!! ATTENTION !!

このシリーズは政宗様が16歳の女子高生になっています。
「……痛いよソレ」とか思っちゃった人は読まないでくださいませ〜。

















Hitmen'n Lolita #10









 ソファに座る自分の前に芳醇な香りをあげるコーヒーが置かれても、とても飲む気にはなれなかった。

 カップに角砂糖を三つも入れてじょりじょりかき混ぜながら、気を使っているのか「砂糖とミルクは?」と努めて明るく訊いて来る成実に

もゆるく首を振って応えるだけで。

 そんな政宗の様子に小十郎は内心(無理もない)と表情を曇らせる。

 せっかく、僅かながらでも笑顔を見せるようになってきたというのに。

 元はといえば自分の所為で招いた事態だ。それが、辛い。

「……さて、何から話せばいいでしょうね」

 愛用のマグになみなみと注いだコーヒーをすすって、綱元が最初に口を開いた。硬い表情のまま両膝をそろえて座る政宗を見るやん

わりとした目つきは、先程の殺意など微塵も感じさせない。

「アレを見てしまったのならばもう、大方の予想はついていると思うが」

 アレ、とは言うまでもなく小十郎の銃だ。

「回りくどい言い方は好かん。率直に言う。俺達は、所謂殺し屋というやつだ」

 こく、とひとつ頷いたのを見遣って更に言葉を続ける。

「依頼人から示されたターゲットを、合法非合法を問わず肉体的・社会的に『殺す』ことを生業としている。……それだけだ。これ以上、言

うべき言葉を知らん」

 簡潔に言って口をつぐんだ小十郎の後を綱元が継ぐ。

「そのほか電子諜報エリント通信諜報コミントなどの情報収集――これは主に成実の役目ですが――と、あまり日の目を見たくない方々のセキュリ

ティに関するコンサルタント業も行っています。つまり、何でも屋ですね」

「ただ殺すだけが仕事じゃないってこと。それだって、消すべきだと判断した相手しかヤらないんだよおれたちは」

 それでも、相手が何者だろうと殺しは殺しなのだが。

「警察に捕まれば、懲役はおろか死刑さえ免れないかもしれないのが俺達だ。殺る相手に恨みはない。だが、それが仕事だからな。

……嘘をついていて悪かった。だが、出来ることなら何も知らずにいて欲しかったんだ」

 三者三様、内容はともかく言い様は極力穏やかになされた説明に黙したまま耳を傾けていた政宗は、ここでやっと言葉を発した。

「ひとつ、訊いていいか?」

「答えられる範囲であれば」

「どうして、こんな仕事をしているんだ。明らかに犯罪だし、警察に怯えながら暮らすなんて考えられない」

 しかも、ひとの命を奪うことに何のためらいも持たないなんて理解に苦しむ。

 政宗には彼らを責めて警察に通報しようというつもりは全くなかった。しかし、だからといって理解して受け入れるというのは抵抗がある。

 ただ、知りたかった。彼らが何を思ってそのような道に足を踏み入れているのかを。

「悪いけどおれ、ノーコメント。けど断言できるよ、仕事は全然楽しくないって」

「そうですね……不思議に思うのは無理もない。

私は、どうしてもこの世界から足を洗えない理由があります。もう普通に働いて暮らしてゆける人間じゃないのですよ。しかし、成実が言っ

たように私たちは仕事を楽しいからやっているわけではない、ということは解っていただけると助かります」

「選択肢がなかった。理解できないだろうが、そういう生き方しか出来ない人間もいるのさ」

 順番に返されたいらえは、答えになどなっていなかった。なおも問い詰めようとして政宗ははっと思い至る。

 自分だって、彼らに自分の事情を何も話していないではないか。そんな自分に親切にしてくれたのは、彼らだ。本来なら何の縁も

ゆかりもない人間だというのに。

 それを、ここではぐらかしたといって責めるのはあまりに虫が良すぎるのではなかろうか。

 三人に対して、どういった態度をとればよいのかわからず言葉を失ってうつむくしかない政宗に綱元が穏やかに話しかけた。

「それで、肝心の問題ですが。正直なところ、私は貴女にここを出てもらいたいと思っていました。疎ましいからではなく、貴女自身の安

全のために」

(違う。だって、勝手に入り込んできたのは自分のほうじゃないか)

 この人たちは、怖ろしい仕事をしていながら驚くほど良心的だ。小十郎も成実も、この綱元も。

(なのに、どうしてこんなに)

「後先を考えずにお前をここに連れて来たのは俺だ。もし、行く場所がなくてここに居たいのなら居てくれていい。そのときは俺が責任を

持って危険な目にあわせないようにするつもりだ。……綱元、それでいいな?」

「どうせ反対したって貴方はそうするではありませんか。私のいうことを聞いた事などないくせに。……いいですよ。ただし、お嬢さん。

二つほど守ってもらいたいことがあります」

 思いもよらぬ展開に、驚いたような哀しいようななんともいえない表情を湛えた顔を上げた政宗に綱元はふわりと微笑んだ。

「でも俺……っ」

「ちゃんと親御さんに連絡して、ここに住んでいることを伝えなさい。貴女がなぜ家を出てきたのかは、私からは訊きません。話したくなっ

たら、話せばいい。けれど、ご両親にはあまり心配をかけてはいけませんよ。そして、学校には行くこと」

 なにか、辛いことがあったのでしょう? 貴女の傷が私にはよく見える。体の傷だけじゃない、深い痛みが。私と同質の、なにかが。

 そう、心の中で続けた綱元は(つくづく、この二人の甘さがうつってしまいましたね私も)と苦笑した。

「でも、なんで!」

 納得がいかない。どうして、こんなに優しくされる理由がある!?

「理由が欲しい?」

 気持ちをうまく表現出来ず、涙目になって言葉を詰まらせる政宗の隣に座った成実がニッと笑って覗き込んだ。

「それはね……おれがあんたのことを好きだから」

「What?」

「おれ、超一目ぼれしたんだよね。なんていうの、これ運命? もー凄いよねこの確率。好きな子とはいつも一緒にいたいから、出て行

けなんて絶対言わねえ」

 すきだー! と続けて、何を言い出すのかと目を丸くする政宗の細い身体をぎゅっと抱きしめた。

 綱元が呆れたように「お馬鹿ですね……」とつぶやくのも気にしないで。

「理由なんかねえよ。俺たちがそうしたいからそうする。迷惑か?」

(『親切にするのに理由なんかない』)

 まつと全く同じことを言った小十郎に、未だ成実に抱きつかれたまま半ば呆然と首を左右に振った。

「では決まりだな。……まあ、稼業のことを気にするなというのは無理な話だろうが、理解してくれとしか言えん」

 それでもまだ何かを言おうとする政宗の頭をよしよし、と撫でて。

「無理は、するな。ひとに言えない事情を抱えているのはここに居る三人も全員同じだから。何も言わなくていい」

「……ここに、居ても、いいのか?」

 自分という存在を認めてくれるというのか。今まで、否定されることでしか存在意義を持ち得なかった自分を?

 無言で、だがしっかりと頷いた小十郎に思わず、涙がこぼれた。

「あ、こじゅ泣かした! 何すんのさ人の彼女に」

「誰が彼女だ。いいかげん離れろお前は」



 その後。鍵の解除方法などいくつかのことを教えられ、彼女の寝る部屋をどうするか相談し始めた三人に外の空気を吸いたいからと

言って政宗はビルの屋上に上った。

 ひゅう、と強いビル風が吹き上がってくる。エアコンの室外機と貯水槽以外は、誰かが置いたらしい幾つかのプランターしかない屋上

は金網もなくだだっ広い。

 常日頃、家事をしているためか(ここで洗濯物を干すのは大変かな)と考えてしまってひとり小さく苦笑をもらした。

 吹き渡ってゆく風はもう秋の薫り。少し冷たくなってきたそれが涙の痕を撫でてゆくのにまかせ、ビルの間に沈んでゆく夕日を彼女は飽

くことなく眺めている。

 下界は既に宵闇に沈んでいた。昼間とは質の違う明るさが満ちてゆく通りは、近いようでまるで別世界だ。

 ここは。彼らの暮らす、このビルは。今となっては、自分を初めて受け入れてくれたかけがえのない場所。

 帰る場所なんか、いつでも無かったのだ。母と二人で暮らしていたときでさえ。それは、母の所為ではなかったけれども。

 でももう、ひとりぼっちじゃない。

 そう思うだけで心の中に灯がともるようで。やっと自己嫌悪の連鎖から逃れられる気がする。

(いつか、あの人たちに話せるようになれれば)

 どうして家を出てきたのか。何故、帰れないのか。なにも語らない自分を詮索せず受け入れてくれた彼らの恩に報いたい。

「ここに居たんだな」

 ふいに背後から声がかかり振り向くと、廊下から続くドアを閉めた小十郎が歩み寄ってきた。

 後の二人との話し合いは終わったのだろうか。

「いやそれが……実は余っている部屋が無くてな。誰が部屋を明け渡すかで今、綱元と成実が相談、というか罵りあいだな。ありゃあ」

 二人の果てしない舌戦に嫌気がさして出てきたというのだ。

 はっ、ガキみてぇに喧嘩しやがって。と笑い飛ばした小十郎の隣で政宗は申し訳なさそうに小さくなる。

「Sorry……」

「謝ることじゃねえだろう? いいんだ、放っておけ。あの二人はいつもああなんだ」

 上着の胸ポケットから取り出した煙草に火をつけて、それでもやっぱり俯いている政宗の頭をそっと撫でた。

「大丈夫だ。収まりつかねぇなら、俺の部屋を使え。……なあ、政宗よう」

 初めて名前を呼ばれ、はっとして見上げる先の顔はあの穏やかな笑顔。

「そんな顔するな。折角の美人が台無しだぞ? アンタはもっと自信を持っていいんだ。

――笑っていてくれよ。俺は、アンタが哀しむ顔なんか見たくねえんだ」

 顔を上げて、胸を張って。辛いときこそ、俯かないで。

 いつか、心から笑えるときが来ることを信じて。

「……ぷっ」

 恐らく、本人的に『イイ』顔をしているつもりなのだろう。にこ、と笑って見せた顔がなんだか妙におかしくて、政宗は吹き出してしまった。

「んなっ! 失礼な奴だな。何がおかしい」

「だって……小十郎、顔、こわい……! っつか、台詞クサっ! いまどきポエマーかよ……ぷぷっ」

 くっくっく。笑い出すと止まらなくなって、お腹を押さえて堪えている。目の端に涙さえ浮かべて笑い転げる彼女に、失敬な! と仏頂面

になりかけるも、それもすぐに引っ込んだ。

「あぁ、そうだ。そうしている方がずっといいぞ」

 と、柔らかな表情で頷く。

 笑っている顔は本当に愛らしくて、それだけで周りの空気が優しくなるようで。

(ああ、ヤバイな)

 同情して気に掛ける以上の感情を抱きそうになる。恐らく、自覚してしまえば止められなくなるだろう、その想いを。

 己の心深くに芽を出し始めたそれを摘み取ってしまうことは、もはや出来そうに無かった。

(……いや、よく考えろ。十も歳が違うんだぞ)

 ありえない。確かに年齢的なストライクゾーンはかなり広いと自覚しているが、自分はロリコンではない。

 こんな、子供みたいな女の子に惹かれるなんて。

「Hey、どうしたんだ?」

 ぶほ。

 急に眉を顰めて黙り込んだのを不審に思って覗き込んできた政宗と近い距離で目が合い、驚いて煙草の煙にむせてしまった。

「っゲホゲホッ!!」

「!? 大丈夫? ……煙草はやめたほうがいいぞ? 身体に悪いし」

「あ……いや、なんでもない。気に、するな」

 さすさす。咳き込む小十郎の背中をさすってやる小作りな手。それをまた変に意識してしまうものだから益々思考が吹っ飛んだ方向へ

転がっていきそうだ。

 ああもう。これは、おかしい。まるで何かの病気だ。計算のない、純粋な視線を向けてくる彼女が小悪魔のように見えてくる。

「あー、冷えてきたな。ほら、また風邪をぶり返すといけねぇ。部屋に戻ろう」

 二人だけでいるというのがまずいのだ。どうも、この娘は独特の毒気を持っているらしい。



 それにしても、ああ。



 なんと可愛らしい悪魔であることか!









To be continued...









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あちゃー☆   ……としか言えない_| ̄|○
段々と超ご都合主義的ハーレクインロマンス風味が強くなってきましたよ(笑)
この10話、本当は丸ごと削除して書き直そうかとも思ったくらい出来が悪くて
申し訳ない気持ちでいっぱいです(−−;
いや、なんていうかー……すんごい奇麗事満載じゃないですか。物語だし、実際
Highが表現したいことってそういうことだから間違ってはいないんですが……。

人間の本性は善である。いちど、かかわりを持った相手に見返りを求めない優しさを
与えるのはなにも特別なことじゃないんだよ、というのがこの話のテーマの一つだったり。
やっとここで折り返し地点。どうぞもう暫く、お付き合いくださいませm(_ _)m