コンビニ店員小十郎#1
その大柄な体躯と武道を嗜むという点、そして何よりも厳つい風貌で深夜帯の勤務に最適であろうと彼を採用した店長は、シフトを決める段になって愕然とした。
さしたる理由もなく採用を取り消すわけにもいかず、たかがアルバイトと履歴書を熟読しなかった自分が悪いのだと諦めて昼から夕方の、子供や女性が多い時間帯
を任せることにしたのであった。最も多い客層にすこぶるウケが悪いだろうと思いながら。
彼の名前は、片倉小十郎。
近隣の定時制高校に通う、勤労学生である。
「いらっしゃいませ」
ぴんぽんぴんぽん、と軽快な音と共に自動ドアが開く。
『研修中』のバッジを名札の横につけた大柄な男がマニュアル通りの挨拶と共に来店した客へ笑顔を見せるが。
「……!」
学校帰りにおやつでも、と立ち寄った女子高校生のグループは一様にびくっと体を震わせて顔をこわばらせた。
その集団へくっつくように入ってきた、ランドセルを背負った男子小学生は今にも泣きそうな顔で半ば小走りに菓子売り場へ行ってしまう。
本日何度目かもわからないほど繰り返された光景を横目に店長はこっそりと溜息。
このコンビニのある周辺は各種学校が多く、客の多くが学生であった。特に流行物や甘いお菓子が大好きな女子学生と子供は上得意だ。しかし、店員がこの見た目では……。
「あ……」
明らかに怯えた表情を向けられ、がっくりと肩を落とした小十郎に店長は「片倉君、そろそろ休憩入って。そのあと倉庫で在庫確認ね」と声をかけた。あの子供相手に
レジをやらせるのは忍びない。
「……はい」
勤務態度は至って真面目であり何をやらせてもそつなくこなすが、いかんせんこの見た目がよろしくない。こればかりは本人に責任があることではないためどうしようも
ないのだが……。
ややたれ気味の目は知的な穏やかさを湛えていたが、思いっきり釣りあがった眉と、左頬に走る大きな傷跡、そして黒髪のオールバック。
その見た目、まるでヤクザ。
普通に話せば折り目正しく好青年ということで他のアルバイトたちからの評判はよかったが、客にとっては単なる怖い店員だ。
本人もそのことは気にしているらしく、長身を縮めるようにしてバックヤードへ向かう背中を店長は二度目の溜息と共に見送った。
「……いい奴なんだけどなぁ」
ばたん。
店の裏手から細い路地へ続いているスチール製のドアが安っぽい音で閉まると同時に小十郎はがっくりと肩を落として溜息をついた。
そのまま路地へ降りる階段へ座ると、ポケットから煙草を取り出して火をつける。
「そんなに怖い顔をしているのか、俺は……」
両親を早くに亡くし、姉と貧しい二人暮しで高校進学を諦めて深夜の道路工事等で働き始めて数年。成人を迎えた今年、ようやく定時制の高校へ行ける資金を貯める
ことができたが、今まで働いていた時間を学校に費やしているために生活費に回す金を稼がねばならず始めたアルバイトであったが。
これでは、早々に辞めさせられてしまいそうだ。
自分の容貌が「まるでヤクザ」なのはよく判っていた。中学の時から既に見た目だけで不良と判断され、教師に目をつけられたり近隣のヤンキーどもに喧嘩を売られたり。
しかもその喧嘩に思わず勝ってしまったものだから始末が悪い。
気がつけば、このあたりで彼に逆らう者は皆無という状態で。
髪型がいけないのかと前髪を出してみたこともあるが、より一層「らしく」なってしまったので一瞬で辞めた。
暴走族のヘッドだとか、ヤクザと繋がりがあるとかありもしない噂だけが流布している現状に嫌気が差して、一時期本気でその道の世界に入ろうかと思ったこともある。
そんな彼に豪気な姉は「寝言は寝てから言いなさい」と一蹴したものだ。
「辞めさせられたら、今度は接客ではない所を探さねぇとな……ん?」
煙と一緒に溜息を吐き出して、確か店にアルバイト情報誌があったような……と考えていた小十郎の足に、何か暖かくて柔らかいものが触れた。
「にゃーん。」
「猫か……何だ、ハラ減ってるのか?」
真っ白いふわふわの仔猫だ。親猫が近くにいないところを見るとはぐれたのか、捨てられたのか。
煙草を携帯灰皿に押し込み、柔らかい毛並みを撫でてやると甘えるように擦り寄ってくる。何かを訴えるような目に小十郎は店員用の冷蔵庫に自分で飲むための牛乳
を持って来ていた事を思い出した。
「ちょっと待ってろよ」
一度店の中に入り、誰かが捨てた弁当の空き容器を拾ってくるとそこに牛乳を注ぎ、行儀よく座って待っていた仔猫の前に差し出してやった。
ふんふんと匂いをかぐと、ほどなく牛乳を飲み始めた仔猫の側にしゃがみこみ、手触りの良い背中を撫でながら目じりを下げる。
見た目は厳ついがこの片倉という男、小動物にはめっぽう弱いのである。
「まだあるからな、焦って飲むなよ」
かわいいなぁ、と一心に牛乳を舐めている仔猫に頬を緩める小十郎の背後で軽い足音がしたのはその時だ。
「まってよぅ、ねこさん……あ」
「?」
振り向いた視線の先には、近くの私立小学校の制服を着てランドセルを背負った小学生。
怪我でもしているのか右目を眼帯で覆い、手にはコンビニの袋を提げている。
先ほど、女子高生のグループと一緒に店に入ってきた子供だ。
「あんた、さっきの……」
この仔猫を追って路地まで入ってきたのか、小十郎の姿に怯えながらも視線は猫へ向いている。
「……撫でてみるか?」
恐る恐る、声をかけてみた。
「……」
「大丈夫だ、噛み付きゃしねえよ」
自分で言っておかしいのだが、どっちが怖いのかと思ってしまう。
「みゃーう。」
牛乳を飲み終えてごきげんの仔猫が小十郎の足元にくっついて喉を鳴らし、撫でる手にじゃれつく。
「な?」
「……」
ひどく内気らしい雰囲気を纏う子供は、極力優しい声で話しかける小十郎にも怯えた様子で、しばらく名残惜しげに猫を眺めていたが身を翻して走り去ってしまった。
「あー……」
手招きした手が虚しく宙を泳いで、力なく下げられた。
「にゃー」
脱力する小十郎に、丸い目で見上げる仔猫が体を摺り寄せる。
それを撫でてやりながら、厳つい顔を哀しげに曇らせた。
「ああ、俺のことを解ってくれるのはおまえだけだな……」
こちらは拍手お礼としてアップしていたものです。
元はメッセ中の会話を元に書いた佐梵にちょろっと出てきただけの脇役。いつの間にか主人公にw