!! ATTENTION !!

このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。


















Hitmen'n Lolita #15










 成実にとっては地獄の試験期間もとうに終わり、仲良くゼファーにタンデムして登校する政宗の姿が皆の中で定着した頃。

 学校帰りに立ち寄ったファーストフード店で夕方まで話しこむのもいつものことになっていた。

 部活動をしていない政宗はもとより、彼女を連れて帰らねばならないと言って成実もまた授業が終わると早々に学校を出てしまうのだ。

「陸上部、練習に全然来ないってうちのクラスの奴が言ってたぞ。折角入部したのに意味なくないか?」

 テーブルに向かい合って座り、おやつ代わりのハンバーガーをかじる成実にこちらはアイスティーだけの政宗が切り出した。

「走るの好きなんだろ?」

 先日、何気なく授業中に窓からグラウンドを見下ろしたとき、200メートルトラックを20秒台で駆け抜けた彼の俊足に感心したものだ。

 ちゃんと練習して、競技会に出たなら彼に敵うものは少ないのではなかろうか。

 政宗のクラスメイトもそのことを嘆いていたのだ。まだ一年。これから幾らでも伸びるはずで、スポーツが盛んな学校である中弱小

の汚名を被り続けている陸上部を救う期待の新人だったと。

 もぐもぐと口を動かしながらうーんと唸った成実はコーラをあおって一息つくと、でもさ、と返す。

「部活に出ちゃったら、帰るの遅くなっちゃうよ? 朝練とかもあるしさ」

 それに付き合わせては悪い、というのだ。

 学校へ通う傍ら、家事を自らやると申し出た政宗は帰宅してからが忙しい。

 掃除、洗濯、炊事に買い物と主婦並みにやった上で宿題も早々に終わらせてしまうのだから見上げたものだ。

 綱元はそれを見て、『どうせ勉強しないんだから成実にやらせれば良い』と言ったくらいなのだが、反論できない成実としては面白くない。

 そこで、買い物の荷物持ちやゴミ捨てなどを率先してやるようになったというのは余談である。

「まあ、走ったり身体動かしたりは『仕事』でさんざんやってたし。最近は頭数から外されちゃったから専業高校生だけど」

 食べる? 差し出されたポテトの山を丁重に断って首を傾げる。

「じゃあなおのことだろう。俺のことは気にしなくていいから」

 実は、電車で通えないような距離ではないのだ。ただ、そのためには先立つものが必要になるわけで……。

 実家にいた頃は、小遣いこそ貰っていなかったが交通費だけは実父から仕送られる学費の中から出ていた。

「……あー、やっぱりバイトしようかな」

 しかし今は、それを貰いに行くことなどとても出来ない。

「バイト?」

「そう。今、食費は小十郎たちに頼るしかないけど、定期とか身の回りのものとかは自分で買いたいから」

 いちおう、必要なものがあれば買ってよい、と言われてはいた。だからといってそれに甘えるわけには行かないと政宗は考えている。

 買い物をしたときにはレシートをきっちりと取っておいて、帳簿につけておくような律儀さなのだ。

 ただでさえ居候の身である。幼い頃から母子家庭で実にしっかりしたお嬢さんに育っていた彼女にとって、これ以上の甘えは耐え

難いことであった。

 友達づきあいは殆どないが、それでも自分の裁量で使えるお金がないというのは少々困る。

 化粧品などならともかく、あまり男性に内容を知られたくない買い物だってあるのだ。

 女の子は色々と物いりなのである。

 だとすれば、学生である彼女がとれる手段はアルバイトだけだ。

「ふーん……。まあ、いいんじゃん? こじゅもツナも止めたりはしないと思うよ」



 その日の夜。

 夕食の後片付けも終わり、やっと一息ついた政宗は愛らしいフリルのついたエプロンを外しながらリビングでTVを観ている小十郎

の向かいに座った。

「お疲れ様。いつも悪いな」

「No,problem. 何もかも頼っちゃったらこっちが辛い」

「成実にそのセリフ聞かせてやりたいな」

 夕食を食べ終わると片付けもそこそこに部屋に篭ってしまった成実に『ちょっとは手伝え』といつも小言を言っている彼は政宗を労わって

茶を淹れてやる。

 家事のことひとつ取っても真面目な小十郎の言い様に苦笑をもらした政宗はふいに真剣な面持ちになって座りなおした。

「小十郎」

「ん? どうした急に改まって」

 何かあったのかとTVの音量を落とした小十郎に、緊張した声音で夕方成実と話したことを言うべく口を開いた。

「アルバイトを、しようと思うんだ」

「働くっていうのか?」

 なんでまたいきなり。口には出さないものの僅かに変わった表情が疑問の色を帯びる。

「Yes. 今は成実に学校まで連れて行って貰ってるけど、やつが部活に出るには俺一人で学校に行ったほうがいいし。身の回りのも

のくらい自分で買いたいから」

「別にそんなことしなくてもいい。必要なものがあれば言ってくれれば」

 遠慮をしていると思ったのか、難色を示して顔を曇らせる。

「働かざる者食うべからず! ……正直、なにかしてないと落ち着かないんだ。家事は今までどおりちゃんとやるから」

 つまりは貧乏性なのだと照れたように笑った。

「フーム。だがこの辺りでバイトというと、どんなことをしたいんだ?」

 彼らの住む雑居ビルは、繁華街のど真ん中である。確かにバイトの口はいくらでもあったが、その殆どがいかがわしいものだ。

 まさか、と想像してしまったものに内心焦る。

 全体的にほっそりとして美しい容姿を持ちながら、どこか幼さを残して危うい雰囲気すら漂わせる彼女のことだ。そのテの店なら垂

涎ものだろう。

 それこそ客にツバを付けられてしまったりしたら……。

(そ、そんなことはさせられん!!)

 想像(というか妄想)が先走り、とんでもないところまで飛躍してしまった小十郎は叫びそうになるのをぐっと堪える。

 いやいやいや。別にそういう仕事をすると言っているわけではない。

 そんな小十郎の葛藤など知る由もない政宗は思案顔で答えた。

「コンビニの店員とか……」

「とか!?」

 ずい、と身を乗り出してくるのに驚いて身を引きつつ、さらに続ける。

「接客系がやりたいんだけど」

「接客!?」

 一瞬にして、もわわんと脳裏に浮かんだ空想に鼓動が早くなった。



『当店ナンバーワンの、梵天でございます』

 ボーイに紹介された政宗――店では梵天と名乗っていた――がボックス席に座った男達に優雅に一礼した。

『梵天と申します。どうぞご贔屓に』

 顔を上げた途端、感嘆のどよめきが上がる。

 すらりとした体躯に纏うキャミソールタイプの蒼いドレスは瑕一つない柔肌を惜しげもなくさらしており、ダイヤとサファイアのシンプル

なネックレスが飾る胸元は未だ発達途上の瑞々しい膨らみを覗かせる。

 薄化粧を施した顔は眼帯こそしているが、却ってそれが不思議な魅力を醸し出していた。

『これは……大した上玉ですなぁ』

『さ、先生のお隣に座って』

 政治家と思しき恰幅の良い中年男がにやつきながら舐めるような目つきを向ける。

 そんな視線にも完璧な微笑で返し、彼の隣に腰を下ろすとガーターストッキングを穿いた白い足がウェスト近くまで入ったスリットか

ら垣間見えた。

『可愛いねェ、きみ、いくつ?』

 飲み物をつくっている梵天の細い腰に腕を回し、会話で注意を引きながらその手がスリットから出たふとももに……



「!!! だっ、駄目だ駄目だ駄目だ!!

 突然真っ赤になって叫んだ小十郎にびくっとなる。なにか、彼の気に障ることを言ったのだろうか?

 とんでもない、妄想もいいところだが、『この辺りで接客系=風俗業』という図式が出来上がっている小十郎はすっかり信じ込んでし

まっている。

「?」

 慌ててぶんぶん手を振る小十郎にどうしたのかと尋ねる前に、例によって愛用のマグ片手にリビングへ入ってきた綱元が呆れたよ

うに口を挟んだ。

「何いかがわしい想像してるんですか」

「い、いかがわしいって!? バカ野郎誰がそんな……っ」

「どうせキャバクラとかで働いてるのを想像したんでしょう。妄想といったほうが正しいですかね」

 図星を指されてさらに焦る。そんな様子に鼻を鳴らした綱元は政宗に向かって生真面目な表情で「彼には気をつけたほうがいいで

すよ。こういう思考の男ですから」と忠告をした。

「……」

 どう答えたものかと困惑して向けてくる視線が痛い。気まずくなってわざとらしく咳払い。

「バイトだったら、『賎ヶ岳』で店員を探していましたよ。あそこならいいじゃないですか。ここから近いし、おかみさんとは付き合いが長

いから安心でしょう」

 『賎ヶ岳』。ここへ来てまもない頃に服を借りに行った、あの家庭料理店だ。

「本当?」

「夕飯時は忙しいから人手が足りない、って言ってましたね」

「小十郎、そこならいいか?」

 そこだって酒を出す店だが、変に得体の知れないところで働かれるより余程マシだ。おかみであるまつは客が政宗に何かするのを

許さないだろうし、何といってもここから徒歩数分という近さ。

「……わかった。だが、あまり遅くまでは駄目だぞ」

 期待に満ちた視線に渋々答えてやれば、しおれていた花が元気を取り戻したように喜色満面に席を立つ。

「明日、面接に行ってくる! 綱元、Thank you」

 うきうきと足取りも軽くリビングから出てゆくのを見送って小十郎はぐったりとソファに寄りかかった。

「ちょっと過保護なのでは?」

 だらっとした姿勢のまま煙草を取り出して火をつける小十郎に、本棚からアニメ雑誌を持ってきて読み始めた綱元が突っ込む。

「……先日一緒に彼女の自宅へ帰ったとき、何かあったんですね。本気になりましたか」

 無表情にページを捲る手元の、いかにも萌え系美少女アニメの絵がひどく似つかわしくない。

「何とでも言えばいい。彼女をどうこうしようとは思ってねえ」

「……。」

「『信用できませんね』とでも言いたそうな顔だな?」

 綱元のほうへ顔を向ければ、ずり落とされた眼鏡の奥から見つめる切れ長の目が半眼になっている。

「わかってるじゃないですか」

 どこまでその我慢が続くか見ものですね。と続く言葉は口許だけに刻んだ微笑の奥に隠し、言葉を継ぐ。

「付き合う気がないのなら、あまり政宗を拘束するのはどうかと思います。どんなアルバイトをしようと彼女の勝手でしょう」

 揶揄するような視線を向けながら、綱元の言っていることは正論だ。付き合っている恋人に対してそう言うのならわからないでもな

いが、そういう関係でもない小十郎が口出しをするのは些か度を越している。

「……心配なんだよ。あんなことがあった直後だ、見た目は落ち着いているが、何が原因でまた発作を起こすか判らん」

 含みのある小十郎の返答に、そういえばと先日の会話を思い出した。

「PTSDがどうのとか言っていましたね。彼女に、そういう兆候が?」

 Post Traumatic Stress Disorder――(心的)外傷後ストレス障害。

 強い恐怖を伴う危機(戦争・事故・災害・犯罪被害・虐待など)に瀕した後、そのショックにより長期間にわたり継続する心身障害を指す。

 日本では阪神・淡路大震災の後に認識され始めた、比較的新しい病名である。

「お前、口は堅いよな」

「まぁ……それなりには」

 銜えていた煙草をもみ消し、ソファに深く腰掛けなおした小十郎は先日政宗の継父に会ったときのことを綱元に語った。

 彼女が、どんな仕打ちを受けてきたかを。

 幼い頃に両親は離婚し、長らく母子家庭であったこと。

 中学生になってから母親は再婚。継父と三人で暮らし始めたこと。

 継父は暴力的な人物で、政宗に延々と肉体的虐待を続けていたこと。

 そして、彼女の右目を失明させた上に性行為を強要していたという事実。

「ここへ来ても、あまり良くは眠れていないようだった。そして自宅に帰ったとき、居間で――おそらく、そこで継父の暴力を受けたの

だろう。突然ひどく怯えだしてな。暴れて手がつけられなかったこともある。大人の男性を非常に恐れているらしい」

 思い出しても怒りが湧き上がってくる。

 あのときの彼女の涙。継父のいやらしい笑み。それら全てから守ってやろうと心に誓ったのだ。固く。

 一番ひどかったのが出会った日のアレだが、詳しく説明することを避ける。

「そんなところで帰りに継父と鉢合わせだ。俺たちには笑顔を見せているが、どうしても心の底から笑っているようには思えねぇ」

 両手を組み、声を震わせる。雑誌を閉じて表情を消したまま耳を傾けていた綱元はそれでこの態度かと納得する。

「私は医者ではありませんから、それが本当にPTSDなのかという診断はできません。虐待や強姦の被害者がかかるのはありがち

な話ですが……折を見て、彼女と話してみましょう。そう、言いたいんですね?」

「経験者のお前でなければできないことだ」

「でも、私のときは貴方が」

「……」

 静かに返された言葉に、沈痛な面持ちでうつむいた小十郎は弱弱しく首を振るだけだった。



 翌日、意気揚々と帰ってきた政宗は『賎ヶ岳』でのアルバイトが決まったと二人に告げた。

「すぐにでも来て欲しいって!」

 働けるのがよほど嬉しいのか、明るい表情をやや紅潮させている政宗の頭を撫でた小十郎は昨日と打って変わって笑顔だ。

「そうか、よかったな。頑張って来い」

 大きくひとつ頷いて、急いで夕飯の準備を始める。

「ひとついいことを教えてあげましょう」

「何だ」

「PTSDが完治することは、稀です。事実、今でも私は悪夢と睡眠障害に悩まされていますから。でも、軽くしてゆくことは出来る」

「それがいいことなのか?」

「ああやって、穏やかな生活の中で危険が去ったことを認識させる。急性症状がでている彼女にはそれが一番大切です。それと、親

身に話を聞いてくれる誰かがいればね」

 誰か、の部分に力を入れて小十郎を一瞥。

「大切にしてあげなさい。すぐには無理でも、いつかは心を開いてくれると思いますよ」

「……矛盾しているぞ」

 昨日は過保護だと言ったその舌の根も乾かぬうちに大切にしてやれとは。

「それはそれ、これはこれ。大事にするのと拘束することの区別もつかないんですか、貴方は。あぁ、くれぐれもキレて襲ったりなどし

ないように」

「!? 人を何だと思ってるんだ……」

「最短記録・出会って三時間。」

 さらりと切り返され、言葉を失った。なんでそんなことを知っているんだと訊けばさらに墓穴を掘ると思ったのか、口をつぐんでしまう。

「ま、そういうことです。頑張ってくださいね」

 どうなるのか楽しみです。

 にこ。人の悪い笑みを貼り付けた綱元の存外整っている顔面を殴ってやりたい衝動に駆られたが、結局この男には一度も勝てたた

めしがなかったのだ。



「ところで、以前から問題になっていた件ですが今夜辺りから行動しましょう」

 夕食の準備を終えて政宗がアルバイトに出かけていった後。

 銃の手入れをし始めた小十郎に綱元はそろそろ駒を進めると宣言した。

 問題になっていた件。

 ここのところ色々あったために話題に上ることは少なかったが、忘れてはいけない。

 彼らが関わらない間にも事態は動いているのだ。



 伊達組からの依頼。

 織田組との静かなる抗争。

 『ブルー・ヘブン』。









To be continued...









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アルバイトをしたいと言っただけでそこまで妄想できる小十郎の変態っぷりに乾杯(笑)
実際にいたらウザいことこの上ない人物だと思う。