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Hitmen'n Lolita #17
その後、コーヒーを飲みながらとりとめのない話に暫く興じて学生二人は自室へ戻った。
殺し屋稼業を続けることに迷いを感じ始めた小十郎。
このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。
政宗は久しぶりに四人揃って穏やかな時間を過ごせたのが嬉しいようで、成実にダーツを教えてもらったりバイトの話をしたり、終始笑
い声が絶えなかった。
にぎやかな二人が眠ってしまい、残された小十郎と綱元は互いにひと言も口を利かず、音量を押さえたTVから流れるアナウンサーが
読み上げるニュースをなんとなく聞いている。
「良い娘ですね、彼女は」
プレゼントされたコーヒー豆の包みをテーブルに置いて、ぽつりと呟いた。
「……あぁ」
「政宗がここへ来てから、私も含め皆変わったように思います。……それは、必ずしも良いことなのかは判りませんが」
毎日が、命の取り合いだった。ある意味充実していると言えたがそれは人間らしさからは程遠い殺伐とした日々。
自分たちの生きる道はこれしかないと始めたことだが、仕事が成功して名声が上がるにつれ、己が両手が血に染まってゆくことへの虚
無感は拭い去れない。
気が付けば、手にかけた人間の数は十指を疾うに超えていた。
屍山血河を踏み越えて、自分たちは何処へ行こうとしているのだろう。
一体何の意味が。
生きるため。存在意義を得るため。殺されないため。
じつにシンプルで、その代わりひどく虚しいその理由。
生活の糧を収得する、という点ではすでに彼らは十分過ぎるほどの財を持っている。
なにも、鉄火を以って闘争の中へ身を投じる必要など最早ないのだ。
だが、周りは彼らを必要としていた。
そして彼ら自身も、戦いを必要としていた。
硝煙の中に生きる者の魂が求めるままに。
「……もし、ですよ。貴方が、そうしたいと思うのなら……」
「おい」
考え込むように、ひと言ずつ言葉を続ける綱元を小十郎が遮った。
それ以上言うな。眉根を寄せた目線が制止する。
「この件が片付いたら」
「言うな。俺たちはもう戻れねぇ。そんなこと、お前が一番良く解っているだろう?」
強引に話を止めさせた小十郎は「なんだ、臆したのか」と鼻を鳴らす。
「貴方はそれで構わないのですか? 本当に? 私はいいと言っているんです」
「お前の手は綺麗なのか?」
「……」
「つまらんことを言うな」
いちど、ひとの命を奪ってしまえば。その罪科は一生ついて回るのだ。
罪を犯した部分を切り落とし、許しを得ると説く教えがあるが、そんなものは嘘だと彼は思っている。
たとえ銃を持つ手を切り落とそうとも、魂にこびりついた返り血は落としようが無いのだから。
この血まみれの腕では、誰のことも幸せにはできない。
自分自身さえも。
「……辛いことになるかもしれませんよ?」
「くどい」
彼女――政宗の存在が綱元にそのようなことを言わせている。
始末屋の廃業。
凄惨な世界から足を洗って、彼女と共に生きる道もあるのだと。
その想いが真実であるならば。
「迷っているのなら、テメェも外れろ。そんなザマで仕事をされては迷惑だ」
逡巡しているのは誰なのだろう?
表情を曇らせる綱元に冷たく言い放ってから、ふとそんなことを考えてしまう。
仕事は、仕事だ。そこに私情など入る余地はないし、させない。
彼女を想う気持ちと自分の稼業はまったくの別次元なのだ。
そもそも、告げるつもりもなければその先に進むなど考えもしていない。ただ、心に嘘はつけぬがゆえに抱き続けているだけだ。
だが綱元が言ったように、表に出すのは避けたほうがいいのだろう。よもや彼女も……と期待を持たないうちに。
政宗とは距離を置かなければいけない。
「いえ、私は降りません。貴方を置いて逃げたりはしない。……そうですね、今はとにかく依頼のことに集中しましょう」
「売人とのつなぎがついた。今夜から動く。打ち合わせどおり、お前は潜れ」
「……了解」
その日から、小十郎はますます家を空けることが多くなった。
どうしたのかと成実に訊けば「いつものことだから気にしないで」とはぐらかされて政宗の望む答えは返ってこない。
綱元に至ってはあの笑ってない笑顔で完全無視だ。
『仕事』のことは訊ねてはいけない。
いつの間にか、そういう不文律が出来ていた。
どこで何をしているんだろう? 怪我はしていないだろうか? 睡眠は取れているのか? ちゃんと食べてる?
気が付くと、そんなことばかり考えている。
何時に帰ってくるのかも分からない小十郎のために、政宗はリビングのテーブルに食事を用意しておくのが日課になった。
夕方、学校から帰ってくるとそれは手をつけた跡があったりなかったりで。
時折メモ紙に走り書きで『ありがとう』とあるのが唯一、彼との接点であった。
(今日も帰ってこないのかな)
明日は休日という夜。風呂に入ってパジャマに着替えた政宗はリビングのソファに一人で座り、小十郎を待ってみることにした。
お気に入りのビーズクッションを抱えて体育座りのような格好だ。
ここ暫く、まったく顔を見ていない。むろん、言葉を交わすこともない。
拗ねたように唇を尖らせて、誰もいない空間に向かってひとりごちた。
(たまには家にいてくれればいいのに)
危険な仕事をしているのは明らかだった。帰ってこないという事実が彼女の感情を波立たせている。
どうしているのか気になって。とても心配、で。
(――寂しい)
音にならなかった言葉を胸の裡に沈めたまま、小さく溜息。
時計を見上げれば、日付はとうに変わってしまっていた。
「……っ、寒い……」
そろそろ冬物をと思って買い求めた、ネコミミフードつきの白いフリースの部屋着は暖かいのだが成実と綱元が自室に帰ってしまい暖
房を切ったリビングはひどく冷える。
くしゅ、とひとつくしゃみをして細い肩を震わせた。
テーブルの上には、根菜が沢山入ったスープの皿。
丁度学校でインフルエンザが流行り始めており、身体の抵抗力をつけるためにと本を片手に作ったものだ。
ちゃんと食べて身体を休めるのを見届けるまで寝ないつもりでいた。
顔を見たい、話をしたい。とりとめのない会話でいいから。
風邪が云々というのは実のところ口実であることに未だに自分では気付いていない政宗であった。
クッションに顔を押し付けるようにして上目遣いで時計を見続けるうち、うとうととし始めては頭を振る、というのが数度繰り返され。
窓の外のネオンが消え始める頃、ついにソファに座ったまま眠ってしまった。
「……。」
彼女が眠りに落ちて暫く。それと入れ替わるように帰ってきた小十郎は自分を待っていたらしい政宗の姿に言葉を失っていた。
フリースの部屋着一枚で何も羽織らず、クッションを抱えて静かに寝息を立てている。
起こさぬようそっと腕に触れれば、すっかり冷え切っているのに眉をしかめた。
(そんなことしなくていい)
彼女なりの精一杯を尽くしてくれるのは嬉しかったが、無理をして欲しいわけじゃない。
家へ帰るたび、ちょっとしたメモと共に置かれている手料理と、穏やかな寝顔を見るだけで疲弊した身体と心が癒されるのだ。
それだけで、十分なのに。
「おい、こんなところで寝ていると風邪ひくぞ」
耳を刺激しない程度に抑えた声で起こしてみる。
「……んー……」
一瞬反応しかけるが、眠りが深いのかそれ以上は動かない。目を覚ましてベッドに入らせるのは無理がありそうだ。
「しょうがねえな」
まさか抱き上げて連れてゆくわけにもいかない。
やれやれと首を振った小十郎は一旦部屋へ戻り、毛布を持ってくると政宗に掛けてやった。
そして、隣に腰掛けてゆっくりと一服する。
舟をこいでいるうちに、こてんと肩に寄りかかられて眉を上げるものの、小十郎はそのままで動こうとはしなかった。
迷いがあるのは自分のほうなのかもしれない。
出会った頃と今とでは、大きくその存在を変えている彼女だ。
日に日に、想いは強くなってゆく。
思わず、綱元の言葉に頷きたくなってしまう。
決して手が届くことのない幸せだと解っていても。
政宗の心が自分へ向き始めていることに、気付いてしまったから。
肩に寄りかかる儚い熱を感じて、小十郎は誰にも聞こえることのない溜息をついた。
それから一週間後。
接触を続けていた売人に一歩踏み込んだ交渉を持ちかけてみると小十郎は綱元に告げた。
「気をつけてくださいね。今のところ、スムーズに進んでいますがくれぐれも慎重に」
「わかってるさ。ここまで粘って食いついたんだ、逃がさねえよ」
「そういうことではなく」
「……大丈夫だ」
『始末屋・片倉小十郎』が末端の売人ごときに遅れをとるわけにはいかない、と上着の下に忍ばせた愛銃を示して見せた。
だが不幸なことに、綱元の予感は見事に的中することになる。
小十郎が出かけていった日の夜。
三人の夕食を終えてコーヒーをすすっていた綱元の携帯が鳴った。
「……はい」
滅多に電話が掛かってくることのない綱元の携帯番号を知っているものは極僅か。
「小十郎?」
その声に、食器を片付けていた政宗の手が止まった。
『……』
話しかけてみるが、様子がおかしい。二人の手前、表情こそ変えなかったがその声音が硬度を帯びる。
「どうしたんですか?」
沈黙が続くこと、暫し。
もう一度繰り返し訊こうと綱元が口を開きかけたとき、受話器の向こうで不自然に掠れた声が途切れながら緊急事態を伝えた。
『綱元、すまねぇ……やられた……。連中、感づいていやがる……!』
To be continued...
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そして両思いの予感(笑)
しかし話は次第に危険な方向へ。