Field of Gold










 黄金色に輝く穂波を立てて、柔らかく乾いた秋風が吹き渡ってゆく。

 季節を告げる風は、いつも西から。高く高く澄んだ空の蒼と、豊穣の時を連れて。

 遠くで、渡り鳥の啼き交わす声が聞こえた。



 ――おまえは、覚えているだろうか?

 初めてその決意を口にした日も、同じ風が吹いていたということを。



「梵天丸様ー! あまり遠くへ行かれてはいけませんぞーっ!」

 刈り入れの時期を迎えた稲穂が揺れる広大な田んぼはもう水が引けて、さわさわと風を受けて一斉に穂波を立てる様はまるで金色の

海原のようであった。

 その、丈高い稲穂の間を駆けて行くちいさな人影はあっという間に遠ざかり、時折ひょこひょこと頭の先だけが見える。

 子供特有の高い声で楽しげに笑いながら。

 その後を、小走りに追いかけてゆくのはまだ歳若い従者の青年。

 今年は天候に恵まれて、領内の畑はみな豊作だという。そんな話を大人たちがしているのを耳に入れたのだろう。どうしても見に行き

たいと言ってきかない小さな主君を止めることができず、二人でひそかに城を抜け出してきたのであるが。

「――!」

 遠くでなにやら叫んでいるが、もうこちらからでは風に攫われて聴こえない。やれやれと肩をすくめた従者――小十郎はしきりに手を

振って(とはいえ手の先しか見えないのだが)いる方へ走り出した。



「おそいぞ、小十郎!」

「梵天丸様がいきなり走り出してしまうからですよ」

 刈り入れ前の田を荒らさぬよう慎重に追いかけてきた小十郎を振り返って、彼のちいさな主君はぷうと頬を膨らませた。

「父上のおっしゃったとおりだ。これならきっと、みな豊かに暮らせるな」

「さようですな。領民の暮らしも楽になりましょう」

 いっぱいに膨らんだ穂を重たそうに垂れるひと茎を手に取り、嬉しそうに微笑んだ。

 ここ数年、激しい戦続きであったがやっとのことで落ち着きをとりもどしつつあった。その平和も、ほんの僅かな小休止に過ぎないことは

間違いなかったが。

 ひときわ強い風がざわりと音を立て、幼い主従の髪も稲穂と共に揺れる。暫く黙ったまま、風の音に耳を済ませていると一匹のトンボが

梵天丸の頭に止まった。

(この穏やかな時が永遠に続けばいいのに)

 高く、そして深く澄んだ秋空と、まばゆく輝く太陽のもとで。いまはこんなにも小さく頼りない少年も、長じれば戦いに赴かねばならぬこ

の乱世を憂えずにはいられなかった。

「小十郎」

「はい、なんでしょう」

「戦になれば、ここも荒らされてしまうのだろうな」

「……そうですね」

 再び強く吹きつけた風に、頭の上に止まっていたトンボが飛び立った。四枚の羽に青空を透かして離れてゆく。それをいつになく真剣な

顔で見送って。

「小十郎」

 名を繰り返して呼ぶ、その声は不思議と大人びて響く。

「おれは、天下を取ろうと思う」

 背後で瞠目する従者を決して振り向かず、毅い目を揺れる稲穂に向けたまま。

「この豊かな実りを穏やかに喜べる世の中を、そうではないときも皆で耐えて行ける平和な国をつくりたい。だから」

 そこで初めて、小十郎の目をまっすぐに見据えた。

「ついてきて、くれるよな?」

(ああ、この人ならば)

 きっと、彼ならば。

 その言葉に、不可能などありえない。

「はい。この命を懸けて、生涯お仕え致します」



 ――覚えております。あの日のことは、どんな小さなことでも。

 長い時を経て、貴方様も私も、多くを失いまた多くを得た。それでも、変わらないものがある。



 今こそ、その時。いざ、修羅の道を駆け上らん。











The END














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暫く拍手のお礼文としてアップされていたものです。
小梵っていうかただの回想だけど(笑)
「Field of Gold」というタイトルはスティングの同名の歌より。
この歌を、グレゴリアンというユニットがカヴァーしているものをイメージして。