!! ATTENTION !!
Hitmen'n Lolita #19
「ダメとは言わせねぇ。元々は伊達組の問題なんだから。次期総長のおれが黙って見ているだけじゃ、誰も認めちゃくれない。自分
ついに告白シーンキター!!
このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。
とこのシマは、自分で守るさ」
小十郎や綱元のように強いわけじゃない。頭がいいわけでもない。正直、たった15の自分に何ができるかといえば何も出来ない
のかもしれない。
けれど、これ以上蚊帳の外に置かれるのは我慢ならなかった。
「その話は後にしましょう」
固い表情のまま、綱元はドアを開けた。それで、それ以上成実は何も言えなくなってしまう。
部屋に入ると、泣きそうな顔でベッドを整えた政宗が待っていた。いつも一緒に寝ているテディベアを縋るように抱きしめて。
「……心配すんなって。傷そのものは浅いって先生も言ってたそうだし」
重たい身体からワイシャツを脱がせると、厳重に巻かれた包帯の白さが痛々しかった。徹甲弾がかすめたそれはぼろぼろに引き
裂けていて、ずっぷりと血を吸った布はすでに乾きかけて赤黒く染まっていた。
それを受け取った政宗は自分が血を流したかのように顔をゆがめている。
「病院は!?」
こんなに失血してしまっているなら、早く輸血を受けないと出血多量で死んでしまう!
傷は浅くとも、こんな簡単な処置だけでいいはずがない。
急き込むような政宗の問いに綱元はゆっくりと首を振った。
「銃創では警察に通報されてしまいます。輸血しようにも、彼はちょっと珍しい血液型でしてね。死ぬのなら、彼の命数はそれまでだった
ということです」
「そんな……!」
ひどい、と続けようとする政宗を強い視線で抑えて綱元はなおも言葉を続ける。
「それは小十郎も覚悟の上です。……こういう仕事をしている以上は」
「だからって」
これで、取り返しのつかないことになってしまったら……!
小十郎を寝かしつけたベッドの脇に膝をつき、掛布をぎゅっと握り締める。
「私は、人が死ぬところを数多く見ている。だから、助かる者とそうでない者の見分けはつきます。大丈夫、彼は死にませんよ」
本当に? 涙目で見上げる政宗に薄く微笑んで頷いた。
「さ、時間も遅いことですしもう寝てください。成実、私の部屋を使っていいですから今夜は彼女に貴方のベッドを貸すように」
「そりゃ構わないけど……ツナは?」
「私はここにいます。誰かがついててあげないと」
ライティングデスクの椅子を引き寄せて、一晩ここにようという構えだ。
「行こう、梵。明日も学校なんだし。こじゅはツナが看てるから」
ベッド脇に跪いたままの政宗の肩をそっと抱いて立ち上がらせようとした成実だが、彼女は頑として動こうとしなかった。
ゆるく首を振って、「小十郎の傍にいる」と。
「貴方が看病を?」
こく、と頷きながらも綱元には背を向けたまま、視線は眠る小十郎の苦しげな寝顔に向けられている。
「……わかりました。私はリビングにいますから、なにかあったらいつでも言ってくださいね」
暫く沈黙したのち、床では冷えるからと椅子へ座らせてあっさりと引き下がってしまった。
「え、ちょっとツナ、いいの?」
「成実、貴方も来るんです」
椅子に座った政宗と綱元を見比べて、軽い驚きを見せる。いかにしたって、彼女に小十郎の看病を任せるなんて綱元らしくない。
「いいから」
成実の背中を押して追いたてながら小声で、
(「どうしても傍に居たいようですから、好きにさせてあげましょう。それに、目覚めたときにムサい男が看病しているよりいいじゃない
ですか」)
「……」
今度は何を企んでるんだよ。そう言いたげに半眼になる成実へ意味ありげな微笑を寄越し、静かにドアを閉めた。
二人が去って、部屋には政宗と小十郎が残された。
ふいに寒気を感じて細い肩を震わせる。夜半を過ぎて雨が降り出したようだ。
ぐっと気温が下がった室内は静かで、表通りの喧騒も間遠い。
眠っているというよりも意識を失っているのに近い小十郎は、鎮痛剤を与えられているにも関わらず苦しそうな寝顔で。
深い傷を負えば熱が出るものだが、そうする体力もないらしい彼の頬に触れると氷のようで政宗はその冷たさにぞっとした。
(死なないで)
掛布の上に出された手をとり、ぎゅっと胸に抱いた。自分の熱を分け与えようとするかのように。
(死なないで)
段々と下がってゆく体温。力が抜けてぐったりとした身体。顔を見たいとは思っていたけれど、こんな形で叶うなんて。
自分は、まだ彼のことを何も知らない。
初めて出会えた、信じても良いと思えたひと。
不器用な優しさと、傑然とした強さと、鷹揚な包容力と。
時折見せる、ちょっと抜けたところ。
寡黙な横顔。自分に合わせるゆっくりとした歩調。煙草を喫うときの手の形。低い声。いつも身に着けているコロンの香り。
気が付けばいつだって、彼のことを目で追っていたのだ。
初めて出会ったときから、ずっと。
誰一人として気に掛ける者がなかった。誰も優しくなんかしてくれなかった。誰のことも信用できなかった。
ただ、恐怖と猜疑だけが彼女に与えられる全て。
『――笑っていてくれよ。俺は、アンタに悲しい顔をされるのが辛い』
『誰もアンタのことを責めない』
『醜くなんかない。綺麗だ。とても』
そんな暗闇のような世界を切り裂いて、眩い場所があることを教えてくれたひと。
(死なないで……!)
もっと知りたい。色んな表情を見せて欲しい。一緒に居たい。どうか、居させて。
この感情を何と呼べばいいのかなんて解らない。
けれど、確かに想いはここにある。
やっと気付いたのだ。得がたいものが自分の心に根ざしたことを。
まだ何も始まっていない。こんな気持ちを抱えたまま、別れてしまいたくない。
温かく柔らかな感情を湛えた彼女の心はあまりにも脆くて、まだ傷や痛みを受け入れられるほどに強くはないのだ。
だから。
「もう、ひとりに、するな……!」
耐えられない。きっと、小十郎がいなくなってしまったら。
冷たい手に頬を寄せ、睫を伏せた政宗の独つ目から涙がぽつりとひと粒、零れ落ちた。
希薄な意識の中で幾度も目を覚ます。
薄ぼんやりとしたまどろみは心地よく、奇妙な浮遊感があった。
痛みはない。全身を支配する喪失感と倦怠感は大量に血液を失った所為だ。
目を覚ますたび、優しい手が頬を撫でていた気がして――居心地の良い温かさにうっとりと目を閉じる。
浮かび上がり、落ちてゆく感覚を繰り返す半覚醒の中、小十郎は夢を見ていた。
『俺たちの後ろには織田組がついてるんだぜ。今日がテメェらの命日だ、覚悟しな』
十代の頃。暴走族のヘッドをやっていた自分。
敵対するチームがヤクザの傘下に入り、武器と人員を供給されてボコボコにやられた日。
(織田組……つくづく因縁深いことだ)
瀟々と降る雨の中、半死人状態の自分に手を差し伸べた細身の影。
『その歳になってまだ下らない喧嘩を続けるつもりですか』
(思えばあいつとも長い付き合いだ)
『覚悟があるのなら、私と共に来なさい』
始末屋として生きることを選んだときの、綱元の言葉。
それから先のことが、走馬灯を見るように蘇る。
武器の扱いから尾行術、格闘技……と今の自分が持てる技術の全てを伝授したのは綱元だった。
初めての仕事。最初に手にかけた人間のことは今でも忘れない。
伊達組から回される仕事のみならず、徐々に増えていった依頼。
肉体的・社会的に『殺した』男女の顔、顔、顔――。
(昔のことを思い出すたぁ、そろそろ俺もお終いってやつか)
打って変わって、夢はいきなり現在へ。
伊達組から預かることになった次期総長だという小生意気な少年。成実。
あれから何年も経つのに見た目が全く変わらない綱元。
なにかと面倒をみてくれる『賎ヶ岳』のおかみ、まつ。
毒舌を揮いながらもその腕で何度も危機から救ってくれた毛利医師。
それらの人々に囲まれた生活。殺伐としながらも充実した日々。背後に忍び寄る虚無感からは敢えて目を逸らして。
そして。
(あぁ。あの日も雨だったんだ)
『水玉ちゃん』
傷ついた獣のような光を放つ独つ目。その奥に押し隠した哀しみを当時は気付くすべもなかったけれど。
『お嬢ちゃん』
最初は、容姿の美しさに目を奪われた。凛とした中に漂う儚さと、どこか危ういものを感じさせる翳りに。
『政宗』
途方もない苦痛を抱えながらも笑う姿が切なくていじらしくて。
身体を奪われようとも、決して心までは犯させなかった彼女の清廉な魂の強さに。
気が付けば、魅かれている自分がいた。
恋と呼ぶほど青くない。愛という名をつけるには汚れすぎている自分だ。
けれど、確かに想いはここにある。
今までに愛した誰よりも、大切なひと。
「む……」
おぼろげな明かりの中で目を開けた。夜明けが近いらしい窓の外はネオンも消えて薄青い静寂に満ちている。
ふわふわするまどろみに再び身を委ねようとして――ふと、右腕に柔らかな熱を感じた。
(……!?)
何だろう……と頭を動かし、僅かに目を見開いた。
未だ自分は夢を見ているのだろうか?
ベッドサイドに置かれた椅子。そこに座り、小十郎の手を自分の胸に抱いて目を閉じている政宗がいた。
一晩中看病をしていて、睡魔に負けてしまったものらしい。うつらうつらと舟をこぎながらも握った手は離さないままで。
その姿に思わず、目の奥が熱くなりかけた小十郎は慌てて頭を振ってそれを追いやった。
(これは、夢だ……こんな都合のいいことがあってたまるか。きっとそうだ、夢なのだ……)
怪我をした所為で精神的に弱くなっているのに違いない。そう思うことにして目を閉じようとした。
まさにその時。
「ぅ、ん……」
半分寝ぼけたような鼻にかかった吐息を漏らして、ふわりと瞼を開けた。眠たげに幾度か瞬きを繰り返し、目を覚ましている小十郎
の視線に気付く。
「ずっと、ここにいたのか」
ゆっくりと見開かれてゆく独つ目に問いかければ、ぎゅっと握った手に強い力が篭る。
「小十郎……」
「悪かったな。迷惑かけちまって」
「小十郎……」
「俺はもう大丈夫だ。このままだと風邪ひくぞ、綱元にでも布団を借りて……」
「小十郎……っ!!」
涙声で叫んだ政宗は、力なく微笑む小十郎にひしと抱きついた。何度も名を呼び、子供のようにしゃくりあげる。
「お、おい政宗」
「こわ、かった……死んじゃうのかと思って……良かった……生きてる……小十郎……!」
声を詰まらせながらそれだけ言うと、さらに強く抱きしめた。
「っ痛たたた……!」
「! Sorry…」
包帯の下の傷口に触れたらしく、苦痛の声を上げた小十郎にびっくりして身を離しかけた政宗はベッドのへりに座り、そっと抱き直した。
「置いていかれてしまうのかと思った」
声を殺して泣き止むことのない政宗の髪を撫でてやる。
「そう思ったら、怖くて……小十郎がいなくなるなんて、考えたくない」
「心配するな。俺は簡単には死なねえよ」
「それでも……! 一緒に、いたいんだ。ずっと」
「……なに」
きゅ。ほんの僅か、抱きしめる腕が強くなる。
「こんな風に人のこと、想ったことなかった……。でも、小十郎は違う」
それ以上は、言わせてはいけない。続く言葉を遮ろうと口を開きかける。
だが――もう、遅かった。
「小十郎が、好きだ」
ストレートな、一切飾ることのない、それだけに純粋な、言葉。
躊躇うことなく。
(ああ、この気持ちをどう言ったらいいんだろう!)
切なさで胸が締め付けられる。無上の喜びと、暗い絶望がせめぎあう。
深く関われば待っているのは辛い別れだ。
だからこそ、伝えまいとしてきたのに。
けれど。
「……自分は」
髪を撫でる手を華奢な背に回し、首もとに顔を埋めた政宗の髪に軽くくちづけた。
「誰かを幸せにしてやれる男ではない。だが自分の気持ちに嘘はつけん。――俺もだ」
はっとして顔を上げる。至近距離で見つめ合った政宗の頬に僅かに朱がさした。
「…Really?」
可愛らしい反応にでれっとなるのを抑え、軽く笑って頷いた。
「信じられない……夢、見てるみたいだ……!」
再び目の端に涙を浮かべた政宗は慌ててそれを拭うと、今までで一番綺麗に微笑んだ。
そして。
「目を閉じて」
囁いて。
ちゅ。
どうするのかといぶかしみながらも言われたとおり瞼を下ろした小十郎の額に、温かく柔らかな感触が一瞬だけ触れた。
「ずっと傍に居るから、安心して寝ろよ」
いとおしい貴方へ、優しいママのキスを。
それはどんな言葉よりも二人を結び合う声なき声。
怖がらないで瞳を閉じて。
私は貴方を守る砦。
力は弱くとも、なにがあろうとも。
この想いがある限り。
ずっと、ここにいる。
To be continued...
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
筆頭、超乙女(笑) 実はネタ帖の中で政宗は姫と呼ばれています。