!! ATTENTION !!

「Hitmen'n Lolita」の3年後の話です。女体ネタにつき注意!

また、裏行きギリギリの性表現が含まれますので15禁とさせていただきます。















沈黙の代償









 灯りを落とした部屋に蝋燭の幽かな光が揺らめいていた。

 部屋の隅には、あの時彼女が小十郎と共に買ってきたクリスマスツリー。テーブルの上に並べられた手料理の数々。

 そして盛大に色を抜いた髪の青年の前で静かに瞼を閉ざし祈りを捧げる、隻眼の佳人。

「――。」

 形の良い唇が音には出さず祈りの言葉を囁き、組んでいた手を解くと顔を上げてふわりと微笑む。

「待たせたな」



 彼が――小十郎が織田組総長・信長を殺害した罪で逮捕されてから三年。政宗と成実は大学へ通うようになっていた。

「ツナ、今日は帰って来れないって。つか、ここに居ていいの?」

 昼頃から腕によりをかけて作っていた料理を取り分けながら、少し長くなった髪を揺らして肯く。

「ん。今日だけはここに居たいんだ」

 父様もいいって言ってるから。

 そう続けてローストチキンを載せた皿を手渡してくる顔はやっぱりどこか淋しそうだ。

 今日が彼女にとって特別な日である理由。三年前の、今日。

「……楽しかったよね、皆いてさ」

 織田組との抗争で大変な時期だった上に政宗も心の傷を抱えたままで決していい状況ではなかったけれど、小十郎と綱元がいて、毛利

医師もいて。

 まるで現実感のない、夢のようだった日々。

「もう酔っ払ってイタズラすんなよ」

 あの日、酒を混ぜたコーラで泥酔した挙句抱きついて胸に顔を埋めた事を思い出したのか子供向けの炭酸飲料の瓶を片手に苦笑を漏らす。

「っ、しねえよ! ガキじゃねぇんだから」

「未成年だろ。しげはこっち」

 彼女のグラスには細かな泡が金色の液体に透ける本物のシャンパンが注がれているが、瓶はしっかりと成実の手が届かないところに置

かれていた。

「あとちょっとで二十歳なのに」

「ちゃんとオトナになったら付き合ってやるよ」

「何だよそれ」

 実際にはひとつしか年が違わないのだが、あまりにハードな人生を送ってきた政宗は実年齢よりもずっと大人で、最近喫うようになった

煙草も身につけたコロンもよく似合ってて。

 なんだか、置いていかれそうな気がする。

「ほら、グラス持って」

「……うん」

 子ども扱いされて不機嫌な顔になった成実に笑いかけて、綺麗に磨かれたシャンパングラスが澄んだ音を立てた。

「Cheers!」



「はー食った食った。うまかったー! ごっそーさん」

「美味くて当然だろ、この俺が作ったんだからな」

 相変わらず豪快な食欲を見せて綱元の分も入れて三人分用意された料理をすっかり平らげてしまった成実はソファにもたれて腹をさする。

 片付けたテーブルの上には成実のために淹れたコーヒーと中身が半分ほどに減ったシャンパンの瓶。手作りのケーキは一人用のこぶりな

ものだ。

「あれ、梵はケーキ食べないの?」

「Year. 今、ちょっとダイエット中だから」

 ケーキに使った残りのイチゴをシャンパンの中に入れて自分はそれだけで済ますらしい。

「そんなに痩せてるのに。こじゅも手紙で『心配だ』って書いてたんじゃなかったっけ」

 皿を持って政宗の隣に腰を下ろし、一口食べる? と差し出されたフォークをやんわり断ると拳一つ分だけ体をずらし、成実から遠ざかった。

「……」

 スカートから伸びるすんなりとした足を組んで古びたジッポライターを取り出すと、細い紙巻煙草に火をつける。

 紫煙をゆっくりと吐き出すと、黙ってしまった成実に「どうした?」と振り向いた。

「え? あ、いや……うん、上手に焼けてるよね、これ」

「Thanks」

「…………。」

 そっけない、というわけではないのだが。

 やはり、微妙に避けられている。

 綱元と三人で居るつもりでここへ来たらしい政宗は成実と二人だけという状況にどことなく緊張しているようだ。

(こないだのアレがいけなかったんだろうな……)

 もそもそと元気なくケーキを食べながら、成実はつい数日前の事を思い出していた。



「梵、おれ……」

 小作りな白い手を握り締めた手は緊張のために僅かに汗ばみ、細かく震えている。

「しげ……?」

 今までに幾度と無く繰り返してきた言葉。けれどその度に冗談か家族に対する気持ちと受け取られては上手くはぐらかされてきたそれ。

「やっぱり諦められねぇよ。友達とか姉ちゃんとかじゃなくて……」

「でも、俺は小十郎と」

「……っ、だけど」

 唇を噛み締めて俯いた成実のツンツン頭を優しく撫でて、少し哀しそうに微笑むと握られた手をそっと取り返した。



 この不毛なやりとりを、いったいどれだけ続ければいいんだろう。

 わかっているはずなのに。彼女の気持ちが揺るぐことなんか絶対にありえない。

 今だって、政宗の左手薬指には例のシルバーリングが嵌ったままだ。隣から微かに香るコロンは小十郎が愛用していたものと同じだし、

煙草の種類は違っても使っているジッポライターは彼のもの。

 離れているから、逢えないからといって他の男に心を移すような女性ではないのは成実自身がよく知っていることだった。

 これ以上政宗を困らせてはいけない。彼女を大切に想うのなら、大人しく身を引くべきなのだ。

 成実の冷静な部分は必死になって気持ちを伝え続ける自分にそう警告する。

 このまま続ければ今の関係さえ危ういぞ、と。

 けれど、理屈じゃない。叶わぬがゆえに一層狂おしいまでに募る想いを心の底に沈めてしまうには成実はまだあまりにも子供だった。

 一途過ぎる恋慕の情が招く危険にも気付かぬほどに。



 隣で黙り込んだ成実からほんの少し体を離して、政宗もまた物思いに沈んでいる。

 原因は、つい先日見つけた小十郎のメモだ。

 あの事件の後、この部屋のソファに置かれていたテディベアの首に巻かれたリボンの内側に細く折ったメモ紙が入っていることに気付いた

のは、埃っぽくなってしまったぬいぐるみを洗ってやろうとリボンを外した時。

 自分を助けに行く直前に書かれたのだろうと分かる、いつもよりも乱れた文字が綴った彼の言葉は、己の身勝手と政宗を傷つけたことへ

の謝罪と。



『俺に拘る必要は無い。どうか、幸せになってくれ』



 彼が出所するまでの間に誰か好きな人が出来ても、それを裏切りであると後ろめたく思わなくてもいいのだと許容していたのだった。

 想いあっているからと言って政宗を拘束してしまうことを良しとしなかった小十郎の優しさに、だがむしろ苛立ちを覚えて感情のままに手紙

を書き送ってしまったばかりだ。

 自分が他の男に取られてしまっても、何とも思わないのか。小十郎にとって自分とはそれだけの女性なのかと。

 違うのは解っている。己の想いを抑えて相手の幸福を願える彼はそれだけ大人だということだ。

 けれど、政宗が欲しかった言葉は。

 未だ少女の域を抜け切らぬ彼女に、小十郎の言葉が示すことを理解できても素直に受け入れることは出来ない。



 二人の間に横たわる重たい沈黙は、拳一つ分という僅かな距離を果てしないものにしていた。

 手を伸ばせばその白い項にも触れられそうだというのに、どこまでも遠い。

 だがそこに一石を投じたのは成実であった。

「……ねえ、梵」

「Ah?」

 ややあって返って来たいらえは心ここにあらずといった風で、成実は眉根を寄せた。

 考えるまでも無く直感で気付いている。小十郎の事を考えている、と。

 普段なら気にもならないことが、なぜか無性に彼の心を波立たせる。

「ちゃんとおれの話を聞いてくれないかな。こっち、見て」

 蜘蛛の巣が触れるほど僅かに、険を帯びる言葉尻。

「What?」

 ずい、と身を寄せた成実の、青年らしい成長期を経た体躯が思った以上に大きくて思わず身を引きかけた政宗の両肩を掴んで逃げられな

いように自分のほうを向かせた。

「Hey, 何する……」

「こんなことを言っちゃいけないし、してもダメだと解っているつもりだ。けど、やっぱり梵じゃなきゃ嫌なんだ。他の女の子とは違う。こじゅの

代わりでもいい。梵が、好きなんだ。従弟とか弟分とかじゃなく、一人の男として、おれを」

「Stop!」

「いや、止めない」

「なんで……」

 掌が食い込むほど強く掴まれた肩の痛みに顔をしかめたが、構わず続ける。

「なんで? それをおれに訊くわけ? これだけ、言ってきたのに……梵はいつも逃げてばっかりじゃないか。フるならきっちりフれよ。

止めを、刺してくれよ……! これ以上生殺しにするんなら、」



 無理やりにでも、奪ってやる。



「このまま梵がこじゅのものになるなんて、耐えられない」

 真摯な瞳で、血を吐くかの声音で、痛いほどの切なさをこめた言葉に政宗の隻眼がゆっくりと見開かれる。

「だけど俺は小十郎と」

「そんなことは聞いてない!」

「……っ」



 今、ここで答えなければ。

 その可憐な唇から零れる言葉で殺してくれなければ。

 罪であると、わかっていても、おれは。



「しげ……俺は……」

 だが、政宗は柳眉を顰めて俯いたまま言いかけた言葉を飲み込んで口を閉ざしてしまった。

(あぁ、やっぱり)

 政宗と小十郎の関係が云々ではなく、自分との間に一線を引く言葉を待ち望んでいたというのに、このひとは。

 どこまでも優しく、残酷だ。

 甘やかな毒にも似たその非情さにどうしようもなく惹かれてしまった。

(馬鹿だ。おれはどうしようもない馬鹿者だ。これで、終わりなんだ。きっと)

「――そう」

 肩をつかむ力が緩み、小さく呟かれた成実の声に僅かな安堵を見せて全身に入っていた力を抜いた政宗の、その隙をつくように突然痩躯

が抱き寄せられた。

「! んっ、や……!!」

 抵抗する間もなく唇を奪われ、ソファの上に押し倒される。全力で押し返そうとする両手を掴み上げ、ばたばた暴れる足がジーンズに包ま

れた膝に押さえつけられた。

 息苦しさのあまり、僅かに開いた唇から侵入した舌に大きく目を見開いた政宗は必死に逃れようと顔を背けようとするが、もう片方の手で

顎を掴まれ、できない。

「やだ……っ、しげ! ん、ふ……っ」

 逃げを打つ舌を絡めとり、きつく吸い上げ口内を蹂躙してゆく。子供だと思っていた相手に、とんでもなく巧みなキスを仕掛けられて次第に

政宗の体から力が抜ける。

 歯列をなぞられ、柔らかく舌を舐め回し、唇を甘噛みされる。執拗なほどの濃厚なキスに飲み下せなかった唾液が滴り落ちた。

「ん、んっ……!」

 完全に腰砕けになるのを待ちかねたように、手首を掴んでいた大きな手が服の上から体をまさぐってきた。器用にセーターの上からブラの

ホックを外し、たっぷりとした胸の膨らみを揉んで来る動きは女性の扱いに慣れたもののそれで、拒みたくとも思わず体が反応してしまう。

「は……ぁ……っ」

「……」

 頬に朱を上らせ、切なげに眉を顰めた政宗に何かを言うでもなく表情を消したまま成実はセーターを捲り上げた。

「あ、ひぁっ!!」

 ブラをずらし、つんと上を向いた頂に唇を寄せて口に含む。舌で敏感な場所を舐めあげられてついに甘く濡れた声をあげてしまった。

「梵……。きもち、いい?」

 欲情に掠れた声が耳元で囁いてくる。いやいやをするように首を横に振ったが、乱れた呼吸はその言葉を肯定するものでしかない。

「すきだ……すきだ……!」

「No! 放せっ! だめ……っ!」

 太腿を撫で上げて乱暴な手つきでスカートをたくし上げると、震える手がショーツの上から秘所を包むように押し揉んだ。

 どんなに嫌だと思っていても、女であることを意識して触れられ、激しく唇を奪われたそこはどうしようもなく。

「濡れてる」

「触るな……あっ」

「おれで、感じてくれたんだ」

「ち、違う! バカシゲ! いいかげんにしねぇと本当に殴るぞ」

 濡れて張り付いた布の上からぷっくりと膨らんだ蕾を指先で弄られ、物欲しげに腰が揺れそうになるのを必死で抑えて政宗が怒鳴った。

「今更止められるかよ。……梵、そんなにおれに抱かれたくない?」

「そんなこと……だって、しげは」

 ……政宗にとって、いつまでも子供で大型犬のようにじゃれつくことはあっても、こんな『大人の男』の振る舞いをするはずはないと思って

いたから。

 男性であることを忘れたことはなかったが、今こうして足の付け根辺りに押し当てられている熱い昂りを感じると生々しく思い知らされる。



 今、ここで成実を止めなければ。

 乱暴を働きながらも泣きそうな顔になっている彼に最後の一言を与えなければ。

 ――罪を犯そうとしているのは一体どちらなのだろう。



 組み敷かれたまま、頭の芯がすぅっと冷えるのを政宗は感じた。

 彼をここまで追い詰めたのは自分だ。傷つけるから、好きだから。そんな理由で、実際はより一層苦しめていたことに気付いていたのに。

 鈍い刃はより深く傷を与えるものだ。

「……この先を続けても、俺はしげのものにはならない」

「!」

 凍りつく声。鋭く冷酷な顔を上手く作れているだろうか。

「ヤりたければヤればいい。でも、」

 自分はなんと酷い女だろう。中途半端な優しさで玩んで。

 取り返しはつかない。だからせめて、自らの手で引導を。



「しげを一人の男として愛することはできない」



 心を、想いを、切り裂いて。

「……そう、だよな。やっぱり」

 永遠にも思えるほどの長い沈黙の後。肩口に埋めた顔を上げもせず、自分に言い聞かせるようないらえが返って来た。

 きつく拳を握り締めた指の間から赤い血が滲む。

「ごめん。忘れろなんて言えないけど、もうしない」

 ゆっくりとした仕草で身を起こし、胸が露になっている政宗から目を逸らす。

「――ありがとう、梵」

 乱れた衣服を直しながらソファの上に座りなおす政宗を背に立ち上がると、それだけ言ってリビングを出て行った。



 これでいい。やっと、おれが欲しかった言葉をくれたんだから。

 希望のひとかけらすら残さぬよう、全てを打ち砕く一言を。

 あの時――彼女と再会したあの雨の日から、決して手が届かないところにあるものを求めてきた苦しみがやっと終わったんだ。

 泣き叫びたい。愚かな自分を笑いたい。憎しみがないわけでもない。

 けれど、嫌いになんてなれない。

「なんだよおれ。超ダセェ……」

 自室のドアによりかかり、ずるずると座り込んだ成実は爪が食い込んで破れた掌を見つめて笑いながら泣いていた。



 これでよかったのだろうか。いや、こうしなければならなかったのだ。

 本当なら、もっと早くに。

 リビングに一人残った政宗は膝を抱えてソファに座り、きつく唇を噛み締める。

 自分が最も欲していた言葉を叫ばれ、一瞬でも成実を受け入れても良いと思ってしまった己を激しく嫌悪していた。

 恥も外聞もかなぐり捨てて、狂おしいまでに熱望する心。いつしか、小十郎に求めるものを彼の中に見ていたなんてあまりに酷すぎる。

 何度謝罪しても足りない。小十郎にも、成実にも。

 そんなつもりはなくとも、傍から見ると二人を天秤にかけたようなものだ。

「……ッ」

 零れそうになった涙を歯を食いしばって堪える。

 泣いていいわけがない。泣く権利などない。

 沈黙という刃で彼を苛み続けた自分には。






 いつまでも無邪気でいられる関係など無いのだ。

 二人がこれが少年期の終焉であったことに気付くのは、もう少し先のこと。

 今はただ傷つき涙を流すだけとしてもいつかは、きっと。


















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クリスマスにアップする予定だった話……季節感無視しててすんませ;
本来のタイトルが「Your sins were forgiven.」だったのですが題名の意図の通りに話を進めるととてつもなくドロドロした話になったので
大幅に書き直しました。
子供時代の終わり、言葉足らずの拙い愛情は互いを傷つけるけれどそれこそが大人への入口。
オフライン版での追記「五年後の彼と彼女」とは違う道を歩んだ二人です。こちらの方がより現実的かなと思いますが、どうでしょう。