!! ATTENTION !!

このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。

















Hitmen'n Lolita #2









 張られた頬がじくりと痛む。細い指を持つ小作りな手から繰り出されるには、正拳突きや掌底打よりはよほど似つかわしい。と思わず

笑いそうになった。

 男をはり倒した姿勢のまま、今にも噛み付きそうな表情で……その実何を言えばいいのか解らず相手の反応を待っているような少女

を前に煙草を取り出し、ゆっくりと紫煙を吐き出すと、路地の隅に落ちていた上着と鞄を拾った。

「また襲われたくなければさっさと家に帰んな。――あァ、電車はもう無えか。警察行くか?」

 差し出された鞄と上着をひったくるように受け取り、ぎゅっと胸に抱えた少女は警察、という言葉に頭を激しく横に振った。

「なんだ、家出してきたのか」

「……」

 相変わらず黙したまま唇をかんで俯いている。その時男は少女の顔と足に傷や打撲跡が驚くほど多いことに気付いた。ブラウスに覆

われて見えないが、恐らく腕にも同様に傷があるのだろう。それらはやや古く先刻チンピラたちに襲われたときに出来たもの、ではないようだ。

(これは、面倒なのに関わっちまったか)

 しのつく雨に傘もなく立つ少女が急にとても頼りなく弱弱しいものに見える。先ほどまで勇ましく暴漢を叩きのめしていた人物と同じ

であるとは思えないほどに。

「警察は厭で、帰るところも無し、か。しょうがねぇな」

 首を突っ込んだのは自分の方だ。煙と共に溜息をつき、今晩だけ泊めてやる、ついて来な。と続けた。

「…………」

「どうした、水玉? 別に何もしやしねえよ。ガキに興味は無ぇ」

 背を向けて歩き出したが、そこから動く様子の無い少女に振り返る。

「少なくとも、さっきのチンピラみたいな奴らにマワされるよりはましだと思うがな。……来ねえのか? 余計な世話だったんならこのまま

消えるぜ。じゃあな水玉」

 確かに、突然現れた素性も知れぬ男が、チンピラとの間に入ってくれたとはいえ善人とは限らない。疑うのも無理は無いだろう。それに、

この後少女がどうなろうと知ったことではないのだ。別に、来ないならそれはそれで。

 再び歩き始めた男の背後で軽い足音がして、コートの裾が軽く引っ張られた。

「ん? 来るんだな?」

 見上げてくる独つ目は未だ懐疑と不安で揺れていたが、男の問いにこくり、とひとつ頷いた。



 路地を出て1ブロックも離れていない雑居ビル。古びた壁面は煤け、通りに面していない側壁は色鮮やかなグラフィティアートとただの

悪戯書きが混ざり合っている。一階は流行っていなさそうな喫茶店で、今はシャッターを下ろしている。店の脇にある通路に入り、幾つか

並んだ郵便受けから封筒やら新聞やらを取り出すと、エレベーターの呼び出しボタンを押した。

「そういや名前を聞いていなかったな。別に水玉でもいいがアンタはあまりそう呼ばれたくないだろう?」

 そう言って振り向くと、水滴を落とす髪をかき上げながら鬱陶しそうにリボンタイを緩めるところで内心(うわ。)となりかけてさらに軽く焦る。

何、こんな小娘の仕草に動揺してるんだ自分は。

「……政宗」

「政宗? 珍しいな、男名前じゃないか。アンタの親は男子が欲しかったのか?」

「I don’t know.」

 親、と言われて微妙に顔をゆがめた少女……政宗は横を向いてそうつぶやいた。

 言葉遣いまで男のようで、それがかなり美人、の類に入るだろう顔立ちと釣り合わないかといえばそうでもなく、独特の雰囲気を醸し出している。

「確かに、どうでもいいな。……俺は片倉小十郎だ。小十郎、で構わん」

「こじゅ……古臭っ」

 手厳しいな、と笑って。

「古臭いのはお互い様だ」

 エレベーターの扉が開き、最上階のボタンを押す。軽く床に押し付けられる感覚と共に上り始めると政宗は自分の前に立つ男をそっと見上げた。

 どことなく、普通ではない雰囲気を感じる。先ほどのチンピラのナイフと自分の蹴りを同時に止めるなど、並みの反射神経では出来ない筈だ。

 鍛え上げられた長身にロングコート。黒髪はきっちりと整えられている。そして、左の頬に、傷跡。

(……暴力団?)

 そう、よく映画などで見る所謂『ヤクザ』に非常に良く似た空気をまとっているのだ。この小十郎と名乗った男は。

 その予想が正しければ、もしかすると自分はもっとヤバい相手に連いてきてしまったのかもしれない。しかし、あのまま夜の街に取り残される

のは正直恐ろしかった。勢いで飛び出してきたために今更帰るわけにはいかない。あの家には。

(No! 戻れない……戻りたくない!)

 けれど他に、行くあてなど。

 古びている割には滑らかに止まったエレベーターを降りると狭い廊下の先にありふれた鉄扉が見えた。表札の類は無く、政宗が心配したような

代紋なども勿論見当たらない。

「ここだ。……男所帯だからちょっとちらかっているが。悪いな」

 そう言いながら小十郎はおもむろにリングで連ねられた鍵束を取り出した。じゃらり、と金属のこすれあう音がする。扉を良く見てみると、異様

なほど鍵が付いていた。ただの雑居ビルだから、後付されたものであることは明らかで、そのなかの一つはパスコード入力式の電子錠である。

 雑多な鍵のなかから一つとして間違うことなく開錠する作業が暫く続いた。最後に電子錠のコードを不審気な政宗の視線からさり気なく隠し

ながら入力すると小さな電子音が響き、やっとのことでノブに手をかける。

「Hey,随分用心深いんだな」

「まあ、そんなところだ」

 どう考えても常識の範囲を逸している鍵の多さを問いただすのを曖昧に受け流した小十郎はドアを押さえて「どうぞ」と招き入れる。

「あぁ、靴は脱がなくても構わないぞ」

 部屋を一見して気付く、生活感のなさ。入って直ぐに広いリビング……というよりはどこかの事務所かという雰囲気の殺風景な空間は

無駄に広いだけに一層無機的な印象を受けた。

 元々がオフィス用のビルを住居にしているためだろう。床は灰色のリノリウムだし、壁の一面を占める窓にはカーテンではなくブラインドが

下りている。いうまでもなく照明は蛍光灯。これで机やキャビネットがあればまさに『職場』といった感じで。

 ちらかっている、と言われた割には物がない部屋だった。壁際に置かれた大き目のテレビと、その前に低いテーブルに革張りのソファ。

テレビ台の下にはゲーム機などがあったりして、この人がゲーム? と思わずちらっと見てしまう。なにやら難しそうな本や雑多なコミックス、

よく解らない雑誌とグラビアアイドルの写真集、という整合性のない本棚の隣にはダーツの的。

 ひとフロアを専有しているらしい部屋の奥にはキッチンや寝室などがあるらしく、そこへ通じるドアは今は閉じられている。

「……ここ、一人で住んでいるのか?」

 無造作に脱いだコートをソファへ投げる小十郎へ問いかける。一人で暮らすには些か広すぎる感のある部屋だ。

「あと二人、いる。今は出かけているから会うことはないだろうな。……そのほうがいい連中だ」

「っくしゅん!」

 一緒に住んでいる割にはあまり関係が良くないのか、ちょっと厭そうな顔で返って来た言葉に可愛らしいくしゃみが被った。

 長いこと雨に当たって濡れた服がすっかり体温を奪ってしまったのだ。ちいさく震えて両手で自分を抱きしめる。

「む、いかんな。今タオルを持ってきてやるから適当に座ってな」

「Sorry…」

 こちらも水滴を落とす髪をかきあげる小十郎。前髪が落ちると存外若く見えて、もしかして本当に「オッサン」じゃないのかもと後姿を目で追った。

「あー、その服も乾かした方がいいな。寒いだろう?

タオルタオル……ちっ、成実の奴、きっちり畳んで仕舞えって言ってるのにあのクソガキ……」

 部屋の奥へ通じるドアの向こうへ長身の影が消えるとなにやらごそごそする物音。同居人の名前だろうか、ずぼらであるらしい

相手への罵倒が小さく聴こえて政宗は思わず笑ってしまった。強面の割りに意外と几帳面な人物であるらしい。

 ややあって、両手にタオルと綺麗に畳まれた布の塊りを持って戻ってきた。

「とりあえず、これで拭いておけ。風呂を立てたから厭じゃなければ入るといい。その服のままでは風邪をひくぞ。男物で悪いがこれでも着てな」

「Thanks. ……ええと」

 渡されたタオルと布……彼の寝巻きらしいそれを有難く借りることにした政宗だったが、そこで疑問を感じてしまう。なぜ、初対面の

人間にここまで親切に出来るんだろう? やはり、なにか下心があるのではなかろうか……。

「親切すぎて気味悪いか?」

「いや、そういうことじゃ……でも、こんな俺みたいなやつに。さっきは殴っちまったし」

「……気まぐれさ。心配するな、他意はねえよ」

 うつ向き気味になる政宗の頭をわしゃっと撫でて「ほら、行ってこい」と促した。

 他人に優しくされることに慣れていないらしい、戸惑いの視線。不安げに見上げてくる上目遣いの表情が妙に保護欲をそそるのだ。

(おかしなことになったものだ)

 子供の相手は同居人の一人が激しくガキである所為で慣れている。彼女もあいつと同じくらいの年頃だろうか。

「風呂場はそのドアを入ってすぐ右だ。好きに使っていい」


 政宗が部屋の奥に消え、風呂を使う水音が聞こえ始めると、缶ビール片手に新聞を読み始めたがどうにも落ち着かない。

 あの目が。やや茶色みの強い、美しい独つ目が妙に印象に残って。

 つよい光を放つくせに酷く傷ついた何かを感じさせる。あまり深入りしない方がいい、と自分の冷静な部分が警告するが、意識

せずとも気になりかけている自分に(ハッ。ただの小娘になんだ。何があるんだ?)と問いかけること自体が既に踏み込み始めている

ことだというのに小十郎は自覚していなかった。



 風呂を使わせてくれるという好意に甘えて熱いシャワーを浴びながらやっと人心地ついた政宗は、傷だらけの己の肉体を

見下ろして溜息をついた。

 腕や足だけではない。なによりも、忘れがたい大きな傷跡。

 もう光を捉えることのない、右目。

 ずきりと熱をもって主張してくる、否応なしに植えつけられた奥深い疼き。

 それらの原因となった人たちのことを思うと、怒りよりは哀しみが強くてふいに涙が出そうになった。

(あの人たちは、決して小十郎のように俺に接することはなかった)

 だから、彼の優しさ(それが気まぐれであったとしても)は衝撃的なまでに感じられる。

 何者なんだろう、あの人は。

 そして、これから自分はどうしたらいいんだろう?



 彼女が風呂に入ってから随分経つ。すでに新聞は閉じられて、自室から持ち出してきた灰皿に短い吸殻が数本転がっていた。

壁にかかった時計を見上げると針は二時を指している。

 と、気配を感じて小十郎は顔を上げた。半ばほどになった煙草を灰皿に押し付け、懐に手をやると足音をさせずに玄関へ歩み寄る。

ドアに付いた覗き穴から外を見て――

(!! まずい! ……いや、何がまずいんだ別にやましいことはないだろう? いやでもこれはちょっと……なんでお前ら今帰ってくるんだ!)

 思わぬ人物を扉の外に認め、なぜか焦る。確か、昼間に電話したときは「まだかかるから戻るのは明日以降」と言っていたはずなのに。

 ピンポーン。

(「おーい、こじゅ〜。ドア開けてー! 鍵出すの面倒くさいんだよ。いるんだろ?」)

 ドアの外から、歳若い少年の声が軽い語調で言ってきた。

「待て成実、今開ける。……綱元は?」

 いくつもある鍵を中から開けながら、今一人の同居人はどうしたのかと尋ねる。

「車に忘れ物して戻って……あ、来た」

 重たい鉄扉を開けると、丁度エレベーターのドアが開くところだ。

「……戻るのは明日と聞いたが。しくじったのか」

「ああそれはね、結局張ってた相手が他の組の鉄砲玉に」

「小十郎、残念ながら今回は無駄足でした。また織田組に先を越されて」

「連中もそろそろ本腰入れてきたってことか。面白くねえな」

 クラッシュジーンズに黒いパーカーとニット帽というラフな格好の成実に対して、綱元と呼ばれた男は一見するとIT系ビジネスマンふう

のノーネクタイオフィスカジュアルといったいでたちで、柔らかな物腰と相まってごく普通の人間に見える。どこにでもいる高校生にしか

見えない成実もしかり。しかし、三人の交わす会話は明らかにきな臭く、三者三様その眼光の鋭さは見た目を裏切って凄惨な世界の住人

であることを如実に語っていた。

「ったく、時間の無駄! どうしてくれんだよ明後日からおれ、中間試験なんだぜ」

 どかっと音をさせてソファに座り、ニット帽を取ると盛大に溜息をついて見せた。帽子の下の髪は艶のない亜麻色だ。

「成実はいつも学年最下位なんだから関係ないでしょう、試験勉強など。どうせ勉強なんかしたことないでしょうに」

「馬鹿にするな。体育じゃトップだ!」

「試験があるんですかそれ」

「……ねぇよ」

 手に下げ持っていたアタッシュケースを部屋の隅に置いて、大仰に嘆く成実へ静かな口調ながら容赦ないひと言を投げかける綱元。

「留年決定ですね」

「うわあぁィやべえっ! 伯父貴に殴られる!!」

「まともに勉強しないテメェが悪いんだろう、成実」

「ああっ、そんなこと言わないでこじゅ〜。おれを助けてよ……ん? ねえ、誰かいるの?」

 今にも泣き出しそうな顔で大人二人に懇願していた成実がひく、と鼻を動かして問うた。かすかに、石鹸のにおいがする。

「ん? あ、ああ……まあ、な。テメェには関係ねえ」

「そういえば。なんです、また女ですか」

 懲りませんねえ貴方も。といわんばかりの流し目。

「いや女っていうか、そういうのでは……」

 説明しかね、口ごもる小十郎。疑惑の目を向ける綱元とそんな二人を面白げに見上げる成実の前で、ドアが開いて政宗が入ってきた。

「Thank you. でも借りたやつズボンが大きくて……、あ」

『…………!!!!?』

 洗い髪を拭きながら入ってきた政宗と、綱元&成実が互いを認めて声にならない衝撃が走った。思いもかけぬ少女の姿に成実の目が

大きく見開かれる。

 思わず引きつった顔のまま心の中で頭を抱えてしまう。あああどうしてこういうタイミングで!

 しかも、借りた寝巻きのズボンが大きくてひきずるどころか、すとんと落ちてしまうために膝上まである上着だけといった格好の政宗は、

見ようによっては非常に危険だ。

「……あ……えっと……お、お邪魔してます」

 思わずぺこりと頭を下げた。

「……ども」

 つられて頭を下げ返す成実。

「……小十郎」

 誰より早く硬直状態から立ち直った綱元が、呆れたというよりも哀れみの目で小十郎に向き直った。

「貴方が誰と付き合おうと知ったことではありませんがね。異常にストライクゾーンが広いのも知っていますよ。

でも、下はまずいでしょう下は。それとも援交ですか?」

 さらり、と言い放たれた言葉に政宗が真っ赤になって俯く。

「こじゅって、さあ……そういう趣味があったんだ? こんな可愛い女の子連れ込んで」

 成実までもが軽蔑のこもった口調で言ってくるのに、ついに小十郎がキレた。

「違う! 断じて違う!!」

「いや、別に同意の下でのことなら構わないのではありませんか」

「あんな格好させて、いやらしいね〜」

「違うって言ってるだろうが!!!」




To be continued...









ようやっと伊達三傑が出揃いました。
しかし……これでオフィシャルで全く違う雰囲気の人たちだったらマジヤバイ(汗)
政宗がハダカYシャツ(死ぬがいい!)だったり、誤解されたりタイヘンです。
むしろヘンタイです。Highさんが。 だって楽しいんだ!

個人的綱元のイメージって、武人というより頭脳労働者って感じ。
ま、実際そういうポジションの人だったらしいですから〜。