!! ATTENTION !!
このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。
Hitmen'n Lolita #11
「何度も言わせないで下さい。私の部屋は武器保管庫を兼ねているのですよ? そんなところに彼女を寝かせるわけにはいきません」
危ないではありませんか。
珍しいことに、綱元が本気で表情を険しくしている。
「おれも似たようなもんだって。眠ってる女の子を背にハッキングとかマジ嫌なんだけど」
それこそ、色んな意味で耐え難い。
こちらもいつになく真剣な面持ちだ。
「ツナは部屋にヤバイ本を山ほど持ってるから見られたくないだけじゃねえか。そりゃー見られたくないよな、あんな少女趣味丸出しな
本なんか」
「それを言うなら成実、貴方の方でしょう。仕事をするとか言いながら、怪しげな成人指定サイトを見まくっているのは知っていますよ。
チェリー君の分際で興味だけは人一倍だなんて恥ずかしい人ですね」
「んだとコラ! 決め付けてんじゃねえよ(済)だ!! 興味があってなにが悪い。てめーこそ二次元の女にしか興奮できねえくせして」
「実害がない分マシだと思いますがね、誰かと違って。だいたい、人の趣味に口出しをしないでください。万年発情期のオコサマに言わ
れたくありません」
「そりゃこっちのセリフだ。二次元オタクの○○○のくせにっ。この、××××野郎!」
ローテーブルを挟んで向かい合った二人は先ほどからずっとこの調子なのだが。
……とんでもなく、低レベル。互いに自分のダメさを否定せず逆切れしている辺り、もはや救いようが無い。
「…………。」
屋上から戻ってきた二人がドアを開けた瞬間、成実が中指を立てながら下品極まりない罵詈雑言を放ったところで。
それをまともに聞いてしまった政宗は冷たい目で両者を睨みすえると、ぷい、と顔を背けてしまう。
軽蔑に満ちた表情。だが、その白い頬はほんの僅かに朱をのぼらせていた。
「おい、いい加減にしろよテメェら……」
政宗の視線にも気付いていないのか、なおも言い合いを続けようとする二人を諌める小十郎の声が危険な温度を孕んで低くなる。
「あ、こじゅ」
そこで初めて二人に気付いた成実が顔を見たくもないとばかりに目をそむける政宗を見て「しまった!」と言いたげな顔になった。
○○○だの××××だのと、とてもではないが女の子に聞かせたくない言葉を、ご丁寧に中指立てて叫んでしまったことを後悔する
が既に時遅し。
綱元はといえば、何事も無かったかのようにしれっとした顔で微妙にあさっての方向を見ている。
「もういい、政宗は俺の部屋で寝てもらう。ったく二人とも……綱元! テメェもだ聞いてんのか」
「聞いてますよ」
にっこり。いつもの完璧なる笑顔でカバーした顔はもはや何の感情も読み取れない。
(ダメだこいつ。まともに相手すれば疲れるだけだ)
自分に都合の悪いことには完全無視をきめこむ綱元の笑顔に、小十郎は疲れた溜息をついただけでそれ以上は何も言及しなかった。
ごうんごうん。
小十郎に断って貸して貰った(彼は『ここに住むのだからいつでも好きに使え』と言ったのだが)洗濯機は今時珍しい二槽式だ。
全自動のものしか使ったことが無いのだろう、蓋の無い状態でぐるぐる回っている水と洗濯物を政宗は飽きもせず眺めている。
彼女を誰の部屋で寝かせるかでひとしきり騒いだ後、綱元と小十郎の二人は買出しに行ってしまい、後には政宗と成実の二人が残
されていた。
もしかすると、先程の言い合いで品の無い暴言を放った成実と顔を合わせたくないのかもしれない。
だから、その成実が洗濯機のある脱衣所の入り口を手持ち無沙汰にぶらついても振り返ることは無かった。
そんな雰囲気に耐え切れなくなったのか、拒否の意思を伝えてくる政宗の背中に遠慮がちな声がかけられる。
「……あのー、お姫様?」
「誰ですかそれは」
(うあ、敬語になってるよ)
さほど強い声音ではなかったが、冷ややかな響きを持ついらえの言葉に成実は思わず後ずさってしまった。
洗濯機が止まり、脱水槽へ洗濯物を移す白い指先が綺麗で思わず見とれるが、いやいやいやと頭を振ってふたたび話しかけた。
「んとー、ぼん……じゃない、政宗?」
つーん。とでもいう感じで振り返りもしない彼女の態度に、言葉尻が小さくなる。彼がもし犬か何かだったならば、おそらく耳が下がり
尻尾も足の間に丸まっていることだろう。
しゅんとした成実の様子を声の感じから察した政宗は軽く溜息をついて身体ごと向き直った。非常にわかりやすい反応を示す成実を
苛めるのも可哀想になったのだ。
「What?」
先ほどよりは柔らかな言い方。まともに顔をあわせ、先刻の下品な物言いを恥じた成実は「さっきは、その……変なこと言ってごめん」
と頭を下げた。
「Ah、そのことか。……べつに、気にしてないし。見られたくないものが部屋にあるんだろ? 万年発情期くん」
「……!」
にこ。花もほころぶような愛らしい笑顔だが、言っていることは辛辣だ。事実とはいえ、すっぱりと断じられてしまうと流石の成実も鼻白
んで言葉をなくしてしまった。
彼くらいの年齢ならまあ、むしろ健全と言ってもいいくらいの可愛らしいものであったが。えっちい写真集の一つや二つ、持っていて当
たり前なのである。
そんな、わかりやすい成実の反応に噴出したくなるのを堪えて「なにか用か?」と繰り返した。
「……あー、うん。ちょっと、頼みたいことがあって」
本当はものすごく頼みづらいけれど。元気なく垂れて伏せられた耳が見えそうな語調はいつもの彼らしくない。
「ん?」
脱水機が止まった。再び成実に背を向けた政宗は水が切れた洗濯物をパンパンと叩きながら屋上で干すべく洗濯籠に軽く畳んで入
れてゆく。
「俺に出来ることならな。これ、干してからでいいか?」
「手伝おうか?」
「No thank you.」
まじで? と目を輝かせ手伝いを申し出てきた成実であったが、いやこれは。
(だって下着だし……)
このむさ苦しい男所帯で暮らしてゆくのはちょっと大変なのかもしれない。
「No! 違うって。その数をここでこのxに……」
「梵ー、ぜんっぜんわからない」
「『ぼん』って誰だ? ……集中しろよ。まだ試験範囲の半分もやってないんだぜ」
「……昔のダチ。政宗に似てるからさ。で、なんだっけ?」
「人の話、聴いてるか? つかテメェ、どこがわからないんだ」
「わからないところがわからない!」
だめだ、これは重症だ。ソファに向かい合って座り、教科書とノートを広げて成実と頭をつきあわせた政宗は思わず天を仰いだ。
明日の試験に備えて勉強を教えて欲しいと頼まれ、軽い気持ちで引き受けたのだがここまでできないとは思わなかった。
おそらく、中学校の数学の基礎からつまづいているのだろう。よく高校受験を突破したものだとなかば呆れる。自分も通うあの学校
は、それなりにレベルの高い進学校であるから。
「ところで、数学以外にも教えて欲しいんだけどー……」
「一夜漬けでどうにかなるLevelか? ……まったく、授業をちゃんと聴いていればそれなりにできるだろうに」
どうやら、出席も足りないらしいのだ。成績は悪くとも、授業に出ていればなんとか単位をもらえるはずなのだが、『仕事』の関係なの
か本人にサボり癖があるのか、聴くところによると留年ギリギリだとか。
「なあ成実……ここは観念して、謹んで留年するってのはどうだ」
「それはダメ! 伯父貴に殺 さ れ る ……!!」
怖ろしい想像を追い払うように、ぶぶぶんと頭を振った成実はあ! と思いついて身を乗り出した。
「こうなったら最後の手段だ。か……カンニングなんていかがでしょう?」
と、妙にコソコソと顔を寄せて声を潜めた。
「クックック……これで試験は勝ったも同然。成績も上がって留年も免れる。我ながらナイスアイディア」
「成実、おぬしもワルよのぅ……なわけないだろう!! 何バカなこと言ってるんだ。ちゃんと勉強しなきゃだめだ」
(今時カンニングって。Classicalな奴……)
「しょうがないな……じゃあ、どれか一教科だ。一番マシなやつをとにかく赤点以上にしろ。全滅よりはいい」
「ごめん……どれも似たり寄ったり……」
長身を小さくかがめ、じつに申し訳なさそうに頭をかいた成実。もはや打つ手なし。
「なんで学校行ってるんだテメェはよ」
「……う……」
「呆れてものが言えないぜ。……だったら、応急処置的だけど勉強がやりやすい歴史だ。一年は世界史だったな? とにかく、何も考え
ずに覚えろ。いいか、これから俺がマーカーで線を引いたところを全部覚えるんだ。それだけでいい。できるな?」
「う、うんわかった」
「Good boy. これでしくじったらもう知らないからな」
「だーいじょうぶ♪ 梵が教えてくれるから〜」
美人は怒っても美人というが、柳眉を顰め口許を引き結んだ政宗は本当に美しい。それを間近で見ることになり、にへら☆と相好を崩
した成実の頭に「真面目にやれ!」と拳骨をくれてやったところで小十郎と綱元が帰ってきた。
「おお、やってますね。偉い偉い。……すみませんねぇウチのバカが」
買い物袋を抱えた綱元が真剣な面持ちで教科書を睨みつける成実を見遣ると、ペンを片手に教えている政宗を労った。
「No problem. 自分の復習にもなるから」
「成実、政宗に感謝しろよ。お前ほど頭の悪い奴を教えるのは苦労するんだからな」
「二人ともひどくね? 折角ひとが真面目にやろうとしてるのに……」
「無駄口たたくな! 留年したいのかよ?」
「すみません……」
成実に覚えさせる部分にチェックを入れ、サボるなよとばかりに腕を組んだ政宗はすっかり厳しい先生だ。重たい買い物袋を床に置い
た小十郎は微笑ましい姿に口許を緩める。
「随分と沢山買いこんできたんだな」
「なかなか買い物にも行けないものですから、行けるときに纏め買いをしているんですよ」
二人ががりで運んできた荷物はなるほど、一週間分はあろうかという食料品にトイレットペーパーなどの消耗品が詰まっている。
「自炊してるんだ?」
「まぁ……一応。あまり料理は得意ではありませんがね」
「ふぅん……」
親の敵のように教科書とにらめっこする成実に「あとでTestするからちゃんと覚えろよ」と釘を刺し、買い物袋をキッチンへ運ぶ小十郎
のあとについた。
綱元は脱いだコートを手に政宗の座っていた場所に腰を下ろし、さりげなく成実を監視している。
「手伝うよ」
「お、すまんな……重いぞそれ。気をつけろ」
雑居ビルのキッチンというから会社の給湯室のようなそれを想像したが、なかなかどうして立派なものであった。普段はあまり使われ
ないのであろう。一般家庭並みに広いそこは汚れてさえいない。
買い物袋の中身のうち生ものを先に冷蔵庫へ入れてしまおう、と大き目の冷蔵庫のドアを開けた政宗はそこで唖然としてしまった。
なにも、ない。正しくは、ペットボトル入りの炭酸飲料と使いかけのコーヒー豆、それに缶ビールが数本。それ以外は本当にからっぽで
あった。
よくドラマなどで一人暮らしの男性の家でそういうシチュエーションがあるが、まさか本物を目にしてしまうとは。
「……」
「ここのところ少し忙しくてな。ほとんど買ってくるか外で済ますかなんだ」
情けないことだが、と苦笑した小十郎に振り返った政宗は、自分の仕事を見つけたとばかりににこりと笑ってみせる。
「じゃあ、これからは俺が作ってやるよ」
「……いいのか? それは、正直助かるが」
「Of course. 家事なら慣れてるし、何もしないで住まわせてもらうのも悪いから。んじゃ早速やらせてもらおうかな。今日は何を作るつも
りだったんだ?」
すぐに気が散ってそわそわする成実を、警策で座禅僧を打ちのめす師のごとく読んでいる雑誌ではたいていた綱元の嗅覚をおいしそ
うな匂いが刺激した。
「今日はカレーですか。成実、ちゃんと勉強できなければあのお嬢さんの手料理はお預けですよ」
「えー!? そりゃないよツナ。おれ夕飯抜いたら死んじゃう」
「一食抜いたくらいで大げさな。ほら、教科書を寄越しなさい。ちゃんと覚えられたか試してあげます」
三口あるコンロのうち、ひとつでは大きな鍋にカレーが出来上がっており、ぐつぐつと煮えていた。もう一方では綺麗に澄んだ金色の
コンソメスープが温められて、いい匂いの湯気をあげている。サラダに入れるキュウリをまな板で切っている政宗の手つきは炊事に慣れ
たもののそれで、まったく危なげが無い。その手際のよさに皿を出したりして手伝っていた小十郎は舌を巻いた。
この年齢の少女にしては随分としっかりしている。
(ああ、そういえば趣味は料理だと言っていたな)
彼女にとってはこのくらい朝飯前なのだろう。炊事用の前掛けをして機嫌よくレタスをちぎる後姿はどこぞの若奥様のようで、ちょっと
イケナイ妄想に走りそうになる。
ほっそりとした腰に巻かれた前掛けの紐が妙に悩ましい。
(……っ)
「小十郎、サラダボウルを取ってくれないか」
いやいやいやいや、何を考えているんだ自分は。と頭を振る小十郎に振り向いた政宗はそんな彼の内心など知る由もない。
「あ……ああ」
(何だ、溜まってるのかオイ)
無邪気な彼女の姿にそういう想像をしてしまうほど欲求不満だったのかと首を傾げたくなる。大体、この少女にまつわる問題は何一つ
解決していないはずなのに気楽なものだと独りツッコミ。
信用されているわけではないはずだ。この笑顔も、心からのものではないだろう。こればかりは、時間をかけて勝ち取ってゆくしかない
のだが……。
「そういえば、学校はいつから行くつもりだ?」
もやもやとした気持ちを振り払うように話題を変えた。
「Hmm…明日から試験だから、それが終わってから行こうと思って」
熱は下がったものの、まだ体調は本調子といえないのだ。試験期間は二日。それだけあれば体力を回復できるだろうと言う。
「多分、成実と一緒に追試になるんだろうな」
リビングから聞こえてくる、成実と綱元の声に苦笑して。どうやら勉強は難航しているらしい。
「そうか。ここから学校は遠いだろうから、成実のバイクに乗せてもらうといい」
「え? あいつ免許持ってるの?」
一年、ってことは十五歳。早生まれで十六だったとしてもまだとりたてなのではなかろうか。正直、初心者マークのバイクにタンデムす
るのは気が乗らない。
「ああ見えて運転は結構上手いぞ。小さい頃から自宅の庭で乗り回していたそうだからな」
(どんな家だよ……)
相当広い家でなければそんなことはできない。もしかして成実って、お坊ちゃん? と背後のリビングをチラ見した。
それから二日の間。重い足取りで学校へ行く成実に弁当を持たせて見送り、仕事のために出かける二人に留守番を任されて。
(まるで主婦みたいだな)
手のかかる子供と、働きに行く旦那を持った奥さんのような自分にこそばゆくなる。こんなに穏やかな日々は本当に、久しぶり。
水をやって元気を取り戻した小十郎の鉢植えを軽くつつきながら、物凄く密度の濃かったあの一日を改めて思い出す。
『あれ』の後、通学鞄ひとつで家を出て。何処へ行くあてもなく街を彷徨って、チンピラに襲われて。もう少しで殺し合いになるところを
止めてくれたのが小十郎だった。何の気まぐれだったのか、家に連れ帰ってくれて成実たちと顔をあわせて。風邪をひいて倒れたのも、
買い物に行ったのも……銃を見つけてしまったのも、あの一日でおこったこと。
(思い出すだけで眩暈がしてくるぜ。映画を見ているみたいだ)
ライティングデスクの椅子に座り、肘をついた政宗はちいさく苦笑する。これを所謂「数奇な運命」と呼ぶのだろうか。
いまだ現実感の薄い感覚はこのままでいてはいけないと警告してくるけれども。
そう、自分は現実から逃げただけで何も解決などしていないのだから。
(いつかは帰らなきゃ)
ちゃんとあの関係にケリをつけなければ、自分はこの先なにも変われない。
(でも……少しだけ。あと少しだけ時間が欲しい……今はまだ、とてもじゃないけど顔をあわせることなんかできない……!)
思い出すことさえ怖ろしい、それだけで全身に震えが来るあの出来事を過去のものとして記憶の彼方に追いやるにはあまりにも傷が
深すぎた。
毎夜、悪夢にうなされるのだ。絶叫を必死に抑えてあの三人に聞こえないよう枕に顔を押し付けて泣き続けているのだ。そんな状態
で、どうして帰れようか。
しかし、綱元としたもう一つの約束はそんな彼女に両親との連絡を請うもので。
「どうしよう……。今更電話なんてできない。母様が出るとは限らないし」
はぁ……。深い溜息をついてうなだれた政宗は携帯を持っていなかったのだ。
(「たっだいまー!」)
ここに住まわせてもらう以上、約束は守らなければならない。日延べしたって変わらないのだ。どうしたものかと弱りきって頭を抱えた
ところへ、成実が帰ってきた。
「Ah、お帰り成実。どうだったよ試験は」
小十郎の部屋を出て、「なんかおやつないー?」と能天気に鞄を放り投げた成実の姿に政宗は(そうだ、こいつに聞いてみよう)と相談
を持ちかける覚悟を決めた。
どんなに避けようとしたって、通らなければならぬ道というものがあるのだ。
行かなければならない。あの、家に。
だが、この時点で政宗は自覚すべくも無かったが、少しずつ彼女の内面に変化が現れ始めていた。
なぜ自分が家に帰りたくないのか。理由は自身の抱える問題だけではないのだ。
To be continued...
前回の更新より少しお待たせしてしまいました; すみませーん……(−−;
インターバルその2、という感じで。成実の「○○○」に「××××野郎」の伏字部分はここではとても書けない言葉なので
ご想像にお任せします(笑) 下品ですんまそ……。
つうか書いてる本人もびっくり。彼、(済)なんだ……! ノリがゾンゼロっぽくなってきたなぁ。
(ゾンゼロ=「ZONE-00」 九条キヨ先生のコミックス。超ハイテンション。面白いですよ〜)
次回からはまたちょっと重たい展開に。
ところで。実は11話かけて丸一日を書いていたことに今更気付く罠。密着取材24時っていうか。うわ。