※注意※ 佐梵です。佐助×梵天丸、が苦手な人はこのままブラウザバック!
学校で同級生に自慢されたのがことのはじまりだった。
いつもおやつとして食べているそれよりも、小さく綺麗なパッケージ。
コンビニエンスストア限定の商品だというそれ。
つるりと滑らかな糖衣を纏った錠剤型のチョコレート。
食べ慣れているはずの味は、子供の味覚には少し苦くて。
きっとこれが『大人の味』というものなのだろうと思った。普段、甘いものを口にすることがない彼にも喜んでもらえると。
それになにより、美しいオレンジ色の糖衣が彼にひどく似つかわしいだろうから。
A bitter, sweet chocolate for you
「見つからないなぁ」
はぁ。
開いた自動ドアの間から吹き込んだ冷たい風に首をすくめて、梵天丸は今日何度目かもわからない溜息をついた。
いつも下校時間に校門で出迎えてくれる守役の青年を避けるように裏門から出て、知っている限りのコンビニを回って早数軒。
目的の品物は、未だ手に入っていない。
「早く買って帰らないとおこられちゃう……」
ちいさな肩を落として、いじけたようなむくれ顔。
外へ出ると、冬の夕日はすでに沈みかけて辺りは薄暗くなり始めていた。
巨大な企業グループ社長の一人息子である梵天丸に、教育係兼ボディガード――要するに守役だ――としてその青年が選ばれたのは、病気で
右目を失った直後のことだった。
病後で弱った体と失明のショックで両親さえも遠ざけて閉じこもっていた彼に辛抱強く語りかけ、持ち前の明るさで少しずつではあったが笑顔を
取り戻させていった。
そうやって徐々に信頼関係を築いてゆくうちに守役とお坊ちゃん、という間柄を超えた絆が生まれるのは無理もないことで。
すっかり懐いてしまった今では守役の不思議な色をした髪が見えないと不安そうに眉根を寄せるほどであった。
その彼に、今年は風邪をひいてしまったがためにあげられかったチョコレートを今更ではあったが渡そうと思ったのが今日の昼休みのこと。
同級生の一人が、限定品だというチョコレートをコッソリ学校へ持ってきたのだ。
平べったい糖衣型のそれは、いつも食べているものの大人向けとして販売されているものらしく微妙な高級感を漂わせていた。130円という
値段は小学生には高価いものであったが、小遣いで買えないほどではない。
(これをあげよう!)
掌に出されたチョコレートを見た瞬間、幼心に強く決意したのであった。
なぜなら、その糖衣の色は青年の髪色と同じ――鮮やかなオレンジ色であったから。
とはいえ、探す品物は販売期間を終えてしまったのかなかなか見つからなかった。
コンビニの商品は入れ替わりが早い。バレンタイン商戦も終わり、チョコレートの品揃えも普通に戻った棚からはすっかり姿を消してしまっていたのだ。
ランドセルを鳴らしながら街中を歩く足取りがだんだん重くなってくる。制服であるセーラー服のリボンをいじりながらコンビニを探してきょろきょろ
する顔つきを曇らせ、ふと目に入った店のドアをくぐった。
「いらっしゃいませ」
かけられた声は珍しいことに低い男の声であった。あまり、コンビニの店員をするような年代ではない感じの。
「……!」
何の気なしにレジを見上げて――梵天丸の表情が固まる。
じわ。店員を見上げた丸い目の端に涙が浮かんできた。
(こ……怖い!!)
その場で足がすくんでしまった梵天丸の視線の先に居る店員は。
いかつい大男で。左頬に傷跡があり。おまけに黒髪オールバック。
コンビニの店員というよりも、まるでヤクザである。
似合わないことおびただしいユニフォームの胸についたネームプレートには新人研修中であることを示すバッジと『片倉』の文字。
自分の顔を見たとたんに泣きそうな顔になったちいさなお客に俄かに慌てたその店員はぎこちない笑顔を向ける。
怖い人じゃないよ、とでも言いたげだ。
しかし、いかに笑顔を作ろうとその道の人っぽい風貌は隠しようがない。
さらに泣きそうな表情をひきつらせた梵天丸は零れそうな涙を抑えてとたとたと菓子売り場へ駆け去った。
「……あー……」
がっくり。子供の客に嫌われるのはこれが初めてではないらしい店員は哀しげにうなだれて深い溜息ひとつ。
結局、怖い思いをしただけでやっぱり例のチョコレートは見つからなかった。
店の中にあった時計を見上げると、もう夜の七時近い。今頃は守役の青年が血相を変えて自分を探していることだろう。
外はもう真っ暗だ。今日は諦めて家に帰ろう……と、思ったとき。
「ここ……どこだろう?」
初めて、見知らぬ風景であることに気がついた。
プレゼントにするチョコレートを求めてコンビニを捜し歩くうち、自分の知らない場所まで来てしまったのだ。
道端の案内板も、小学校低学年の彼には読めない漢字で意味が解らない。
このまま、帰れなくなってしまう……?
そう思うや、不安と寂しさが押し寄せてくる。
チョコレートは見つからない。コンビニの店員は怖い。ここはどこか解らない。寒いし、お腹もすいてきた。
「……っく……」
泣くまい。泣いちゃだめだ。そう自分に言い聞かせるものの、一度出てきてしまった涙は止めようがなく、ぽろぽろと丸い頬に水滴が落ちてゆく。
「……さすけ……っ!」
ぐしぐしと涙を拭いながら、我知らず守役の名を呼ぶ。
いつもなら何処にいてもその声を聞くだけですっ飛んでくる彼も、今はいない。
「ふぇ……」
「にゃーん」
「……?」
道端にしゃがみ込み、顔を覆って泣き出した梵天丸の脚に、なにか温かくてふわふわしたものがまとわりついた。
「ねこさん……?」
「みゃー」
顔をあげ、足元を見遣るとそこには真っ白な仔猫が一匹。青い目で梵天丸を不思議そうに見上げ、尻尾をふりふりさせるとコンビニ脇の路地へ
歩いていってしまった。
「あ、待って」
可愛らしい仔猫に興味を引かれたのか、涙を拭って路地へ後を追う。
「みゅっ」
「待ってよぅ……、あ」
仔猫は何度か振り向きつつ、てててと路地の奥のほうへ歩いてゆく。
通りの街灯の明かりも届かない場所へ至ってふいに危険を感じて引き返そうと身を翻した梵天丸の視界に見覚えのある人物が入った。
先刻の怖い店員だ。ちょうどそこはコンビニの裏口になっているらしく、休憩中と思しきその店員は銜え煙草で仔猫に餌をやっている。
いつもそうしているのか、浅い皿に牛乳を入れて一心に舐めている仔猫の頭を撫でていた。
「あんた、さっきの……」
怯えて後ずさる梵天丸に苦笑した店員は煙草をもみ消し、仔猫を指して「撫でてみるか?」と手招きした。
「……」
「大丈夫だ、噛み付きゃしねえよ」
そうじゃなくて。あなたが怖いんですけど……ともじもじ。
「一人で来たのか? その格好だと、随分遠いところの学校だが」
「……」
こく、と頷くとちょっと驚いた顔になる。
「もう遅い。早く帰らないと家の人が心配するぞ」
恐る恐る仔猫を撫でる梵天丸に何故こんなところまで一人で来たのかと驚いて訊けば、コンビニ限定のチョコレートを探しているのだという。
「どうしても、さすけにあげたかったの。でも、みつからない……」
「みゃーう」
再び目の端に涙を浮かべた梵天丸にミルクを飲み終わった仔猫が慰めるように擦り寄った。
口をへの字に曲げて堪えながら仔猫を撫でる姿を無言で眺めていた店員は、暫く考え込んでいるとおもむろに立ち上がった。
「?」
「ちょっと、そこで待っていろ」
何事かと見上げる視線を尻目に、パタパタとズボンをはたくと店の中に入っていってしまった。
何をするつもりなんだろう?
のどを鳴らして甘えてくる仔猫を抱き上げて店員が座っていた階段に腰を下ろした。
顔は怖いけど、意外と優しい人なのかもしれない。こうやって仔猫が懐くくらいなのだから。
暫く仔猫を相手に待っているとほどなくして店員が現れた。片手に電話の子機を持っている。
そして。
「返品するものの中にあった……。どうせ売り物じゃないからもって行くといい」
大きな掌の中には、あの小さな筒型のパッケージ。
それも、捜し求めていたオレンジ色の。
「……いいの?」
頷く店員の手から、まだ怖いのかぷるぷる震える手がチョコレートを受け取った。
「あ……ありがとう……っ!」
ふえっ。
それを手にした途端、大粒の涙をこぼし始めた梵天丸に驚いた店員はどうしたものかとおろおろしながら頭を撫でようとするが……。
「うわああああん!!」
さらに大声で泣かれてしまい、あわてて手を引っ込める。
「な、泣くな……!」
どうしたものか。なんとか泣き止んでもらおうと慣れない笑顔を作る。
「うぇ……ひっく、ご、ごめんなさ……さすけ……さすけぇ……!!」
このままでは自分が犯罪者かなにかのように見える。泣きながら保護者と思しき名前を呼び出した梵天丸に焦りの色を濃くした店員。
泣きたいのは自分のほうだ。
「ほら、電話してやるからお家の人を呼んで迎えに来てもらおう。なっ?」
「……うん……」
未だにぐすぐすとむずかる梵天丸に子機を差し出し、とりあえず泣き叫ぶのだけは止めてくれた事にほっとする。
「家の電話番号、わかるか?」
「これ」
首から提げていた財布にくっついている平べったいマスコットを差し出した。
迷子札であるらしく、家の住所と電話番号が書いてある。
「幾つか番号があるが……どこにかければいいんだ」
「さすけ……」
「さすけ?」
ぷくっとした指が指し示したのは、番号が列記してある一番上にある、携帯と思しき番号だ。
「ここにかければいいんだな」
こく。ちいさく頷いて微妙に距離をとった。
未だに怖がられているらしい仕草に苦笑しつつ、その番号に電話をかける。
『……はい』
「『さすけ』という人の携帯か?」
受話器の向こうで聞こえた声は、父親というには若すぎる青年の声だ。
『そうですが』
「子供を一人、保護したんだが……」
『んなっ!? 梵天丸がそこにいるの!? てかアンタ誰! 誘拐? ちょっと泣かせてるんじゃないだろうね!!』
店員が言い終える前に、ものすごい勢いで矢継ぎ早に問いかけてくる。
「いや、俺はただのコンビニ店員だ。迷子になってしまったらしいから迎えに来てくれ。こっちも泣かれて困っている」
『な、泣いてる!? ちょっとアンタ、何してるのさ! てか、梵天丸を出して!』
「俺は何も……わかった、今代わる」
ほら、父ちゃん(?)だぞ。と渡された子機を受け取って。
「さすけ……?」
不安げに話しかけた。
『お姫さま!? ……あああああぁぁぁあ……よかった……!!』
「ごめんなさい……」
『何にもいわずにいなくなっちゃうから心配したでしょうが。怪我とかしていない? 怖い人に連れて行かれたりしてないよね!?』
「うん、へいき。怖い店員さんがしんせつにしてくれたから」
怖いって。
その言い方にツッコミを入れたいものの、再び泣かれると困るのでぐっと堪える店員。そこまで自分は強面なのか? とうなだれる足元に仔猫が
まとわりついた。
ああ、俺のことを解ってくれるのはおまえだけだな……。
『怖いって……何もされていないんだよね? いま、どこにいるの?』
「えっと……」
「○○町のセブ○イレブンだ。近くに公立高校がある」
どこ? と見上げる梵天丸から子機を受け取って、手短にそれだけ言うとさっさと返した。この勢いだと、犯罪者扱いされかねない。
『そこ、動かないで! 今すぐ迎えにいくから。いいね?』
「うん、まってる」
「お姫さま……じゃない、梵天丸はどこ!?」
自動ドアをぶち破る勢いで駆け込んできた青年は鬼もかくやという表情で店員をにらみつけた。
「アンタか……梵天丸を泣かせたのは。あの子に何をしたんだ!」
「……いや、何も……」
どう見てもヤクザにしか見えない店員が困ったように身を縮める。
「まぁ、とりあえず電話してくれたからお礼は言っておく。で、あの子は?」
「さすけ?」
レジの辺りの喧騒を聞きつけて事務所から梵天丸が顔を出した。
今にも店員に掴みかかりそうな青年を見た途端、泣き顔が輝く。
「!! 梵!!」
ようやっと見慣れた顔を目にし、駆け寄ろうとして――ぺちっ、と蹴躓いて転んでしまった。
「……ふえっ……」
「わあああっ、泣かない泣かない! 迎えに来たからもう大丈夫だよ。おうちに帰ろう?」
チョコレートを握り締めたまま痛みと安堵で大粒の涙をこぼす梵天丸を抱え上げ、呆然とする店員へ小さく頭を下げた。
「……どうも、うちのお姫さまがご迷惑かけまして」
「今度は迷子にならないようにちゃんと目を離さないで貰いたい。……よかったな、坊主」
青年にしがみついている梵天丸の頭を撫でようとして――びくっと怯えた目を向けられてしまった店員は出しかけた手を引っ込めた。
「……またのご来店をお待ちしております……」
すっかり暗くなってしまった帰り道。ぐすぐす鼻をすするちいさな背中を撫でてやりながら、青年はどうして一人で遠くまで行ってしまったのかと
訊ねた。
「これ、どうしてもさすけにあげたかったの」
抱き上げていた手を片方外し、差し出された筒型のパッケージを受け取る。
「これを?」
「うん」
彼もその存在だけは知っていた。コンビニ限定・期間限定のレアもの商品。
「さすけの髪と、おなじ色だったから……」
そのためだけに、一人で怖い思いをしてまでこんな遠くまで。
ひどく内気な梵天丸にとって、それはとても勇気がいったこと。
(……ああもう!!)
なんて健気なんだろう。これでは怒るに怒れないではないか。
青年は内心悶え狂いながら、寒さに震える背中をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。でも、もう一人で遠くへ行っちゃダメだよ」
例の店員から電話があるまで、どれほど怖ろしい思いで探し回ったことか。
誘拐にあっているのではないか? 一人で泣いているのではないか? 怪我などしていないだろうか?
もっと、ちゃんと見ていればこんなことにはならなかったのに。
大会社の社長令息だからではない。見た目が愛らしいからというだけではない。
誰よりも大切な、ひとだから。
「……ダメだからね」
ちいさく幼い、彼にとっての『お姫さま』。
いつかはこの腕の中から翼を広げて飛び立っていってしまう。
でも今は。まだ、今だけは。
その手を、放さないで。
終
随分前に拍手お礼として置いていたものです。
あるお方とのメッセから派生したお話で、「コンビニ店員小十郎」の元となったもの。
そのため、一部台詞が被っていたりしますが内容的に繋がってはおりません。
ちなみに作中のチョコレートは実在します(今は終売)