かつて、独眼竜と呼ばれた凄腕の女賞金稼ぎが居た。

















Dead or Alive(冒頭部分)

















#0 Bounty hunter



「Fuck!! テメェら、詐欺だったのかよ」

「うわーーーっ!!!」

 走り出した車の前に突如飛び出してきた女の影に慌ててブレーキを床板まで踏み込んで急停車。

 ビルの二階にあるトイレの窓から飛び降りたらしい女には見覚えがあった。

 短く切りそろえた暗い栗色の髪。いまにも尻が見えそうなほどのローライズジーンズに派手なキャミソールと黒革のライダース、足元はエンジニアブーツ。男物の

シルバーアクセサリーをつけ、パンキッシュなメイクが彩る顔。右目を覆った眼帯は本物なのかわからなかったが。

 運転していた若者は急ブレーキの反動でハンドルに強か打ちつけた額をさすりつつ、窓から顔を出して怒鳴った。

「何するんだこのアマ! 轢かれてぇのかゴルァ!」

「待て成実、あの女、講習会にいた奴だ」

「え、まじで?」

 助手席に座った男――きれいにオールバックに撫で付けた髪と左頬に走る傷跡がいかにも『その道』の人間らしい――が女の姿を認め、なおも怒鳴ろうとする

成実と呼ばれた青年を止める。

 そうやって二人が話している間にも隻眼の女はずかずか大またで車へ歩み寄り、ボンネットにバンッ! と手を突くと窓から顔を出したままの成実の胸倉を掴んだ。

「おい、どういうつもりだよ。こっちは真剣に勉強しに来たっていうのに、授業料だけ取ってトンズラか? Hey随分とナメた真似してくれるじゃねえか、クソ野郎どもが」

 女はかなりの握力を持っているようだ。胸倉を掴まれた成実がいくらもがこうとその白い手が離れる様子がない。

「他の奴らは綺麗に引っかかったが、オレは騙されねえ」

 ぐい、と引き寄せられ、バブルガムを噛んでいる口許が危険な角度に引き上げられた。

 近くで見てみると、随分と美しい顔立ちをしている。そこらのライヴハウスで歌っている方が似会うのではないかというファッションとモデルばりのスタイルのよさは、

とてもではないが講習会に来た荒くれ男達と同じ目的を持っている者とは思いがたい。

「それも授業のうち、ってやつさ。簡単にハマる奴が悪い。他人をすぐに信用するようでは先が見えるぜ、お嬢ちゃん。悪いこと言わないからさっさと家に帰ってママの

お手伝いでもしてな」

 助手席に座る男がなおも成実に詰め寄る女に声を掛けた。多分に揶揄の色が混じるその口調に女はまなじりを吊り上げて。

「Don’t quibble with me(屁理屈をぬかすな)! 言い逃れは見苦しいぜ、オッサン」

 そう言うや、どこから取り出したのか大振りのコンバットナイフを成実の鼻先にちらつかせ凄んで見せた。軽く頬を掠めた刃先がうっすら赤く線を描く。

「どっちか、選べ」

「何をだ」

 なんとか手を振り解こうと「てめ、放しやがれ、この怪力女っ」と罵倒し続ける成実を完全無視した女は助手席の男に向かって、紅いルージュを引いた唇にその言葉をのせた。

「授業料を返すか、オレをテメェらの仲間にするか。でなきゃコイツのアレは使い物にならなくなる」

 勢いよく運転席のドアが開けられ、路面に引きずり出された成実に馬乗りになった女は顔に向けられていたナイフを彼の下腹部に当てた。ヒィ、とでも言いそうな顔で

情けなく顔が歪む。

「度胸だけはあるな」

「『だけ』か? オレをそこらの女と一緒にするなよ、オッサン。で、どっちなんだ」

 相変わらず落ち着いている男は手元を震えさせもせずナイフをあてがう女に口笛を吹いた。

「だが、甘いぜお嬢ちゃん。……人質ってのは、一人じゃ意味がねえんだよ」

 殺したり、傷をつければ最後。プロはそんなヘマをやったりはしねえ。

「……っ」

 人気のない、うらぶれた路地裏にしばし張り詰めた沈黙が落ちた。遠くの街路をゆくパトカーのサイレンが妙に響き渡る。

「おい、マズイぞ小十郎。さっさとズラからねえと他の奴らにも気付かれる」

 上に乗られたまま、我に返った成実が腕時計をチラ見して小十郎と呼ばれた助手席の男へ声を上げた。ついでに動きの止まった女の尻をいかにも好色そうな手つきで撫でて。

「ひぁっ!?」

「つわけで、退いてくれない? ベッドの上で乗っかってくれるのは大歓迎だけど」

 見た目のわりに可愛らしい反応を見せる女に『おねーさん、幾ら?』と卑猥なジョークを飛ばす。

「……Shit!」

 心底悔しそうに立ち上がった女の頬が僅かに赤い。

「じゃ〜ね〜」

 服についたほこりを払って運転席へ戻った成実がサイドブレーキを倒す手を遮り、小十郎はいまだその場に立ち尽くす女にあごをしゃくった。

「乗れ」

「What?」

「んな!? 何言ってるんだよ小十郎。こんな姉ちゃんを仲間にするって」

「ガキは黙ってろ」

 眉根にしわを寄せ、疑わしげに見返す女にもう一度誘いかける。

「なりたかったんだろ、賞金稼ぎバウンティハンターに。……その目、気に入った。仲間にしてやる」



 賞金稼ぎ。それは、指名手配犯に掛けられた懸賞金目当ての『狐狩りフォックス・ハント』を生業とする警察公認のマン・ハンターたち。基本的に殺してはならず、行動不能に

するか交渉で当局に出頭させるのが仕事だ。

 ただひとつの例外、『生死問わずデッド・オア・アライヴ』の注釈がつけられた凶悪犯以外は。



「ところでお嬢ちゃん、名前は?」

 窓の外を流れるダウンタウンの町並みを後席で不機嫌そうに眺めている女に小十郎が問いかけた。

「なれなれしく『お嬢ちゃん』と呼ぶな。……政宗だ。どうせテメェらも偽名なんだろ」

 ふつう、賞金稼ぎは他人に名乗るとき本名を名乗らない。身の安全のためであり、またインパクトのある呼び名をつけることで名を売る目的もあるからだ。

 名前が知れ渡れば、それだけ仕事をやりやすくなる。狙われやすいというリスクも負うが、『強い』という評判と共に名を知られていればそれだけで恐れをなす犯罪者もいるのだ。

「何が出来る」

「ナイフと自動小銃。格闘技も少し」

「マシンガンの使い方を覚えろ。人を殺ったことは」

「Nothing」

「随分若いが……歳はいくつだ」

「歳が関係するのかよ? 19だ」

 ママが心配するんじゃねえの? と横から口を出す成実に小十郎が「お前もだろうが」と一撃。ハンドルを切りながら舌打ちして「親なんかいねえよ」吐き捨てた。

 信号が変わり、車が止まる。

 おもむろに後席を振り返って。

「覚悟がねえならここで降りな。言っておくが、この世界は厳しいぞ。まして相手は殺しも厭わない犯罪者だ。半端な気持ちで飛び込んで死なれたら寝覚めが悪りぃんでな」

「Ha! そんなChickenに見えるか?」

 このために何年も独学を続けてきたのだ。様々なハンデを乗り越えて。

「いや、確認しただけだ」

「喰らいついてやるぜ、地獄の果てまでな」

「いいだろう」

 そう政宗が言い放ったとき、再び信号が青になり、三人を乗せた車は勢いよく走り出した。



 これが、独眼竜と呼ばれた女賞金稼ぎの物語の始まりである。

 いまはまだ素人同然の彼女が竜の名で怖れられるは、まだ暫く後の話。



#1 Ignition



(ボロい車……)

 相当年式の古い車なのだろう。耳障りなブレーキ音とサスペンションの軋みが不協和音を響かせて停車した。

 運転者の腕はいいらしく、意外なほど滑らかに止まったそこはごくありふれたダイナーの前。

「車置いてくるから。降りて」

“CLOSE”の札がかかるドアを何のためらいも無く押し開ける小十郎の後について店内へと足を踏み入れた。

「賞金稼ぎの片手間に店でもやってるのか?」

「いや、経営者は他にいる。二階と地下室を借りてるんだ」

 飲むか?

 慣れた様子でカウンターの中に入り、冷蔵庫からコーラの瓶を取り出すと無造作に放ってよこす。

「Thanks」

 栓抜きを探してごそごそする小十郎をそれとなく眺めながらライダースを脱いでスツールに座ると悠然と足を組み、閑散とした店内を見回した。

 これといった特徴のない、ごく普通のダイナーだ。小さめのカウンターと、窓に面したテーブルがいくつか。壁には店主の趣味なのかロックバンドのポスターや

レコードのジャケットが所狭しと飾られ、店の隅にはジュークボックスとピンボールの台。

 随分昔から営業しているのだろう。インテリア類はどれも使い込まれた様子で、良く磨きこまれて飴色に光るカウンターの磨り減った滑らかさが手に馴染んで心地いい。

 こういう雰囲気は、嫌いじゃない。

「いつも仕事があるわけじゃない。暇なときは店を手伝うこともある」

「あんたが?」

 どう見ても筋者の彼が接客をするなど想像もつかない。

「厨房でな」

 政宗の内心を読み取ったように付け足した。

「Ah, なるほど」

 皿洗いでもしているのだろう、と勝手に解釈してひっそりとため息。意外と、地味だ。

「俺と成実はここの二階で寝泊りしている。お前はどうする」

「このへんでアパートとか借りて……」

「保証人は?」

「……」

 見たところ、政宗は荷物らしいものを一切持っていなかった。まるで、自宅からふらっと出てきたような風で尻ポケットに財布をつっこんでいるだけという格好。

「帰る家はあるんだろう? そこから通えばいい」

「ねえよ、んなもん」

(家出でもしてきたのかコイツ)

 雰囲気からして、路上生活者スクワッターという感じではない。清潔な身なりは見た目こそ派手だが良く見ると上質なものだった。どこか品のある物腰が随所に見えるあたり、

敢えて粗野な印象を作り出そうとしているようだ。

(正直、関係したくねえが……)

 胡乱な目でじろじろ眺められて居心地悪そうに身じろいだ政宗に栓抜きを渡して「まぁ、ガキじゃねえんだ。そのへんは自分でなんとかしろ」と返す。

「ただいまー。って、クーラー入れてないの? 超暑くね?」

 そこへシャツの襟元を開けて空気を入れながら成実が戻ってきた。こちらも勝手知ったる様子で缶ビールを取り出すと一気に半分ほども呷る。

「ぶはーっ! やっぱ暑い日はこれだね」

「おい、後でガソリン入れて来いって言ったろ。飲むんじゃねえよ」

「めんどくさーい。こじゅ行ってよ」

 政宗の隣に座って、だらけた様子でカウンターに寄りかかる。

「俺はやることがある」

「あ? ……あー、そゆこと。チッ、こじゅばっかりイイ目みやがって。いいよ、ツナに頼むから」

「ツナ?」

 二人の会話に入れず、手持ち無沙汰にコーラの瓶を玩んでいた政宗の耳に聞き慣れない名前が入ってきた。

「おれたちの仲間。綱元だから、ツナ。近くのアパートに住んでるから、そのうち会うと思うよ。……ところでさ、」

 そこで一旦言葉を切り、ずいと身を寄せる。

「いちおう、おねーさんにも選択権あると思うんだよね。こじゅとおれ、どっちがいい?」

「成実! お前はダメだ。遊びじゃねえんだぞ」

「What?」

「えー、だっておねーさんが嫌だって言ったらどうするの」

「嫌ならそれまでだ。帰ってもらう」

「だから、何なんだよ?」

 意味ありげな笑みを見せている成実と渋面になっている小十郎を見比べて何を選ぶのかと疑問を投げかけるが。

「遊びじゃない、っても結局おいしい思いはするわけだよね」

「そんなにヤりたきゃ女でも買え」

 という小十郎の一言に思いっきり眉をひそめた。

「あんたら、何するつもりだ」

 嫌な予感がする。賞金稼ぎの仲間にすると言いながら、まさか自分を……。

「どう勘違いしてるか分かっちゃいるが、騙しているつもりはないぜ。ついてきたのはお前だろう。賞金稼ぎはお前が思うほど綺麗な仕事じゃない、使える武器は

何でも使う。特に、女であれば都合がいい」

 身の危険を感じて立ち上がり、じりと後ずさった政宗にかけられた声はそれまでの落ち着いた雰囲気から一変して、研ぎ澄ました刃物の鋭さ。

「銃やナイフだけが武器だと思ったら間違いだ」

「身体売って相手を懐柔しろって?」

「それが有効な場合は、そうする。喰われたくなかったら先に喰うんだな」

 獲物の前に餌をぎりぎりまでチラつかせて、後は自分の技量次第だ。

「それとテメェとヤるのと関係あるのかよ!?」

 不快感をあらわにしている政宗に「うわ、はっきり言うね〜」と横から口を挟む成実だが綺麗に無視された。

「では訊くが、どうやって相手をオトすか知ってるのか? そもそも、経験は?」

「……っ!」

 あまりな言いように、屈辱と羞恥で頬に朱がさす。

(ブン殴ってやろうか)

 握り締めた拳が小さく震えているのにもお構いなしに小十郎はなおも言葉を続けた。

「さっきの反応からして、とてもその手の技量があるとは思えねぇ。教えてやる、って言ってるんだ。嫌なら構わん、家に帰れ」

 それは先刻、成実に尻を撫でられて悲鳴をあげたこと。見た目こそあばずれビッチだが、中身は奥手どころか男性に触れられたことすらないのではと疑ってしまう。

「……だからって」

「どうした、嫌なのか? 別に俺たちはどちらでもいいんだぜ、今でも手は足りているからな」

「脅迫してるのかよ」

 理不尽さのあまり、怒りで震える声が小十郎に食って掛かる。

 彼が言わんとすることは理解できなくもない。政宗とて映画のような世界を想像していたわけではないし、男性の犯罪者相手であればいわゆる「女の武器」を

使う局面もあるだろうと予想はついていた。

 だが理解できるのと実行するのはまた別の話だ。流石に強気な彼女にも躊躇うものがある。それに……。

「おねーさん、もしかしてしたことないの?」

 返事をできず唇を噛んでいる政宗へ無遠慮にかけられた成実の言葉に、いよいよ真っ赤になって俯いたのが答えだった。

「うわ、こじゅラッキー! 初モノじゃん、よかったねー」

「下品なことを言うな。俺だって言いたくて言ってるんじゃないんだぞ」

 このくらいのことで腰が引けるようでは凶悪犯を相手にするなどとても無理だ。

 小十郎が問うているのは行為そのものではなく、賞金稼ぎの荒々しい世界を生きるための覚悟。

「YesかNoか、はっきりしろ。さっきの威勢はどうした、あれはハッタリか?」

 真っ直ぐに見据えてくる小十郎の目は、理由をつけて相手を慰み者にしようという下劣さなど欠片もない厳しさ。

 成実の態度はともかくとして、彼はいたって真面目だ。

(覚悟……)

 頭に上っていた血がひいてゆくにつれ、冷静な声が自分に問いかける。

(それこそ、「喰われたくなかったら先に喰え」ばいいんだ)

 なにも、ターゲットを油断させる術を身につけるだけで小十郎と寝るわけではないのだ。そうされる前に、相手を行動不能にすればいいのだから。

(このままナメられてたまるかよ)

 ここで尻尾巻いて逃げれば、二人は「やっぱりお嬢ちゃんだな」と自分を哂うだろう。そのような侮蔑は、許さない。

「答えは?」

 重ねられた問い。ついに顔を上げて正面から小十郎をにらみつけた政宗は指の腹でルージュをふき取るとカウンターの中にいる彼の襟元を掴み、乱暴な仕草で唇を奪う。

「OK, やってやろうじゃねえか」

「上等だ」




To be continued...


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※賞金稼ぎという職業は実在しますが、実際とはかなり違うので注意。
実はこの話、イメージを貰った人物が居ます。米国で実在した女賞金稼ぎ、ドミノ。
彼女はモデルからバウンティハンターに転身という波乱に満ちた生涯を送った人で、今は故人です。
映画にもなったのでご存知の方も居るかも。元とは全く違ってくる予定ですが、冒頭部分は映画のシーンを一部拝借。
裏にアップしていたものに加筆しました。この続きは秋以降でオフになる予定。