最高の、薬……?
竜の霍乱 Version.K
政宗が風邪に倒れてから数日後。
うぇっ……
「くしっ!! ……ううっ」
ずっと傍についてかいがいしく看病していた小十郎はしっかりばっちり風邪をうつされていた。
くしゃみ・高熱・喉の痛み。症状は政宗と全く同じで、当の主君はもう全快しているあたり、うつすことで治ったと思えなくもない。
「なんたる不覚……!」
日ごろの鍛錬が足りないから風邪などひくのだ、と布団に横たわったまま拳を握り締める。
「Hey小十郎! 具合はどうよ? メシ、作ってきてやったぞ」
すぱん! と大胆にも足で襖を開けた政宗が両手に盆を持って入ってきた。
その無作法な仕草に一瞬、眉が釣りあがるが熱で朦朧とする頭では注意する気にもなれずその代わりに深い溜息をついた。
「申し訳ありません、政宗様。風邪をひくなど気が緩んでいる証拠。この身の不徳が致すところです。ですからどうか、お気遣いなどなされるな」
「Ah? じゃあ何か、俺もユルんでたってことかよ」
「あ、いやそういうわけでは……」
つい先日まで小十郎同様に臥せっていた政宗につっこまれ、二の句が継げない。
「ま、気にするな。この寒さだ、皆バタバタ倒れてやがる。おかげで看病に大忙しだぜ」
「……え?」
この方は風邪をひいた家臣の看病を自らやっているというのか!?
そんなことは妻子や侍女にやらせればいいことであるのに。普段は暴走しがちで決して後ろを振り向かない――傍目には部下のことなど
気に掛けないように思える主の、それにも関わらず末端の一兵卒にいたるまで絶大な信頼を得ている理由を改めて思い知る気がした。
「ああ、成実も綱元もDownだ。三傑総崩れだなんて、今どこかに攻められたらヤバイな」
と言う割には幾分楽しげに盆に載った土鍋のふたを取った。ふわり、と立ちのぼる湯気の香りから察するに根菜の入った粥であるらしい。
「だからちゃんと食って早いとこ治せよ?」
料理好きの彼であるから、間違いなく手製であろうそれを茶碗に取り、もそもそと(本人は機敏に動いているつもり)起き上がった小十郎へ匙を
差し出した。こどもにするように、ちゃんと冷まして。
「……」
「どうした? ちゃんと冷ましているから火傷なんかしないぜ」
(そうきたか……!)
隠そうとしても自然とこぼれる笑みを口許に刻んで「ほら、食えよ」と匙をつきつける姿に、看病にかこつけて先日の仕返しをしているのだと悟る。
自分がやっておいてなんだが、実際にされると強烈に恥ずかしい。発熱のせいだけでなく顔が熱くなる。
「恐れながら、小十郎は童ではございませぬゆえそのようにお手を煩わせることはございません」
「何言ってやがる。ふらついてるくせに」
やや眉を顰め、笑みをひっこめた政宗の言葉に、そんなに酷いように見えるのかと苦笑しておとなしく従うことにした。
「では、有難く頂戴します」
「そうそう、素直が一番だ」
(その言葉、そっくり貴方にお返ししたい……)
と、内心思うものの勿論口には出さない。嬉々として粥を食べさせるのが妙に可愛らしくて元々下がり気味の目じりをわずかに緩めた。
「また料理の腕を上げられたようで」
「素材がいいんだろ」
お前の菜園の大根を使っているからな。と続ける政宗に「良い素材を用いても、腕が悪ければ不味くもなります」と返した。
「それに、家臣を思いやってくださる御心がなにより嬉しゅうございます。……良き為政者となられましたな」
布団の上に座りなおし深々と頭を下げた小十郎へ「Ha! 何言ってるんだよ今更。俺はいつでもgreatだ」と言うものの、ちょっと目線を逸らして。
「Anything was not able to have been done if you were not. ……Thanks.」
ぼそっとつぶやかれた異国の言葉は相変わらず小十郎には理解不能であったが、ほんの少し照れくさそうに付け足された最後の単語だけは
意味を知っていた。
「……な、何言わせるんだよ! 褒めたって何も出ねえぞ。さっさと薬飲んで寝ちまえ」
眩しいものでも見るように相好を崩す小十郎に頬へ朱を上らせた政宗は些か乱暴に湯飲みを差し出した。
「む、これは……」
「例のアレだ、お前が煎じて俺に飲ませた。まだ残っていたからな。心配するな、湯に溶かしただけだから」
煎じていないだけ、政宗の時よりも苦そうな匂いは軽減されているがやっぱり嗅覚を刺激してくる薬香に内心うっとなる。
本人がひた隠しにしているので誰も知らないことであるが、『竜の右目』『鬼片倉』と恐れられる彼は苦いものを何よりも嫌っていた。濃く入れた
緑茶ですら避けるくらいで、そんな自分を恥じて慣れようと努力しているものの一向に報われていない。
情けない顔になるのを必死に抑えて首を振った。
「いえ、私ごときに貴重な薬は勿体無い。もっと症状の重い者にお使いなされませ」
まさか、女子供のごとく「苦い薬は厭だ」などと言えるはずもなく(しかも主君である政宗には半ば無理やり飲ませたわけで)、それとなく他の
者に回すよう促す。
(申し訳ありません! しかし、それだけはご勘弁願いたい……!)
「小十郎、お前が一番重症なんだが」
「……煤i゜Д゜)」
さらっと言われ、背中に厭な汗をかき始めた。動揺を押し隠し、さようでございますか……と答えにならない答えを返す。
「……まさか、お前『苦い薬は厭だ』とか言うんじゃねえよなァ? 人には飲ませといてそれはないぜ」
「い、いや決してそのようなことは」
「『大人でいらっしゃる政宗様は『たかが薬』が飲めないなどということはございませんでしょう』 ……お前が言ったことだよな?」
だらだらだらだら。逃げ場を失って、冷や汗がこめかみを伝った。戦場で窮地に陥ったときよりも追い詰められた気持ちになるのは何故だろう。
「しようのない奴だな。ガキかテメェは」
そう言って、差し出した湯飲みを手元に戻すと「そんなんじゃ何時まで経っても治らねえぞ」とあろうことかそれを自らの口許へもってゆく。
「政宗様!?」
いきなり何をするのかと面食らった小十郎の肩を右手でがっしり掴むと、ニッと笑って左手で彼の鼻をつまんだ。
「いやちょっとやめ……っ!!!!」
厭な予感に腰が引けた小十郎に口移しで薬を飲ませる。鼻をつままれているので息が続かず、とうとう舌先でこじ開けられ飲み込んでしまった。
正規の作り方をしていようと苦いものはやっぱり、苦い。びりびりと舌を刺激する薬の苦味に不覚にも顔が歪んだ。
「ん……んんっ」
すでに飲み下しているのだが、身を離す様子がない。それどころか深く舌を絡めてくる。見開かれた独つ目が楽しげに煌き、どさっと布団の上に
押し倒してしまった。
高熱も手伝って頭がくらくらしてくる。押し止める腕に力が入らず、あっさりと組み敷かれた小十郎は何をするつもりだと主を見上げた。
(まずい……)
思いもよらぬ激しいくちづけに、熱をもって疼きだす下半身。こんなときに、と呆れかえる。
「なあ小十郎、いいだろ? 風邪ひいてるからserviceしてやるよ」
焦り交じりの表情で後ずさろうとする彼の上に馬乗りになり、耳元へ囁いた声はぞくりとするほど凄艶で、知らずゴクリと喉が鳴った。
動いたために開いてしまった寝巻きから覗く肌に指先を這わせて。
「熱があるときにヤるとすげぇイイっていうぜ?」
ていうか、なんでこの人こんなにヤる気満々なわけ!?
「ち、ちょっと待ってください! なんでそうなるんですか」
「汗かいたほうが治りがいいって言うしな」
うわ、ひとの話聞かねえ!
「あ、いやそれは……かんべんし」
「Shut up!」
その翌日、小十郎の風邪は治ったらしい。
二人は既にそういう関係である前提で。その後の展開は裏行き(爆笑)。
やっぱり政小っぽいですね……; でもほら、刀の納めどころが同じならどっちが上でも良ry
わーい、ツンデレ襲い受けバンザイ☆
※Anything was not able to have been done if you were not.(お前が居なければ何も成すことができなかった)