!! ATTENTION !!

このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。


















Hitmen'n Lolita #18










 売人が指定してきた取引場所はいつも、人の多い街中であった。

 木を隠すなら森に。人気のないところよりも意外と目立たないのである。

 だが。『大口の商売をしたい』と打診したところ、相手が連絡を寄越してきた場所はとあるビルの地下駐車場。

 あからさまに、怪しい。

(気取られたのか?)

 ここは一旦退いて、次の機会を狙うべきかもしれない。

 とはいえ、売人達の根元が同じであるとするならば『次』はないだろう。

 気付いていないのかもしれない。――そう、すべては仮定の話。

 つまりは立ち回り方次第。賽の出目など、いかようにも変わるのだ。



 低い天井に規則的に並んだ蛍光灯は所々切れており、陰気な雰囲気をさらに助長している。

 どこかで地下水が染み出しているのか、浅い水溜りに踏み込んだ足元でピシャ、と濁った水が跳ねた。

 交渉相手はまだ来ていないらしい。こちらは定刻通り。腕時計を見遣った小十郎は慎重にあたりを窺いながらそっと上着の

下の冷たい感触を確かめた。

(これを使うことにならなければいいが)

 昨日、政宗からプレゼントされたマフラーに触れ、暫し物思いに沈む。

(俺がこんなことをしていると知ったら、政宗は哀しむのだろうか)

 あの笑顔がまた涙に曇ってしまう。軽蔑されるよりもなお、それは小十郎の精神を深くえぐるだろう。

(いや、そんなこと今はどうでもいい)



 コンクリートの柱を背に待つこと15分。遅い。やはり、気付いて逃げたのか? と、眉根を寄せたところで遠い入り口から車

の音が。

 どこにでもあるような白のセダン。それはゆっくりと小十郎のほうへやってくると、やや距離を置いたところで停まった。

「……遅かったじゃねえか」

「いやぁどうも。すみませんねェ道が混んでて」

 運転席から出てきたのは、ネズミを思わせる風采の四十路男。

 くたびれたスーツによれたネクタイ、といったいでたちはクスリの売人というよりリストラされて求職中のサラリーマンといった

方が似つかわしい。

「言い訳はいい」

 そのまま長口上が始まりそうな男を短いいらえで一蹴し、壁から背を離した。

 頭上の蛍光灯が、薄暗く明滅を繰り返す。

 そのぼんやりとしたストロボの中で売人の目が一瞬、鋭く細められたように見えた。

「連絡しておいた件だが……、」

 そろりと足を踏み出しながら、素早く左右に目線を飛ばす。

 気配。微かな殺気。複数人の。

「他に何人いる」

「怖い顔をしないでくださいよ。最近、色々と物騒でね。護衛ですよ護衛。今日はどのくらい入用でしょう?」

 ニタリ。貼り付けたような笑み。見え透いた嘘。

「言っておいたはずだが。商売をしたい。コイツはどこへ持って行っても売れるからな。仕入れ元に話を通してくれるんだろう?」

 また一歩、踏み出す。足音はしない。無表情なままで。

「仕入れ元……と言いますと旦那も売るほうに回るので?」

「メールを見ていないのか」

 ここで僅かに眉をしかめる。微妙な齟齬。強まる違和感。

「アタシはただの『売り子』ですから。連絡役からは何も」

「おかしなことだな。そんなに連絡がユルいのかテメェらは。こっちも買い手からせっつかれていんでな。ここで直ぐにつなぎを

つけてもらいたい」

「そのようなことを言われましても……仕様がねえな」

 男の語調が語尾で変わるのを小十郎は聞き逃さなかった。自然体に下げられた手はいつでも懐の銃を抜けるように適度な

緊張を保ったまま力は抜いている。

 売人がポケットから携帯を取り出し、どこかへ電話をかけ――

「お客さんだ。丁重に出迎えてやんな」

 片方の端を上げた口許がそう言い終わる前に、周囲に停めてあった車から武器を持った男達が飛び出していた。

 ざざっ! ゆるく円を描いて小十郎を囲む、その数は十人以上。

「……ただの『売り子』にしては随分とものものしいな。話も始まってねえのにこれも用心か?」

 全ての銃口が小十郎へ向けられている。だがそれを意に介した風もなくコートのポケットから煙草を取り出すと悠然と火をつけた。

 その動きにも反応して銃口が揺れる。あまり、鍛えられた人間ではないようだ。

「話は終わりさ。……いや、ハナっから話なんてするつもりはねえ。このごろ、コソコソ嗅ぎまわる連中がいやがる。身内以外

は信用しねえんだよ」

「『身内』、か……。そいつぁ誰のことか、教えちゃくれねえか」

 先ほどまでのくたびれたサラリーマン風の雰囲気を脱ぎ捨てた売人は携帯を仕舞うとスーツの内側から銃を取り出し、真っ

直ぐに構えた。

「知りたきゃ、力ずくで訊きな」

「そう焦るな。煙草ぐらいゆっくり喫わせろや」

 すっかり、バレていたのだ。小十郎は内心臍をかみながらも表面上は落ち着き払って短くなった煙草を懐から取り出した携帯

灰皿にもみ消す。

 そして、それを仕舞う代わりにぞろりと抜き出す、愛用のリボルバー・S&W M500。

「……そうさせてもらうぜ」

 冷たい眼光に凄絶な笑みを乗せ、十余人の男達を睥睨した。



『……はい』

 手に流れ落ちた血のせいで滑りそうになる携帯を持ち直し、喋ろうとして――咳き込んでしまった。

 コンクリートの柱に寄りかかり、足を投げ出して座る小十郎の周りには銃弾を受けて倒れ伏した十余人の男達。

 誰一人として、ピクリとも動かない。

『どうしたんですか?』

 電話の向こうでは、硬い声がトーンを落として訊いてくる。近くに政宗と成実がいるのに違いない。

 左脇を掠めた傷は深くなかったものの、動脈を傷つけられたらしく血が止まらない。じわじわ染み出す血の色に白いマフラー

が染まってゆく。

 ともすれば暗くなる視界をなんとか保とうと頭を振って、掠れた声を絞り出した。

「綱元、すまねぇ……やられた……。連中、感づいていやがる……!」

『!』

 息を呑む、一瞬の沈黙。そして、つとめて落ち着かせた声が言葉を続けた。

『それで、相手は』

「全員、ヤった。一人くらいは死に損ないがいるかもな」

 本当は、殺すことなく話を聞きだしたかった。売人達の背後にいるのは織田組であるという証言を得るために。

 だが、中途半端な腕でも大人数で一気に襲い掛かられれば手加減などできない。そんなことをすれば怪我くらいではすまな

かっただろう。

 彼らの生死を確認する力すら、小十郎には残っていなかった。

 綱元の質問に答える声は力がなく、痛みを堪えて息が荒い。

 なんとか襲ってきた連中は全員倒したものの、背後から心臓を狙われて避けきれず、一発受けてしまったのだ。

「っくそ……脇腹を撃たれた。血が止まらねえ……」

『迎えが必要ですか』

「……頼む。場所は――」



「わかりました、すぐに行きます」

 通話を切り、不安な表情で見上げてくる政宗を一瞥した綱元は成実に視線を寄越して玄関脇にあるコートを取り上げた。

「ちょっと出かけてきます。あなた方は寝てていいですよ」

「Wait, 綱元。いったい何が……」

「ねぇねぇ梵。おれの部屋行ってゲームしない? 面白いやつがあるんだけど」

 ドアから出て行こうとする綱元へ追いすがる政宗の腕を軽く掴んで、言葉を遮った。

「小十郎に、何かあったんだろ」

 目の前で閉まったドアを見つめて、両の拳が握られた。

「いや? べつに」

「だって今、迎えに行くって。今までそんなこと無かったじゃないか……まさか、怪我をしたとか」

 鋭い質問に、成実は視線を逸らした。

「そうなんだな!?」

「……こういう仕事をしてれば良くあることだから。心配いらないよ」

「でも」

「うろたえないで、梵。本当にヤバイことになっていたらツナは迎えに行かないんだ。だから、大丈夫。おれたちはここで大人し

く待っていよう。ね?」

 今にも泣きそうな顔になってうなだれた肩をそっと抱いてリビングに戻ると無言でソファに座らせて自分もその脇に腰を下ろす。

 長い夜になりそうだ。膝の上で固く手を握る政宗を見遣って、成実は小さく溜息をついた。



 毛利診療所へ連絡をいれ、小十郎から伝えられた取引現場へ車を急行させる綱元の運転が荒っぽくなるのはいつもの彼

からすると驚愕に値する。

 今までだって、負傷することなど多々あった。その度、互いにフォローし合ってきたのだ。

 それこそが、ツーマンセルの強み。

 だが、今回は。小十郎に微かな迷いを感ぜられていた。そして相手は名うての極道。失敗すればただではすまない。

 信号が赤に変わった交差点を強引に突っ切り、激しいクラクションを背後に聞いてさらにアクセルを踏み込む。

(どうか無事で……!)



 薄暗い地下駐車場には、埃っぽい空気を押しのけて血と硝煙の臭いが立ち込めていた。

 まるで戦場のように。

 その臭いに眉根を寄せた綱元は、死屍累々と倒れている男達の間を縫って柱に寄りかかった小十郎のもとへ歩み寄った。

「大丈夫ですか。しっかりしてください」

「う……すまん……」

 だらりと下ろされた左手。すぐ傍には赤黒い血溜まりができつつある。

 朦朧として焦点の合わない目つきで綱元を見上げた小十郎はしきりと右手で床を探っていた。

「俺の銃は、どこだ」

「私が持っています。ほら、つかまって」

 手を差し伸べて引っ張り上げようとするが、もはやそうする気力もないと見えてやおら綱元は小十郎の身体を肩に担ぎ上げた。

「つな、もと」

「喋らないで。すぐに先生のところへ連れて行きますから」

 細身の体躯のどこにそんな力があったというのかと思うほど軽々と車まで運んだ綱元は、その道すがら倒れた男達に息の

ある者はないか見て行く。

 そして、彼らを撃ったのが小十郎であるという証拠が残っていないかも。

「見事に全員殺してしまいましたね、小十郎。これで調査は振り出しに戻ってしまいましたよ」

 口の中でちいさくつぶやいて。

 毛利医師の診療所へ向かうべく、静かに走り出した。



『本日の診療は終了いたしました』の札がかかる入り口を避け、裏口から診療所へ入るとすでに治療用の機材をそろえた毛利

医師が待っていた。

 コートとマフラーをとり、診察用の簡易ベッドへ寝かせた小十郎にはすでに意識がほとんどない。

「珍しい。貴様が手傷を負うなど」

 ワイシャツを脱がせ、露になった傷口から未だに止まらない血がシーツに染みを作ってゆく。

「貫通はしていない。だがこれは……徹甲弾だな。生身の人間相手に物騒なものを」

 生々しい血臭にも顔色一つ変えず、手際よく消毒と止血を施してゆく。

「どうですか」

「出血は派手だが傷そのものは大したものではない。縫う必要もなかろう。……だが、血止めをせぬまま動き回ったと見える。

輸血をしたほうがいいが……そなた、血液型は?」

「……」

 目は開いているが、殆ど声が聞こえていないらしい。うつろな目線を彷徨わせ、答えようとしない小十郎に代わって綱元が口を開いた。

「それが……ABのRh-なのです」

 それは二千人に一人といわれる、稀に見る血液型だ。当然だが、手配に時間がかかる。それまで表情を動かさなかった毛利

医師の眉が軽くひそめられた。

「体力のある男ゆえ、輸血をせずとも死ぬことはなかろう。銃創では大きな病院へ搬送もできかねる。とりあえず、今夜はこの

まま様子を見る。容態が変わったらすぐに連絡をせよ」

 化膿止めと解熱剤、増血剤などを調剤した袋を綱元に渡して「いつでも往診できるようにしておく」と言い加えた。

「? 鬼庭、顔色が悪いようだが」

「いえ……私は大丈夫です。どうも、いつもご迷惑をおかけします」

 一礼し、小十郎に肩を貸して立ち上がらせた綱元の顔は青白く血の気を失っていた。



「小十郎!!」

 玄関のドアが開き、ぐったりとなった小十郎を引きずるように入ってきた綱元を見止めて政宗は悲鳴にも似た声を上げた。

 微かに鼻腔を刺激する血臭は、さらに彼女を混乱させる。

「大丈夫なのか!? あぁ、どうしよう……こんな血まみれで!」

「落ち着いて、もう血は止まっています。……成実、貴方がいながら……」

 これを見せまいとして、先に寝ていろと言ったのに。おろおろする政宗を宥めながら非難の目線を成実に向ける。

「ごめん。誤魔化せなくて」

「綱元、小十郎は……」

「大丈夫ですよ。命に別状はありません。それよりも、ベッドの用意を」

 怯えた表情のまま何度も頷き、ぱたぱたと部屋へ向かう。

「こじゅが撃たれるなんて……ってことは、失敗したんだ?」

 二人がかりで両脇を支えながら、成実はいつになく真剣な面持ちで綱元に問うた。

「予想以上に面が割れていた、ということです」

 偽の取引をするのには偽名を用いていた。とすれば、相手は小十郎の顔を知っていたということだ。

「ヤバいね……」

「他の手を考えますよ」

 静かな語調の底には、滾るような悔しさが沈んでいる。

「ね、ツナ。もうこの際、安全がどうのとか言ってられない。狙われてるのはウチのシマなんだからさ」

 部屋のドアノブに手をかけ、開く前に――強い目で、きっぱりと言い切った。

「おれも、戦うよ」









To be continued...









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長くなりそうで銃撃戦はカットしてしまいました。
実は綱元ってばちょっとだけ男前かもと思う罠(笑)