!! ATTENTION !!

このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。


















Hitmen'n Lolita #16










「先ずは、状況の確認からいきましょう」

 TVは消され、雑誌は本棚に収まった。

 それぞれ愛飲している茶とコーヒーがテーブルに並ぶ。

 ガラスの灰皿の隣には、古びたジッポーライターとピース。

 いつもの『ブリーフィング』の光景だ。

「顧客の一人を割り出して尾行し、売人の情報を得るという方法は顧客を殺されたために無駄に終わりました。一般ユーザーを特定す

るのは難しく、大口の取引先は一斉に警戒を始めたようでこの手はもう通用しません」

 小十郎が政宗を連れて帰った日、交渉現場を押さえようと延々張っていた相手がそれだ。

「依然としてブツの流通は盛んに行われていて、被害者は日々増える一方……厚生局が調査に乗り出しました。これで伊達組に疑い

が掛かるのは時間の問題です」

 非合法なセックス・ドラッグ――要するに麻薬である『ブルー・ヘブン』については連日各種メディアでその特徴と弊害を報道されており、

注意を呼びかけているが手を出すものは後を絶たない。

 過度な報道が好奇心からの購買意欲を煽っているという皮肉な結果だ。

「あちらの様子はどうだった? 相手は頭が切れる。そう簡単に尻尾は出すまい」

 茶を一口すすって、輝宗へ報告に行った時の様子を訊ねた。

「ええ、貴方の言う通りあまり状況は変わらないそうです。若手の組員の中には、やりかたがヌルいと言って逸る者もいる始末」

 伊達組の広大なシマ全体をカバーするのは容易ではないらしく、売人とのいたちごっこが延々と続いていた。

 本来売人など手先に過ぎず、真に探るべきはその上なのだが。

 いざとなればトカゲの尻尾きり状態で逃げられてしまって、事情を知らぬ末端構成員を捕まえても全く意味が無い。

「総長もどこまでそういった連中を抑えておけるのか……本格的な抗争が始まってしまえば、こちらは手を引かざるを得ない」

 恩ある伊達組には悪いが、俺たちは戦争屋じゃねえ。そう続ける小十郎を厳しい表情の綱元は否定した。

「それは、どうでしょう。私たちはフリーランスの始末屋とはいえ、あまりに伊達組に近すぎる。向こうは同一視してくるものと考えています。

早いうちにカタをつけて水際で止めておかないと……」

「ヤクザの戦争の波に飲まれるってわけか」

 慎重に頷いて応えた。

「今、進行中の案件を片付けたら暫く他の仕事を請けるのは止めましょう。この件に集中したい」

 証拠探しに失敗して厚生局の強制捜査が入ってしまえば、伊達組はおしまいだ。潔白であるとはいえ、巧みにブツを潜り込ませて犯

人に仕立て上げるという荒業をやってきてもおかしくない。

 クスリを売りさばいて利益を上げつつ、伊達組のシマを奪おうという意図があからさまなだけに、若衆どもはそれに対して『証拠を挙げ

て血を見ることなく撤退してもらう』という総長のやり方に反感を覚えていた。

 血気に逸ったそんな連中が織田組に殴りこみでもかけてしまえばそれこそ日本を代表する二大組織による血で血を洗う抗争になる

のは火を見るより明らかだ。

 今のところ、互いの構成員比は五分五分。

 だが実は『戦闘部隊』と呼べる人員は伊達組には少ない。それも当代の総長、輝宗の意向で無駄に戦ってカタギの皆さんに迷惑を

かける時代は終わったという考えからだ。

 ヤクザの収入源、いわゆるシノギも違法行為を認めず輝宗自ら運送会社を経営するくらいの平和主義。

 若い頃は夜叉と呼ばれるほどに苛烈なやりかたで組織を大きくしたらしいが、東日本を制覇して指定暴力団として検察からマークさ

れ始めた頃から大胆な方向転換をしたのだ。

 力のみを信条とする任侠の世界で未だに多くの傘下組織を持っているのも、かつて日本中を席巻した某組の親分の再来と言われる

ほどの人間的魅力からだと言われている。

 そんな伊達組であるため、組織力は豊富だがこと力のぶつかり合いとなるとなんでもアリの織田組に対してやや不利であることは否

めなかった。

 ゆえに、何としても全面抗争は避けなければいけない。

「お前にしては随分と自信の無いことだな」

「片手間に出来る仕事だと思っているのですか」

 眼鏡のブリッジを押し上げながら、いつも以上に感情の篭らない声で淡々といらえを返す綱元に対しこちらは厳しい顔で。

「いや。だが余裕を失ったら負けだろ」

 いついかなる時・状況でも、クールにやるのが彼らの流儀だ。焦ってことの運び方を間違えば、彼らに勝ちを譲るようなものだ。

「成実が探し出した通販サイトはまだ生きています。そこから攻めてみましょう」

 正直、バックアップ要員としての成実が欠けているのは辛い。

 あくまでOJPだった始末屋の仕事もすっかり板について、二人が苦手な分野をカバーしていたのだ。

 だが、そこですでに抜けた人員について言及するほど二人は愚かではない。

「動かせるユニットが少ないからには直接的手段もやむを得んな」



「おねえさーん、注文いい?」

「はぁい、ただいま窺います」

 藍染の着物を着た政宗は実に良く働いた。手際よく注文をとり、極上の笑顔と共に給仕をする。

 夕食時のピークを迎えてさほど広くもない店内は満員御礼であった。

 家庭料理店『賎ヶ岳』に新しく入った店員はえらく可愛い。という噂は口コミであっという間に広まり、それ目当ての客もいるようだ。

 小柄な身体でくるくる動く彼女を眺めて、カウンターに座った常連客が微笑んだ。

「おかみさん、いい子が入ったねぇ」

「でしょう? 仕事を覚えるのは早いし、一生懸命働いてくれるし。本当に、助かるわ」

 緑色の布で髪を纏め、タイトなラインの前掛けをしたおかみ――まつは鮮やかな手つきで野菜を切りながら笑い返した。

「あれで、うちの旦那ももう少ししっかりしてくれれば言うことナシなんだけど」

「ハハハ……そりゃ贅沢ってもんだ!」

 まつの夫はいちおうこの店の主人なのだが、生来あまり器用ではないらしく専ら仕入れ担当で、滅多に客の前に出ない。

 時期がよければ店で使う魚を釣りに行くこともあり、一本釣りで巨大なカジキマグロを釣り上げたこともあるとか。

 今日も甥っ子を引き連れて出かけているらしい。

「いらっしゃいませ〜!」

 小十郎に連れられて初めてこの店を訪れたときの、どこか辛そうなおどおどした雰囲気もどこへやら、明るい笑顔で接客する姿に目じ

りを下げた。



「ご苦労様でした。入ったばかりだというのに良く働いてくれて助かったわ。この調子で頑張ってね」

 初めての給料日。閉店し、店の片づけを終えて前掛けを取った政宗に茶封筒が渡された。

「ありがとうございます。……って、まつさん? これ、多いんじゃないですか!?」

 中身を確かめ、当初約束していたものより金額が多いことに面食らって顔を上げた政宗にまつはにこりと笑った。

「あなたが来てくれたお陰でお客さんが増えてね。今月は売り上げがとても良かったの。なにかと物入りだろうし、とっておきなさい」

 家出人だと知っていて雇い入れた彼女は、生活が大変だろうと言って茶封筒を返そうとする政宗の手を押し止めた。

「そんな……すみません」

「いいのいいの。こっちは手が増えて大助かりだし」

 元々、美味い料理を出すことで評判の良かったこの店だが、可愛いバイトが入ったということで更に客足が伸びていた。

 恐縮する政宗にカウンターへ座るよう促し、賄いの載った盆を提げたまつもその隣に腰掛けた。

「今日は忙しかったぁ……遅くまで残らせちゃってごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。家もここから近いし」

 二人並んでご飯に味噌汁、肉じゃがのシンプルな夕食をとりながら目の回るような忙しさであったのを思い出し息をついた。

「片倉の旦那が心配するでしょう」

「小十郎が?」

 白飯に合うように作られているが上品な味わいの肉じゃが――この店の人気料理の一つだ――を幸せ一杯な顔で頬張った瞬間に

意外なことを聞かされ、目を白黒させた。

「そ。この間もお昼頃に来てね、仕事の様子を聞きたがっていたわ。……心配でしょうがないみたいよ」

 あの強面で、まるで父親のようにちゃんと働いているのか客に何かされていないかと訊いてくるのは何だか可愛らしくて、思わず笑っ

てしまったものだ。

 あんなに解りやすいひとだったかしら?

 どうにも政宗が来てからのことらしい、この変化。

 その道では知らぬ者無し、泣く子も黙る始末屋の片割れが、年端も行かぬ少女に熱を上げているという構図は妙に微笑ましい。

「信用されてねぇなー……」

 ほうじ茶をすすって、ちいさく溜息。

 そんなに自分は頼りなく見えるのだろうか。確かに、先日自宅へ戻ったときのことがあるからそのように思うのだろうが。

 けれどもう自分は子供じゃないのだから、と内心むくれる。

「んー、信用されていないというのは違うと思うな」

「じゃあ、何?」

「そうね……自分は子供じゃない、って言わないようになったら解るわ」

 ふふふと笑って、後は何も言わずに食事を続けた。



 遠からず、彼女はその意味を知るだろう。

 人を恋うる感情を知ったとき、少女はまた一歩大人の女性へと近づくのだ。

 それは、年齢など関係なく。この世には男と女しかいないと認識する時期というのは人それぞれで。

 でも、永遠の少女など存在しないのだから。



 初めて貰った給料は、月半ばから働き始めたために金額自体はそれほど多くない。

 だがそれは必要なものを買い揃えてなお余裕のあるもので、政宗は自分を住まわせてくれている三人にちょっとしたお礼を買うことに

したのだ。

「何にしようかな……」

 店を出て、気の早いクリスマス商戦に賑わいを見せる街を歩きながらウィンドーショッピング。

 すでに何件かの店を回り、二人分のプレゼントが入った袋を抱えていた。

 綱元には、有名な外資系カフェで売られている上質のコーヒー豆を。

 成実には、通学時によく履いていたスニーカーがぼろぼろだったので、同じメーカーのそれを。

 だが、小十郎には何をあげれば良いか解らないのだ。

 いつも喫っている煙草の銘柄は知っていたが、未成年の彼女では買うことが出来ない。

 愛用しているコロンは香りだけでは何だか判別がつかなくて諦めてしまった。

(今度、あれは何という名前なのか訊いておこう)

 オリエンタル系の、少し癖がある香り。お香にも似たスパイシーさと苦味を感じるあれ。ずっと同じものを使い続けているらしく、彼の部

屋に入ると常にほんのり香っていた。

「趣味がよく分からないんだよな、あいつは」

 暇なときはよく本を読んでいる。だがその内容も多岐にわたりすぎて結局一番喜びそうなジャンルは不明だ。

 そもそも無口な方であまり喋ることが無い。四人でリビングにいても、会話が盛り上がるのは成実とばかりで時折口を挟むくらいで。

(もうちょっと、自分のことを話してくれても良いのに)

 寡黙なところに好感は覚えるがそれにしたって、彫像のように佇まれては。

 バイトが長引いてしまったので、あまり買い物に時間を割けない。それこそ、まつが言ったように帰りが遅いのを心配されてしまうだろう。

 小十郎に拾われた日のように、また性質の悪い連中に絡まれても困る。

「んー、困ったな……」

 なにをあげれば喜んでもらえるだろう? 真剣に考え込む政宗の襟元へふいに冷たい木枯らしが吹き込んだ。

 もう十一月だ。この季節特有の乾いた北風に思わず首をすくめたところへ、百貨店のショーウィンドウに飾られたトルソーが目に入った。



「I’m home. 遅くなってごめん」

「お帰り。店、忙しかったのか?」

 帰るなり読んでいた本を閉じて玄関まで迎えに出てきた小十郎の心配げな顔にまつの言葉が蘇る。

(いかにしたって、気に掛けすぎなんじゃないのか?)

 そう思うが、べつに悪いことではないのでそれに対してツッコミをいれるのはやめにした。きっとこういう人なのだろう。

「Yes. なんだか最近お客さんが増えたみたいで」

「看板娘効果?」

 壁に掛かった的に向かってダーツの矢を投げながら、笑い混じりにからかう成実。

「ね、こじゅ。今度三人でメシ食いに行こうよ。折角だから働いてるところ見たらいいじゃん? 待ってる間にそわそわされるのもうざいしさ」

「誰がそわそわしてるか! ……まあ、それもいいかもしれんが」

「二人とも、入り口で突っ立ってないで。政宗、手を洗ってきてください。今、コーヒー淹れたところですから」

 こうばしい香りとともにカップを四つトレイに載せた綱元がキッチンから出てきた。

(よかった、みんな揃ってる)

 実はここ数日、全員が顔をあわせることが滅多に無かった。

 朝、政宗と成実が学校へ行く時間には小十郎と綱元はまだ眠っていて、彼らが帰ってくるともう出かけている。綱元は比較的家に居

ることが多かったが、そのときも丸一日ちかく部屋に篭りっきりで、仕事が忙しいようであった。

 小十郎にいたっては、殆ど仮眠を取りに帰るような感じで。

 コートを置き、手を洗ってきた政宗が例のプレゼントをさり気なく足元へ置きながらソファに座ると、テーブルの上にはコーヒーと共に可

愛らしいクッキーが載っていた。

 手作りらしく、形がややいびつだ。

「どうしたんだ、これ?」

「クラスの女子が部活で作ったのをくれたんだ。けっこう美味いよ」

 成実は、生来の明るさと女の子に優しい性格で女生徒に人気がある。そこそこ外見が良いこともあって、このようなものを貰うことも多い。

「ふーん……。もてるじゃん、成実」

 ハートや星の形に型抜きされたクッキーをつまんで、意味ありげに微笑む。

 鈍いところがある彼のことだから、これを渡した子が意図していることにも気付いていないに違いない。

「あ、でもおれ梵ひとすじだから〜♪ 安心して?」

 ぎゅっ。横から抱きついてぐりぐりと髪に頬を押し付けた成実を犬でも追い払うように手を振って退けた政宗は調子に乗るなと軽く小突く。

「だーれがテメェと付き合うかっ。寝言は寝てから言え」

「あぁんつれない……」

「きもちわるい声出すな」

 裏声を使ってくねくねとしなを作って見せた成実はふと、政宗の足元にある紙袋に気付いて覗き込んだ。

「それ、なに?」

「Ah, 今日、給料日だったんだよ」

「そうでしたか。お疲れ様」

 バイトを紹介した綱元は、まつからそれとなく仕事の様子を聞いていて実に真面目に働くと褒められていたのでそれはよかったと目を

細めた。

「それで、世話になってるお礼……ってほどじゃないけど、Presentをと思って」

 そう言うと、紙袋からそれぞれ綺麗にラッピングされた品物を取り出した。

「これは、綱元に」

 店のロゴがプリントされたクラフト紙の包み紙は、彼が好んで豆を買っているカフェのもの。普段はなかなか手の出ない上級品だ。

「これは……気を使わせてしまってすみませんね。ありがたく、飲ませていただきます」

「成実、サイズは間違ってないと思うけど一応履いてみろよ」

 いいかげん履きつぶしていたスニーカー。トップアスリートがCMに出ているメーカーの、雑誌の記事を読みながら買いかえるならこれ

だな、と言っていた品物。

「え、まじで? これ欲しかったやつだ! ありがとう〜」

 大好き♪ と叫んで再び抱きついた。

「あーわかったわかった。いいかげん離れろよ。……小十郎、これ、気に入るか分からないけど」

 最後に取り出した紙包み。中身は柔らかいらしくふわふわした手触りで、青いリボンがかかっている。

「せっかくの給料を、俺たちのために使うことは無いんだぞ」

 自分のものを買うために始めたアルバイトだろう、と表情を曇らせた。

「いいや、自分がそうしたかったんだ。気にしないで貰ってくれよ」

 受け取ろうとしない小十郎に、ちょっとがっかりしたように肩を落とした。

「せめて気持ちだけでも……と思って」

 そのまま、声が段々小さくなるのに俄かに慌てる。隣に座った綱元は「本当にお馬鹿な人ですね……」と呆れ顔だ。

「あ、あ……すまん。これ、開けてみてもいいか?」

 こく、と頷くのを待って包みを開く。



 散々迷って政宗が小十郎のために買ったプレゼント。

 それは、暖かそうなウールの白いマフラーであった。



「夜中に出かけることが多いみたいだから、風邪ひかないように」

 試しに巻いてみると、軽くなめらかな感触で政宗の心遣いが伝わってくる。

「ありがとう。大事に使わせてもらう」

 無骨な顔に、不器用な笑顔。

 一時でも、厳しい状況を忘れられることに小十郎はこんな時に不謹慎だと思いつつも彼女への気持ちが少しずつ増してゆくことに幸

福感を覚えずにいられなかった。









To be continued...









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

そろそろ春になろうというのに、話の中ではもうすぐクリスマス……。
小十郎愛用の香水は実在しているものです。何だか分かります?(笑)