「俺が、弱いからか?」

「っ、違う!」

 成実の言葉を遮ってぽつ、と放たれた言葉に驚いてぶんぶん頭を振って否定する。

「成実たちの言いたいことは、解る。我侭言ってるのも解ってる……。でも、守られてるだけなんて嫌だ……!」

 自分に何ができるかと訊かれれば、なにもできないだろう。

 多少格闘技に長けているくらいではどうしようもない相手なのは容易に想像できる。

 今のままでは、足手まといになるのがせいぜいだ。

 でも。何もできずに見ているだけなんて。

(うぁー……こじゅには勿体無いよ、こんな良い子……)

 昨夜の顛末を綱元からこっそり聞いていた成実は天を仰いで溜息をついた。

「ねえ、梵」

 抱き寄せていた肩から手を離し、予鈴が鳴り始めるのを聞きながら政宗に向き直るとニッっと笑ってみせた。

「梵にしかできないことって、あるんだよ」

「What?」

 きょとんとして小首を傾げる。

「なにも前線に出るだけが戦いじゃない。背中を守ってくれる人がいないと。……こじゅが一日も早く元気になれるように手助けして

あげて欲しい。それができるのは梵だけだ」

 銃後を守るのもひとつの戦いであると言い切った成実は、おさまりの悪い政宗の髪をくしゃっと撫でて。

「こじゅって頑固だからねー。ちょっとやそっとでは人の手を借りようとしない。あのオッサンを大人しく療養させるのは大変だよ?」

 でもきっと梵の言うことなら聞くんじゃないかな。そう続けて立ち上がると「いーい天気だなぁ」と伸びをした。

 初冬の青空はどこまでも澄んで、うなだれる政宗の気持ちなど知らぬげに遥か高みを鳥が飛んでいた。











To be continued...









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長々とお待たせしてしまってすみませんでしたm(_ _)m
の割には話が全く進んでいない罠。のおおおおぉぅ……_| ̄|○